表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ワームホールの先星

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/92

ワームホールの先星⑬

「待って、奇色君、…この子、本当に嘘吐いていない気がする。」


蝋奈が静かに割り込む。

白い体が微かに震え、大きな目が私を観察する。


「少し様子が変だから、代わって。」


「…分かったよ。」


奇色は小さく溜め息を吐き、ゆっくりと体を座らせる。


目の前に迫ってきた圧が消え、内心ホッとした。


蝋奈が私の方を向く。

大きな目が、ゆっくりと瞬く。


「貴女、今期は転生していないのに思い出せないの?」


「転生?」


転生って、死んで生まれ変わる事だよね?

私、死んだ覚えがないけど……。

そもそも、"今期は"ってどういう事?


色々訊こうとする前に、蝋奈は話を続ける。


「仮に貴女が他人の能力を再現出来るとしても、それはシステム上、実際に会うか能力を使われるかでもしないと…」


「ちょっと待って、私が、他人の能力をコピーするって?」


今度は私が身を乗り出していた。


他人の能力を再現する?


何かしら能力を持っているかもしれないとは思っていたけれど、私、そんな能力を持っている可能性があるの?


そもそも、"システム"って?

多分、発動条件みたいな事だろうけど、まるでゲームみたいな言い方をするなんて変なの。


「さっき奇色君が言った通り、貴女の歌は隠薔薇様の能力"破壊の旋律"である事には間違い無いの。」


「でも、私が?どうやって?」


もしも、本当に私がその能力を持っているとして、その能力を使うのに条件があるのだとしたら、知っておきたい。

そんな物騒な能力を使う必要があるのか分からないけれど…。


すると、蝋奈は小さく溜め息を吐いた。


「何かおかしいと思ったら…、貴女、自分の能力すら分からない、覚えてないみたいね。」


「まさか隠薔薇の能力で記憶を壊された!?」


暫く黙っていた奇色の声が、部屋の静けさを切り裂くように低く響いた。

黒い体がテーブル越しに少し前に傾き、吸盤がピチャリと湿った音を立てる。

その音が、耳の奥で反響して、ゾワゾワと背筋を這い上がる。

私は息を詰めて、首を小さく横に振った。


「何の事?」


さっぱり分からない。


頭の中が霧のようにぼんやりして、言葉が上手く出てこない。それでも胸の奥で、何かがざわめく。

それは不安なのか、恐怖なのか。


「私、記憶を消されたの?」


声が上擦り、喉の奥で掠れる。

奇色がゆっくり頷く。

黒い表面が波打ち、蛍光灯の光を吸い込むように辺りが暗くなる。


「正確には"破壊"だね。」


「記憶が消えるのと、破壊されるって、違うの?」


同じ事のように聞こえるけど……。


奇色が体をくねらせて続ける。

声に、どこか楽しげな響きが混じる。


「転生したら記憶の一部が消えちゃうけど、隠薔薇の能力だと壊れているだけで残ってはいるよ。」


消えるなら、もうそこにない。

壊れるなら、残っている?


頭が混乱して、言葉が喉に引っかかる。

乳白色の光が、部屋を優しく照らすのに、心の中はどんどん暗くなる。


胸の奥が冷たくなる。

まるで氷の塊が沈むように、重く、冷たいものが広がっていく。

冷えた指先の感覚が遠くなる。

膝の上で握った手が、じんわりと痺れてくる。


壊れた記憶……。

それがどこかに、私が知らない記憶が欠片となって眠っているなんて、想像しただけで息苦しい。


蝋奈がスッと静かに立ち上がる。

白い体が微かに震え、表面の粘液が部屋の乳白色の光を乱反射して、まるで薄い氷の膜が張ったように冷たく輝く。

大きな目がゆっくり瞬き、その黒い瞳孔が一瞬だけ、私の顔を映し込んで離さない。


「もしも隠薔薇の能力で破壊されたのなら、確認は出来る。」


破壊されたのなら、確認は出来る?

どういう事?


奇色は理解出来ているのか嫌そうに体を縮め、黒い表面を波打たせて口を尖らせるような形に歪める。

吸盤がテーブルにピチャリと吸い付く音が、静かな部屋に不快に響く。


「蝋奈ちゃん、能力使うの?だからって選挙は嫌だよ。」


また”選挙”って言葉が出て来た。夢の中の記憶が、急に現実のもののように胸を突く。


カラオケ大会だと思っていたけれど、今からカラオケ大会っていう感じじゃなさそう。

何なんだろう。


心臓がドクドクと速くなり、耳の奥で自分の鼓動がうるさく反響する。

喉がカラカラに乾き、息を吸うたびに肺が縮こまるような感覚がする。


蝋奈は自分の指――触手のようなものをポキポキと鳴らしながら、何か準備を始めようとする。

白い表面が微かに光を帯び、部屋の乳白色の光に反射して、まるで氷のように冷たく輝く。


「選挙の時よりは威力は落ちるけど、試すぐらいなら…。」


「あのぅ…、今更だけど、選挙ってカラオケ大会の事だよね?」


私は慌てて口を挟む。

声が少し上擦り、喉が乾く。

膝の上で握った拳が、爪が掌に食い込むほど強く締まる。


「は?カラオケ?そんな訳ないじゃん。」


奇色が即座に鼻で笑うような音を立てて体をくねらせる。


え?

カラオケ大会じゃないんだ?


心臓が一瞬止まったように感じる。


夢の中の記憶が、急に現実味を帯びて、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。


あの歌、あの風、あの水……。

全てが、繋がり始めている気がして、怖い。


「私の能力、隠薔薇の能力で破壊されたモノを復元する事。」


色々考えている私を無視して蝋奈が淡々と説明する。

声に感情がほとんどなく、ただ事実を並べるような平坦な響き。

大きな目が私をじっと見据え、瞬きすらしない。


「かなり限定的な能力だね。」


言葉が自然と口から出た。


自分でも驚くほど冷静に聞こえるけど、内心は嵐のようにざわついている。

指先が冷たく痺れ、膝の上が震えを抑えきれない。


「まぁ、不気味子蝋奈ちゃんの能力は1つだけじゃないからねぇ〜、僕もだけど。」


奇色がからかうように体をくねらせ、黒い表面を波打たせて笑う。


「奇色君、黙って。」


蝋奈の声が鋭く、部屋の空気が一瞬張り詰める。


風船がまたひとつ、床でポンッと小さく弾ける音が響く。

破片が乳白色の光に煌めき、埃と混じって舞う。

その破裂音が、まるで心臓の鼓動を止めたように静寂を深くする。


蝋奈が私に視線を戻し、ゆっくりと手を伸ばす。

白い触手のようなものが、私の額に近づく。


まだ触れていないのに、既に冷たい空気が肌を撫で、鳥肌が立つ。

部屋全体の温度が急に下がった気がして、吐く息が白く霞む。

触手の表面が微かに脈打っているのが見えて、胃が縮こまる。


「隠薔薇の能力で破壊された記憶を戻すだけだから…。」


私は両目を固く閉じる。

目蓋の裏で、乳白色の光がぼんやりと揺らめく。


額に近づく冷たい感触が、ジワジワと広がっていく。

指先が震え、膝の上で握った手が汗で湿る。


「わかった…。」


息を止めて、待つ。


怖い。


でも、記憶が無いまま過ごすのはもっと怖い。


胸の奥で、何かがざわめき、疼き始める。


私が消された――壊された記憶って、何だろう?


それは痛みなのか、懐かしさなのか、それとも……恐れなのか。

暗闇の向こうに、ぼんやりとした光が浮かび上がる気がした。


部屋の静けさが深くなり、風船の影が壁でゆっくり揺れる音すら聞こえなくなる。


額に触れる冷たい感触が、ゆっくりと広がっていく。


これから、何が見えるんだろう……。


心臓の音が、耳元で大きく響く。


息を、そっと吐いた。


蝋奈の冷たい触手に力が込められた瞬間――


目蓋の裏の視界がグニャリと歪んだ。


乳白色の光が溶けるように薄れ、部屋の風船の影が遠ざかる。


代わりにモヤモヤとした霧が浮かび上がってきた。


それは、壊された筈の記憶の欠片。


胸の奥でずっとざわめいていたものが、ゆっくりと、ゆっくりと形を取り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ