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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
牡羊座の優等星

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牡羊座の優等星②


場面は、教会の地下室へと移る。


崩れゆく上層の喧騒から遠く離れた、薄暗い石室。

湿った石壁は冷たく、 幾千もの年月を吸い込んだように重く淀んだ空気が満ちていた。

蝋燭の炎が弱々しく揺らめき、壁に長い影を投げかけ、まるで生き物のように蠢いている。


控えていた修道女たちは、祈りの輪を作ったまま固まっていた。

彼女達の吐息が白く凍りつき、互いの不安を増幅させる。


突然、階段を駆け下りてきた一人の修道女が、息を切らして叫んだ。


「皆、大変よ!」


その声に、部屋中の修道女たちが一斉に顔を上げる。

不安げに曇らせる顔、既に涙を流して絶望の淵に沈む顔、不安や悲しみに堪え切れず無理に笑みを浮かべる顔——少女達はそれぞれの心の色を、ありのままに晒していた。

ある者は唇を震わせて聖句を繰り返し、ある者はただ虚空を見つめ、指先を白くなる程握り締めていた。


女教皇ディトバ様が……星の有家名との選挙に落選されてしまったわ!」


途端、ざわめきが爆発した。

誰かが膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らす。

別の者は祈りの言葉を呟きながら手を組み、肩を震わせる。


パニックと絶望が、地下室の空気を重く淀ませ、まるで底なしの泥のように全員の心を飲み込もうとしていた。

希望の灯が消えた今、彼女達に残されたのはただ、冷たい石の檻だけだった。


そんな中、雪のように真っ白な肌に純白の髪、血のように深く真っ赤な瞳を持つ修道女が、小さく震える声で呟いた。


「あのね……私、パパから戻って来いって、言われたの……。」


周囲の視線が一気に彼女に集まる。

恐怖と驚きが混じり合った視線が、彼女の白い肌を針のように刺す。


「え、アンタ、親父なんていたんだ?」


褐色肌に鮮やかなピンクの前髪、金色に輝く鋭い瞳を持つ修道女が、眉をひそめて口を開いた。

その声には、動揺を隠しきれない苛立ちが混じっていた。


白い修道女は、唇を噛み締めながら頷く。

声が震え、言葉の端々が途切れそうになる。


「一緒に暮らしていたけど、暴力が……酷くてね。ディトバ様が、匿って下さったの。」


彼女は両手を胸の前で強く握り、目を伏せる。

過去の記憶が蘇るのか、赤い瞳の奥に暗い影がよぎった。


逃げて来たこの場所さえ、今はもう安全ではない——その恐怖が、彼女の細い体を小刻みに震わせていた。


「ディトバ様が落選して、私が此処に居るの、バレちゃった……怖い……私…」 


少女の言葉が終わらないうちに——


ゴゴゴ……。


地面が不気味に震え始めた。

石の床に細かなヒビが入り、埃が舞い上がる。


石の床から、骨ばった白い手が、まるで土から芽吹く腐った花のようにゆっくりと生えてくる。

1本、2本……そして無数に。

指先は異様なほど長く、爪は黒く鋭く尖っていた。


「ヒィ……ッ!」


修道女達の悲鳴が上がる中、骸骨の手たちは素早く白い修道女の両足首を掴んだ。

冷たく、硬く、骨の冷気が肌を這い上がり、血の巡りを止めるかのように逃がさない。


「見つけたぞ、我が娘よ。帰るぞ。」


更に地面が割れ、加工されたような異常に低い、歪んだ男性の声が響く。

声には愛情など微塵もなく、ただ所有物を取り戻す冷徹な響きだけがあった。


褐色肌の修道女は、地面を見下ろして睨みつける。

金色の瞳に強い光が宿り、心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。

恐怖で震えている筈なのに、足は自然と前に出ていた。


「怖がっているじゃないか!アンタ、本当に父親かよ?」


声は嘲るように低く笑った。


「劣等星の分際で、我が娘に関わるな。邪魔だ。」


次の瞬間、地面から巨大な大鎌が突き上がり、刃が蝋燭の炎を切り裂くように閃く。

炎が一瞬消えかかり、地下室が闇に包まれそうになった。


「きゃあああっ!」


周囲の修道女たちが悲鳴を上げて後ずさる。


鎌の刃先が、冷たく空気を震わせ、死の予感を運んでくる。


「パパ、お願い、止めて……! 友達、なの……!」


白い修道女が、必死に叫ぶ。

声はもう嗚咽に変わりかけていた。


「どの道、あの星の有家名によって、記憶を消され、肉壁に成り下がるだろう。」


男の声は、冷たく吐き捨てる。

そこに慈悲は一切ない。


その言葉を聞いた褐色肌の修道女は意識が切り替わったかのようにもう恐れる素振りを見せず、更にもう一歩前に出た。


「アンタ、死神の有家名だろ? アタイと取引しな!」


低い声が、わずかに興味を帯びる。


「フン、どうやら悪魔の有家名と私を勘違いしているようだが……娘の友達ならば、話だけは聞いてやろう。」


褐色の修道女は、迷わず言い切った。


「約束して欲しい。二度とその子に暴力は振るわないと。」


男の声は、一瞬沈黙した後、鼻で笑う音が漏れる。


「何だ、そんな事で良いのか。」


大鎌が、ゆっくりと地面の中に沈み込んでいく。


「ならば私からはただ1つ。二度と娘に関わらないよう、如何なる理由があっても私の領土に入って来るな。」


褐色の修道女は、静かに頷いた。

それはまるで"これでいい"と自分に言い聞かせるかのように。


「分かったよ。」


白い修道女が、真っ赤な目を大きく見開く。

驚きと感謝と、別れの悲しみが一気に溢れ出す。


「どうして、そんな約束を……!?」


「アタイは気まぐれな猫だからさ。」


そう言って、彼女は修道女のベールを脱ぎ捨てる。

ピンク色の大きな猫耳が、ぴょこんと跳ねるように現れた。


「それにアタイも、此処を出て行くからね。このままよく分からない有家名の奴隷になるなんて、まっぴら御免だよ。」


褐色の修道女は、優しく微笑んだ。

猫のような気まぐれさが、今この瞬間に輝いていた。


地面の声が、再び響く。


ユユルルが来る。帰るぞ。」


骸骨の手が強く引き、白い修道女の体を地面へと引きずり込み始める。


彼女は抵抗する力を失い、ただ涙を浮かべて呟いた。

心の中では、短い友情への感謝と、永遠の別れの痛みが渦巻いていた。


「さよなら……」


キーン、コーン、カーン、コーン…


教会の鐘の音が、白い修道女の声をかき消す。


それでも褐色肌の猫耳の修道女は、沈み行く彼女を静かに見つめながら、小さく、しかしハッキリと答えた。

声は震えていたが、瞳には確かな光があった。


「さよなら、じゃないよ。いつかまた会おう……」


キーン、コーン、カーン、コーン…


鐘の音が終えると同時に地面が再び閉じ、静寂が訪れる。


地下室に残された修道女たちは、ただ震えるばかりだった。


遠く、上層から金平糖の甘い破壊音が、かすかに響いてくる——。



それは、遥か昔の出来事だった。


そして現在。


校庭、正門、その先に続く長い坂。

海が空と溶け合う地平線の彼方、校舎が灰色の影のようにそびえ立つ。

校庭を抜け、正門をくぐれば、長い坂が商店街へと続いている。

その先には、小さな家々がひしめき合い、緑の木々と紅い鳥居が点在していた。

風が吹くと、木々の葉がささやき、遠くで波の音が聞こえる。


それ以外は何もない。それだけ。


そこは、幻の町――ゲンソウチョウ。

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