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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
牡羊座の優等星

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牡羊座の優等星⑯


取り敢えず、状況を整理しよう。


此処は教会。

それも廊下がやけに長くて、屋内がやけに暗い異質な空間。


そして今は大礼拝堂に居る。

高い天井は闇に溶け込み、並んだ長椅子は黒光りして影の群れのように整然と並んでいる。

燭台の揺れる炎だけが頼りない光を落とし、古い木と埃に血と鉄錆の混じった匂いが鼻腔にまとわりつく。

パイプオルガンの低い共鳴が、時折空間全体を微かに震わせる。

とてつもなく不気味な空間だ。


恐らく相手側のテリトリーなんだろう。

シスター姿だから分かり易い。

延々と続く廊下の様子から、この場所全体があの爆走ホラー女の領域として機能している気がする。


…何でシスターがホッケーマスク着けているのかは知らないけれど。

多分、ナタを持ったホッケーマスクの大男か、刀やチェーンソーを持って追い掛ける赤い仮面の女がモチーフなのだろうが…。


そして、あのシスターは長い牛刀を振り回し、とんでもない速度で追い掛けて来た。

この教会がそうさせたのか、彼女自身の能力なのかは分からないが……。


殺意の残滓がまだ背中に張り付いているようで、身体小さく震える。

太腿に残る長椅子の冷たさが、現実を突き付けてくる。


俺は暗闇の中で息を殺し、再び頭の中に意識を集中させ、次の選択肢を呼び出す為の呪文を心の中で唱え始めた。


武器を出せるようになるようなアイテムを引き出すか、それとも脱出の為の鍵を――。

とにかく次の手立てを考えなければならない。


長い黒髪が頰に触れ、黒いリボンがわずかに揺れる。

女の子の身体での集中は、思った以上に難しかった。

心臓の鼓動がまだ速く、意識が散らばり易い。


能力といえば、俺の能力って確か……。


再び念じると、頭の中に黒地に白いドットの文字が浮かび上がり、ステータス画面が表示される。

電子音のようなカチリとスイッチが入った感触が脳内に響くと同時に、粗いドット絵が薄暗い礼拝堂の闇に重なるように視界の端に広がる。


……やっぱり、“1日1回ヒロイン攻略用プレゼント”と“ブレイヴハート“か。


さっき逃げ足が速くなったのは、ブレイヴハートの反対である”チキンハート”が発動したからか。


恐怖に支配された瞬間、身体が勝手に逃げる方向へ全力を振り絞ったあの感覚。

勇者としての誇りが、今はただの臆病者に堕ちている。

自己嫌悪が、冷たい長椅子の感触と共に染み入る。


他の能力は、転生で失くなった感じか。

どんな状況でも瞬時に仲間を庇う能力、力を溜めて威力倍増する能力、ちょっとした回復魔法、その他色々使えなくなっている。


いやまぁ、好感度プレゼントとブレイヴハートばかり使っていたからあっても無くても困らないけれど……。


そう思い返すものの、冒険の間に少しずつ手に入れた能力が一瞬にして失われた事実を突き付けられ、虚しい感覚が広がる。


その代わりに、幻子の能力があるな。


(セラバモ)”。

対象者に幻を見せる能力。


……やっぱり、俺が今まで見てた冒険も、幻子の仕業だったのか。

魔物を倒して有り難られた日々も、戴冠式の栄光も、女の子達と交わした約束も、全て誰かの紡いだ幻だった可能性が胸の奥で重く沈む。


ただ、話を聞いてショックは受けたものの、正直実感が無い。

ミーシャもサーシャも、魔女ユユルルも、ただの幻だとは思えない。

自分が本物の勇者だったのか、ただの傀儡だったのか、この選挙が終わったら確かめる必要がある。


…そういえば、妃姫の能力って何だろ。


あ、駄目だ。攻略対象じゃないから見えないのか。


でも、肩書きは分かるのか。何だ……?


「ガイアの……、特待星(とくたいせい)?」


「ガイア?何の事?」


無意識に読み上げていたのか、ヒキが聞き返す。

茶色い大きな丸目が、燭台の炎を映してわずかに揺れる。


「いや、何でも……。」


何の事かと訊かれても、俺にはどういう意味かサッパリだ。

ステータス画面の白い文字が、脳内でゆっくりと消えていく。


「特待星って何だ?」


俺が訊き返すと、ヒキは困った顔で首を左右に振る。

三つ編みが小さく揺れ、黒いリボンも静かに跳ねる。


「皆、私の事を特待生って言うけど、私もよくわからないの。」


特待という事は、特別待遇の意味なのかな?

まぁ、歌で世界を破壊出来る力を持っているんだったら、特別な肩書きになってもおかしくないのか。


だが、彼女の声には誇らしさよりも、どこか影が差していた。


ヒキが少し俯く。

長い睫毛が影を落とし、両手を膝の上でギュッと握り締める。


「私ね、その特待星っていう事で、皆から意地悪されているの。」


「意地悪?」


うん、とヒキは頷く。

声がわずかに震える。


「声をかけても無視されたり、悪口を言われたり、暴力を振るわれたり……、この前も、プールで溺れそうになったの。」


ヒキの両手が震える。

細い指が白くなり、長椅子の木肌を強く掴む。

燭台の炎が揺れ、彼女の影が長く床に伸びる。


「私、ずっと夢の中に居たい。」


血と鉄錆の匂いが、彼女の言葉に重なって鼻を突く。


「どうして?こんな目に遭っているのに?」


俺が此処に来た時、ヒキは幻子が刺されたと言っていた。

そして今、殺意を持った不気味な人物に追い掛けられている。

この薄暗い礼拝堂でさえ、いつ破られるか分からない仮の逃げ場だ。

それなのに、彼女はこの夢の中に居たいと言う。


「夢の中だから大変な目に遭うけれど、こうやってまーちゃんが傍に居てくれるから……。」


俺は眉をひそめる。

こんな状況を夢の中だと勘違いしているとはいえ、現実よりも良いなんて……。

隣に感じる彼女の小さな体温が、逆に胸を締め付ける。


それに、夢から醒めたくないというのは、つまり、現実から逃げ出したい、死を望むという事。


いや、そんな事って…


「そんな……」


簡単に現実を諦めては駄目だ。

そう言ってやろうかと思った。


……だが、でも、俺だ。

俺は既に、現実からリタイアして、勇者になったんだ。


あの頃の俺もまた、現実から目を背け、別の世界に逃げるように勇者の役割を受け入れたのではなかったか。


絹のような手が、冷たい長椅子の縁を強く握る。


皆から意地悪されている。


ヒキの言葉が、過去の自分に重なって、胸の奥で鈍く痛む。


ふと、冒険に出る前だった頃の自分を、本当は忘れたかった過去の自分を思い出す。

引き篭もりに近い部屋、他人を恐れ、誰とも話さなかった、話せなかった日々を。

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