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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ワームホールの先星

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ワームホールの先星⑭

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



それは、夕暮れの坂道。


暖かそうなオレンジ色の光に反して冷たい風が頰を切り、制服のスカートをバタバタとはためかせる。


足元のアスファルトはヒビ割れ、街灯の橙色の光が不規則に地面を染め、私の長い影を歪めて伸ばしていた。


――お腹が、空いていた。


学校からの帰り道、長い坂を下りきったあたりで、私は足を止めた。


夕陽がもう地平線に沈みかけ、茜色の空は深い藍色に変わりつつあった。

薄い雲の隙間から、最後の橙色の光が細く差し込み、地面に長い影を落としている。


私の影は、ヒョロリとまるで別人のように瘦せ細って、足元で歪んで揺れていた。


お腹の底から、ぐぅぅ……と低い音が響く。


本当に、空っぽだった。

胃の底が、まるで穴が開いたように疼き、波のように痛みが広がる。


朝から何も食べていない。

うぅん、正確には、一昨日のお昼から食べ物を口にしていない。


楽しみにしていた給食は、配膳の最中に"今日は中止"と突然告げられて、食べられなかった。

美味しそうに食べる一部のクラスメイト達と教室に残された何も入っていないカゴを眺めながら、ただ唾を飲み込むしかなかった。


家に帰って冷蔵庫の扉を開けても、埃っぽい空気と空の棚だけ。

モモカの餌さえギリギリだった。


再び歩き出すも、お腹の空き具合が頭をぼんやりさせて、足取りを重くする。

風が冷たく頰を撫でるたび、胃がキュッと縮こまる感覚が、耐え難い。

指先が冷えて感覚が薄れ、制服の袖口が擦れる音だけが、妙に大きく耳に響く。


視界の端が少しずつ暗くなり、世界がゆっくりと狭まっていく。


「お腹が空いて……カナピーマン……。」


トボトボと歩きながら、ポツリと呟く。

本当に萎れたピーマンみたいにしょんぼりして、足取りが重い。


明日こそは給食にありつけると良いなぁ…。


期待よりも不安しかない。


道端のコンクリートに、影が長く伸びている。

街灯の橙色の光が、地面にまだらな模様を描き、私の足元を不規則に照らす。


空腹から変化したお腹の痛みが波のように襲ってきて、1歩1歩、進む度に視界が少し揺れる。


風が冷たく、首筋を這う。

涙が滲み出ても、頰を伝う前に風に乾かされる。


もう、限界だ。

何か、食べないと、倒れそう。


膝がガクガク震え、足に力が入らない。

息が浅くなる。

喉がカラカラで、唾を飲み込むのも痛い。

空っぽの胃がキュッと縮こまり、吐き気のような痛みが背中を這い上がる。


何か。

何かお肉でも、お魚でも、果物でも、木の実でも、お花でも、何か食べられそうな物は無いのかな。


流石に、土や枯れ草は食べられないけれど…。

何か空腹から解放される物は無いのかな…。


ふと、視界の端に、何か黒いものが落ちているのに気づいた。


私は足を止めた。

視界の端に黒いものが落ちている。


道端の草の隙間。


少し大きな水溜りが、夕闇の中で黒く光っている。


その中に、ピンク色の何かが蠢いていた


生き物だ。

それも、沢山。


私よりも大きな水溜りに埋め尽くすぐらい、沢山の。


やった、食べ物だ!


急いで駆け寄って覗き込む。


それは…


ミミズだった。


ミミズがビチビチと群がっていた。

体をくねらせ、互いに絡み合いながら、ゆっくりと蠢いている。

ヌメヌメした表面が、街灯の光を弱く反射して、気持ち悪いほどに生々しい。


気持ち悪い。

こんなの、見るべきじゃなかった。


さっさとお家に帰ろう。


だけど、お腹がまた、ぐぅぅ……と鳴る。


喉も渇いて、口の中がカラカラ。


でも、道に落ちてる生き物なんて、虫みたいなものなんて、食べられない。


そんな事、わかっている。


でも、お腹が空き過ぎて、頭がぼんやりする。

視界が少し揺れて、足元がふわふわする。


食べちゃ、ダメ。

でも、食べたい。


理性と本能が、頭の中で綱引きをしている。

胃が痛いほどに締め付けられ、涙が滲む。


「……流石に、食べちゃ、ダメだよね。」


自分に言い聞かせるように呟く。


でも、体が勝手に動く。


お腹が空いて、痛い。

我慢出来ない。


理性が、ゆっくりと溶けていく。


胃の痛みが、頭の中を支配する。


しゃがみ込んで、手を伸ばす。

指先が震える。


ミミズ達は等しくゆっくりと体をくねらせ、逃げようともしない。

ヌメヌメした感触が、指に触れる。


冷たくて、柔らかくて、少し温かい。


心臓がドキドキして、同時に吐き気が込み上げる。


やっぱり、食べたくない。


でも、空腹感が、全てを塗り潰す。


「……ごめんね。」


小さな声で謝って、手で掴み上げ、思い切って口に運んだ。


ヌルッとした感触が、舌の上を滑る。


土の匂いと、かすかな生臭さが広がる。


噛むと、プチッと小さな汁が弾け、苦くて、塩辛くて、でもどこか甘いような味がした。


飲み込む。


ネチョネチョとドロドロした泥臭い物が喉を通る感触は、ゾッとする程に気持ちが悪い。


胃が拒否反応を起こし、むせ返るような吐き気が一瞬襲う。


正直、美味しくない。


今すぐ吐き出したいと思った。


でも…


もうひとつ、もうひとつ。


止まらない。


手に取って、口に入れ、飲み込んで、また取っては口に入れて飲み込んで…


無我夢中で食べ続けた。


指がベトベトになり、唇の端から粘液が垂れる。


ミミズの体が口の中でくねり、最後の抵抗のように蠢く感触が、吐き気を煽るのに、それでも飲み下す。


お腹が、少しずつ、温かくなっていく。

空っぽだった胃が、ゆっくりと満たされていく。


頭が、ぼんやりとした満足感で満たされる。


食べ終わって、ようやく我に返った。


大きな水溜りに残ったのは、小さな粘液の跡と、わずかに縮こまったミミズの残骸。


指先についたベトベトな土と、ヌメり。

唇に残る土臭い後味。


私は、呆然とその場に座り込んだ。


お腹は満たされたのに、心の中が、急に空っぽになった。

胸の奥が、ムカムカする。

吐き気が、遅れてやってくる。


でも、何故か、懐かしい感じ。


涙が、ポロリと頰を伝う。


「ミミズ…、食べちゃった。」


声が、震えながら零れた。


夕闇が深くなり、街灯の光が、私の小さな背中を、ただ静かに照らしていた。

風が冷たく吹き抜け、濡れた指先が凍える。


胸の奥でも、何かが、ポロリと落ちたような気がした。

涙か、吐き気か、それとも――忘れた筈の、何か。


私は、膝を抱えて、ただ震えていた。


暗闇の中で、胸の奥に小さな棘が刺さったまま、疼き続けていた。

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