牡羊座の優等星①
そこは、夜の帳が降りた古い石造りの教会。
その教会には、天窓の代わりに巨大なステンドグラスグラスが張られていた。
中央から赤い薔薇、白い薔薇、黄色い薔薇、散り散りになった紫色の薔薇の花弁、緋色の薔薇、翠色の薔薇、青色の薔薇、桃色の薔薇、1番端に薄いピンク色の桜の花。
美しく咲き乱れた色とりどりのステンドグラスから漏れる月光だけが、祭壇の白い大理石を淡く照らしていた。
しかし突然、空が裂け、虹色のステンドグラスが突然の光で赤一色に染まった。
宇宙からピンクと紫の輝きを帯びた、金平糖のような形をした無数の流星が、夜空を切り裂きながら降り注ぐ。
ゴゴゴゴ……!
迫り来る色とりどりの流星群を目の前に、祈りを捧げる多くの修道女に囲まれた祭壇前に立つひとりの女性——
白く大きな司教冠と白い祭服に身を包んだ女性が、震える手で分厚い革本を握り締めていた。
長いエメラルドグリーンの髪、慈悲深い青い瞳、穢れを知らぬような清廉な佇まい。
彼女こそ、この領地を長年守ってきた聖母と呼ばれる存在だった。
「皆さん!今です!聖なる結界をッ!」
白い教皇服をまとった聖母が、必死の声で叫んだ。
その声に呼応するように、教会のあちこちから修道女達が駆け寄り、灰色の修道服の裾を翻しながら円陣を組む。
彼女達は両手を広げ、唇を震わせながら一斉に祈りの言葉を紡いだ。
「主よ、我らをお守りください……!」
淡い銀色の光が、修道女たちの周囲に渦を巻き、瞬く間に巨大な半透明のドーム状の壁を形成した。
それは聖堂全体を覆い、流星の輝きを鏡のように跳ね返そうと輝きを増す。
一瞬、教会内に希望の光が満ちた。
だが、
金平糖流星の群れは、まるで嘲笑うように速度を上げた。
最初の一粒が壁に触れた瞬間——
キィィィンッ!
甲高い金属音のような破砕音が響き、銀色の壁に無数の亀裂が走る。
「耐えて……耐えてください……ッ!」
聖母が歯を食いしばって祈りを重ねる。
次の瞬間、二つ、三つ、五つ……と、金平糖の流星が次々に壁やステンドグラスに激突し始めた。
バキンッ!
ガァァンッ!
ズドンッ!
一つ撃ち込むごとに、聖壁の表面が砂糖を砕くような甘い音を立てながらヒビ割れ、
バリンッ!!
光の粒子が飛び散る。
修道女たちの額に汗が浮かび、祈りの声が次第に途切れ途切れになっていく。
「もう……限界です……ッ!!」
誰かの悲痛な声が漏れた直後——
最大の金平糖流星が、ゆっくりと天井の中心で停止した。
まるで狙いを定めるように。
そして、爆ぜた。
ドォォォンッ!!
衝撃波が聖壁を内側から粉砕し、銀色の破片が花火のように四散する。
強化されたステンドグラスが一斉に粉砕され、数え切れないほどの色彩の破片が、ゆっくりと舞い上がった。
赤、白、金、紫——失われた光の欠片たちが、月の光に照らされて幻想的な輝きを放ちながら、全ての視界を埋め尽くす。
一つ一つが甘い砂糖菓子の結晶のように煌めき、甘い香りを放ちながら、しかし凄まじい速度と質量で教会の屋根を、壁を、尖塔を粉砕していった。
石が砕け、鉄骨が歪み、木材は燃え、聖歌隊席が一瞬で瓦礫の山と化す。
ピンクと紫、黄色に水色。
ひとつひとつ違う星屑のような輝きを放ちながら、しかしその速度と威力は容赦なかった。
古い石柱が砕け、木製の長椅子が爆ぜ、祭壇の十字架が根元からへし折れて床に叩き付けられる。
金平糖流星群は容赦なく教会を抉り、聖堂を甘い破壊の渦に飲み込んでいった。
修道女たちは悲鳴を上げて吹き飛ばされ、壁際に倒れ伏す者、祭壇の階段に転がり落ちる者、血を吐いて動かなくなる者……。
女教皇だけが、かろうじて祭壇の前に膝をついたまま耐えていた。
が、最後に降り注いだピンク色に輝く最大の金平糖流星が、彼女の真上ですっと停止し、次の瞬間、甘いポン菓子のような音を立てて炸裂した。
ドンッ!
衝撃波が教会全体を震わせ、女教皇は軽々と吹き飛ばされて石の床に叩き付けられる。
純白のローブと司教冠は煤と破片で汚れ、かつての神聖さは跡形もなく失われていく。
そこへ、ゆっくりと降り立つ影。
最初に浮かび上がったのは光だった。
青白く、冷たい、誘うような光。
釣り竿のような細長い触手が、ゆらゆらと揺れ、その先端に付いた発光器官が、まるで失われた魂を呼ぶ灯台のように瞬いていた。
それに続いて長い紫の髪が夜風に揺れ、星屑のような光の粒子を撒き散らしながら、瓦礫の煙の中から優雅に、しかし不気味なほど軽やかに、ひとりの女性が姿を現した。
高い位置から流れる長いラベンダー色のツインテールがまるで生き物のように螺旋を描き、ピンクの花弁のような薄いドレスが月光を受けて妖しく輝く。
豊満な胸元で脈打つ巨大なピンクの宝玉、尖った耳にも大きな宝珠、そして妖艶に光る星を閉じ込めたピンクの瞳。
足元には金平糖の欠片がまだチリチリと音を立てて溶けている。
「キャハッ☆」
彼女は倒れた聖女を見下ろしながら、ヒールの高いピンクと白のブーツで、ゆっくりとその腹部を踏み付ける。
ブーツの先が、聖なる布地を汚す。
「今から此処はユユルルの領地なのですよぉ★」
ユユルルと名乗る女性は甘ったるい低い声で、しかし底知れぬ冷たさを孕んで高らかに宣言した。
甘く弾けるような、しかし残酷に宣言する声が、崩れかけた教会の空間に響き渡った。
「流石、星の有家名様!!この大勢相手をたった1つの幻占術で壊滅させるなんて!」
砕けたステンドグラスの大窓から四方八方にハネた紅い髪と紅いエレキギターを構えた派手な女が颯爽と乗り込むと、目の前の主を賞賛する。
「流石、ユユルル様!」
後からワラワラと派手な恰好をした若者達も驚きと歓声を上げる。
「これで11番地から589910番地、更には中央区も我々のモノだ!」
金色のトサカ頭にキラキラした白いロングフリンジスーツを着たこれまた派手な若い男が、腕から流れるフリンジをヒラヒラさせながら両手を挙げる。
「ユユルル様、万歳!」
続いて周囲の若者達も万歳三唱を始める。
「「ユユルル様、万歳!」」
大勢の若者達に賞賛され、満足気に微笑むユユルル。
だが、直ぐに若者達に振り返る。
「感心してないで、隠れているネズミ達を探すのですよぉ★」
「「かしこまりました!」」
若者達が散り散りになって、探し始める。
亡骸となった修道女を掻き分け、他の部屋へと移動する。
中には、まだ息のある修道女にトドメを刺している若者もいた。
「ま、まだ…、戦えます。」
女教皇は苦痛に顔を歪めながら、震える手でユユルルの足首を掴もうとする。
だがその手はすぐに、ユユルルのもう片方の足に軽く踏みつけられて床に押し付けられた。
「んふふっ、抵抗なんて無駄なのですよぉ?」
ユユルルは楽しそうに笑いながら、視線を少し横にずらす。
そこには、女教皇が抱えていたはずの古い聖書が、表紙を破られて転がっていた。
古びた革表紙に金箔で十字架と聖句が刻まれた、女教皇が密かに執筆して大事に抱えていた書物。
ユユルルは優雅に屈み込み、それを拾い上げる。パラパラとページをめくり、すぐに鼻で笑った。
「こんな低俗な本を書いてたのですかぁ……キャハハッ★」
高らかに、甲高く、狂ったように笑い声を上げる。
ページを指で弾きながら、ユユルルは目を細めて続ける。
「最初は清らか~だの、慈愛~だの、純潔~だの……、で、中身は男の有家名同士で寝る話…、生々しくて不潔でドン引きなのですよぉ★」
聖書をポイッと放り投げると、それは炎に包まれた残骸の上で燃え始めた。
「ユユルル、清楚を装う牝豚って、本当に大嫌いなのですよぉ★」
ユユルルはもう一度、女教皇の胸元を強く踏みつけながら甘ったるい声で蔑む。
ピンクの瞳が危険な光を帯び、厚く塗られたピンク色の唇が弧を描く。
「外面だけ綺麗にして、中身は肉欲まみれ……まるで力が無いから自分達の身体を売って残り少ない領土を保っている愚かな恋人の有家名達を利用する変態達じゃないですかぁ★」
「実在している人物に直接危害はないですし、趣味の範囲ならば問題無いでしょう!?一緒にしないで下さい!!」
大きな声で反論する女教皇。
だが、威勢に反して顔が恐怖と屈辱で青ざめる。
それに対してユユルルは鼻で笑う。
「架空のカップルにされてる2人が知ったらどうなるのか…、そんな言い訳だらけで穢い聖母様、見てるだけで吐き気がするのですよぉ★」
ユユルルはゆっくりと身を屈め、女教皇の顎を指で持ち上げた。間近で見つめ合いながら、甘く囁く。
「この事実を民の皆さんに知られたくなかったら、大人しくユユルルに領土を全て渡すのですよぉ★」
教会の残骸に、金平糖の甘い香りが漂う。
「身体は何度も甦っても、傷付いた名声は元には戻せないのですよぉ☆」
粉々に壊れたステンドグラスから零れる月光が、ユユルルの長い紫髪を妖しく照らし出した。
新しいお城の主は、とてもご機嫌だった。




