第46話 秘密の場所
「クロセ……ナギ? あまり聞かない変わったお名前ですねー」
口の中で何度か転がすように繰り返したミーナだった。
それをフォローするように俺は言った。
「呼びにくいと思うから、“凪”で構わないよ」
「じゃあ……“ナギさん”ですね!」
気持ちよさそうに眠っているレイはそのまま荷台で寝かせておくことにした。
やがて俺はミーナに案内されるままに森の小道を歩き出す。
「ナギさんって……どこから来たんですか?」
俺はできるかぎり嘘のないように答えた。
「えっと――信じてもらえるかわかんないけど俺は違う世界から来たんだ」
「……違う世界?」
「うん。このアルフラディアとは違う地球っていうね。それで昨日まではイグナスにいたんだけど。……ってそういえばここはどこなんだ?」
ぽかんとした表情のまま、ミーナの瞳が点になる。
「……あの、冗談……じゃ、ないんですよね?」
「大真面目だよ」
ミーナは目を見開き続けた。
「……すごい人に会っちゃったかもしれません。えと――驚かないでくださいね?」
やがて彼女は小さく手を広げるように言った。
「ここは、水の国“セルナ”です」
「……え?」
セルナ――この世界のイグナスと並ぶ五大国のひとつ。魔法文明が最も進んでおり、水や魔法石等の資源が豊富な国。――と本で記憶したが、まさか自分の足で降り立つことになるとは夢にも思わなかった。
「……セルナ?」
それってとんでもなく遠くへ来てしまったんじゃないか?
「はい、セルナです!」
ミーナは俺の顔を覗き込むように前屈みになりながら、手を振ってみせた。
「おーい、ナギさーん? 」
(そうか、レイの転移術でそんなに遠くまで。意図的だったのか、咄嗟の判断でデタラメな転移先になってしまったのか)
戸惑う俺を見て、ミーナはくすっと笑った。
「ナギさん、一旦考えるのはあとにしましょう。着きましたよ。ここです」
視線を上げると、森の木々がふっと途切れていた。そして、その先に広がっていたのは――
「おお!」
息を呑むしかなかった。緑に包まれた小さな谷間に、まるで鏡のような池が広がっている。水面は一切の波を立てず、空を、木々を、そして自分たちの姿までも静かに映し出していた。
水辺の周囲には、見たこともない色と形の花々が咲き乱れ、美しい羽根を持つ鳥や、不思議な生物たちが、喉を潤すように集っていた。まるで――物語の中の神域。
「……なんて、幻想的な場所なんだ」
すると、ミーナは静かに微笑み、手招きする。
「ここは、私の“秘密の場所”なんです。どうぞ、こちらへ」
俺は腰を下ろすと、ミーナは一言残した。
「ここで休んでいてくださいね」
そう言って、ゆっくりと水辺へと歩き出した。
「おい、危ないよ」
俺がそう声をかけたとき――
ミーナの足元に、淡い青色の魔法陣がふわりと浮かび上がった。それはまるで、水面に咲いた一輪の光の花。
一歩。
二歩。
水紋すら立てず、彼女は水の上を歩いていく。
「……あの子、水の上を歩いて……!」
俺の目に映るのは、まるで湖面の精霊のように歩く、一人の少女の後ろ姿だった。
やがて、水面の中央にたどり着いたミーナは、杖を掲げた。
「癒しの精よ――汝が静穏をもって、傷を、痛みを、迷いを洗い流したまえ。今ここに、命の泉を満たせ――≪水精再生≫」
その言葉の一つ一つに呼応するように、空気の中に淡い光が舞い始めた。
「……これは……」
その魔法陣は足元から四方へと広がっていった。
幾何学模様の魔法陣が、水面だけでなく、俺の足元にまで届くほどの大きさに展開される。
「……これは治癒術なのあ……? すごい力だ」
体の芯から温かさが湧き上がってくる。
重症だった俺とレイを回復させたのもこれを見ると納得できた。水辺の草花が、ひとつ、またひとつとしゃんと上を向く。命を取り戻すように鮮やかに咲き始めた。そして――岸辺では、怪我をしていたらしい動物の子供が元気をとり戻す。
「少しは元気出ましたか?」
「ミーナはすごい魔法使いなんだね! ほんとに……!」
「そ、そうですか!?」
「見たことないよ、あんな綺麗な魔法……! ありがとう、ミーナ!」
ミーナは目を丸くしたあと――
「そんなに褒められると、照れちゃいますねー!」
杖を胸元で抱きながら、顔を赤くする。
「私たちにとっては、あれが“普通”なんです。だから……ちょっと不思議な気分です」
「そっか。でも、すごいよ!」
「えへへ」
俺は心からの言葉を彼女に送った。
☆今回の一言メモ☆
火の国編は色々と「動」から始まりましたので「静」の始まりを意識しました。また、あちらでは「剣」が多めだったので、こちらは「魔法」が増やしたいなと思います。凪が剣士枠なのでゼロにはなりませんけどね。




