覚悟
葉加瀬ちゃんと宙太くんと別れた後、自分の部屋へと戻るべきなのに、私の足は自然と墓標の方へと向かっていった。
何となく予感を感じていたから。
月明かりだけの頼りない夜の下、便りを知らせるように風が吹く。
墓標へと辿り着いた私の前には、待ち構えていたかのようにスバルが立っていた。
「……なぁ、オリーヴ。俺が死んだとき、どう思った?」
私と視線の合ったスバルは、そんな事を言ってくる。
私は視線を反らさないで、つっかえそうになる言葉を必死に絞り出す。
「そんなの、いっぱい悲しかったに決まってるじゃない」
当たり前の問いに、当たり前の答え。
私はスバルを見据える。
スバルはばつの悪そうに頬を掻く。
「そうか……それは、悪かったな」
そんな言葉を聞きたかった訳じゃない。
あなたに謝って欲しかった訳じゃない。
言いたいこと、伝えたいことは沢山あった。
でも、言葉に詰まってしまって私は言えない。
このスバルは、私に感染したカースが見せる妄想なのだと思えば、どんな言葉も無意味な気がしてしまって。
私が黙っていると、スバルは困ったように笑った。
「俺から一つ、お前に言いたいことがあるんだ。あいつ……ベレトも、きっといっぱい苦しんだ」
そう言うとスバルはそっと樹を見上げる。
見上げた視線の先にあるのは、スバルが私と出会った時にベレトを抱えていたあの枝だ。
「俺はあいつに殺されたけど、あいつに死んでほしいとは思わない。だって、きっと分かり合える時が来るって信じてるから。アルフレッド先生も言ってたんだ。そのためには、俺たちから歩み寄るしかないって」
桜から視線を戻したスバルの瞳が私を移す。
それは、いつか私に「信頼している」と言ったあの時と同じ表情で。
「だから、俺はもう死んでできないけれど、お前は、それを諦めないで欲しい」
私は目を見開く。
そんな私に、悪戯が成功したかのようにスバルは、にかっと笑った。
「頼むよ。相棒」
私は笑おうとして、失敗する。
「無茶ばっか。でも、それがスバルのお願いなら、私が叶えるよ」
視界が滲むけど、私はこの目に焼きつけるようにスバルを見つめる。
スバルは私の答えに満足したのか、破顔して「ありがとな」と言う。
「それじゃ、もう俺行くよ」
そう言って去ろうとしたスバルの背中に、「待って」と声をかける。
「……ねぇ、また会える?」
本当は答えなんて分かってる。
ベレトを倒せば、この都合の良い夢は終わってしまうということ。
不安に胸を軋ませながら、私はスバルの言葉を待つ。
でもスバルは、最後まで私の欲しい言葉をくれなかった。
何も言わずに私に背を向けると、背中越しに手を振って、スバルの姿はかき消える。
スバルに置いて行かれた私は、桜の樹を見上げて目蓋を閉じる。
───覚悟は、決まった。
◇
翌日、それぞれ決意を固めた葉加瀬ちゃんと宙太くんと合流して、私たちは三人でガンディー先生の研究室へと行く。
昨日のようにノックをして部屋へと入れば、ガンディー先生だけではなくて、ドロシー学長もいた。
そう言えば、葉加瀬ちゃんが学長にお願いしてみるような事を言っていたなぁ……。自分のことで手一杯だった自分が恥ずかしい。
「……来たか」
ガンディー先生が私たち三人を順に眺める。
「さぁ答えを聞こう。君たちは、どうしたい?」
葉加瀬ちゃんと宙太くんと視線を合わせる。
三人で頷くと、葉加瀬ちゃんが一歩前へと歩みでた。
「リライヴ・セレモニーを、ベレトに。ベレトを救いたい」
葉加瀬ちゃんの言葉に、ガンディー先生は僅かに目を眩しそうにすがめる。
「……そう言うと、思っていたよ」
満足そうなガンディー先生とは対称的に、学長はその答えを聞いて溜息をついた。
「はぁ……もう。仕方ないなー……わかったよー。本当は私もガンディーも、学生を連れていくのは嫌だよ」
むぅ、と唇を尖らせて、学長は怒った顔を作って見せた。
でもそれはすぐに、無邪気な笑顔へと変わる。
「だけど……リライブ・セレモニーは、五人じゃないとできない。それに、今回はあのときと違う。私たちが貴方たちを守れる。ガンディーはこうなること、もうわかってたみたいだけどね」
ガンディー先生は一度目を閉じると、私の方を見る。
その目には、私にも見に覚えのある懺悔の色が濃く浮き出ている。
「私自身、三年間ひたすら後悔し続けてきた。あの時、何かできたんじゃないかって。君たちも、きっと同じ気持ちだろう。私は、例え止めるべきだとわかっていても、止められないよ」
ガンディー先生は私と一緒だ。
助けられなかった側の人間。
助けようと思えば、助けられたはずの側の人間。
その後悔は、山より高く、海より深い。
しんみりとした空気の中で、突如湿っぽい空気を振り払うかのように、学長の明るい声が響いた。
「でもさ、君たち。ベレトの居場所はどうやって見つけるつもりだったの?」
葉加瀬ちゃんが「あっ」と声をあげる。
私は少し考えて、ふと学長の方を見た。
そういえば三年前、スバルはカース探知機を使ってベレトらしいクリーチャーを追っていた。
目が合った学長が、嬉しそうに私の方へと歩み寄る。
「そんな困った君たちにプレゼントだよ」
そう言って握らされたのは、何か石のようなもの。
そっと手を開いて手の中にあるものを見た私は、視界が滲んだ。
なんでこれを学長が持っているのかは分からないけれど……私はそれをしっかりと受けとる。
「オリーヴちゃん。これ……スバルくんがあの時持っていた探知機。アスタリスクで君が飛んで来た時、一緒に飛ばされたみたい。魔力で動く探知機なんだけど、あれからずっと魔力をいくら入れても反応しなかった。ベレトがこの世界にいなかったから。でも、今なら。ここに魔力を入れてみて」
私は探知機をそっと撫でる。
スバルが持っていたカース探知機。
きっとこれは、次に繋ぐために、スバルが私に託してくれたもの。
学長は笑っている。
ガンディー先生は真面目な顔でじっと私を見つめている。
宙太くんは息を飲んでハラハラと待っている。
葉加瀬ちゃんは静かな目で、私を促すように頷いた。
皆に見守られて、私は呼吸を整える。
両手の平で捧げるように探知機を持つと、私はスバルから託された願いを込めるように、魔力を込めた。
探知機が淡く輝きだす。
光の糸が、ベレトがいる方向を指し示す。
その方角を見た学長が呟いた。
「北西の方角。あの時と同じ、山があった方だね」
「では早速行きましょう」
葉加瀬ちゃんの言葉で、私たちはベレトのいる山へと出発した。
山の攻略難易度は三年前と変わらない。
険しい道を切り開くように、私は探知機を持って先頭を歩く。
突然の土砂崩れをものを動かす魔法でかわし、毒霧を空を飛ぶ魔法で迂回する。
一度来たアドバンテージが功を成して、私はひたすら皆を先導していく。
一度中級クリーチャーに出くわしそうになったけど、葉加瀬ちゃんが音を消す魔法を使ってくれたお陰で、戦闘にならずに済んだ。
探知機が示すままに山道を進んでいくと、ふと葉加瀬ちゃんが立ち止まった。
「どうしたの葉加瀬のお姉ちゃん?」
「なにか今、楽器の音が聞こえた気がして……」
私はハッとして葉加瀬ちゃんの方を振り返る。
「それってもしかして、トランペットみたいな音?」
「それっぽいです」
葉加瀬ちゃんが眉を寄せて怪訝そうな顔になる。
私も足を止めて、全員の方を振り向いた。
これだけは、教えておかないと。
「その音はクリーチャーを呼び寄せるの。囲まれたら脱出が難しくなる。ここからは今まで以上に警戒した方がいいよ」
私の言葉で緊張の糸が張り巡らされた。
それぞれが発動体を構え直す。
私も宝珠を肩口で滞空させる。
探知機の指し示す方角とトランペットの音が聞こえる方向は同じだった。
近づくにつれ、私にもトランペットの音が聞こえるようになる。
視界が開けた。
山の中にぽっかりと空いた広場のような場所で、オッドアイの猫が、トランペットを吹いていた。
夜が明ける時のような深い紫の毛色をした猫。
スバルと私を繋いだあの猫が、人間のようにトランペットを吹いていた。
あれがベレト。
私たちの間に緊張が走る。
ベレトのトランペットの音に連れられて、私たちの背後から、沢山のクリーチャーが集まりだす。
学長が油断なくベレトを見据えたまま、ガンディー先生に声をかけた。
「……ガンディー。お願いしていいかな?」
「もちろん。この程度の数ならば、私一人で十分だ」
ガンディー先生がクリーチャーの群れを相手取る間、私たちがベレトを抑えないといけない。
私たちがベレトの方へと意識を向ければ、ベレトも爛々とした目を私たちの方へと向ける。
ベレトの体から、暗く、重たい魔力が溢れだす。
靄のような魔力を鎧のように纏ったベレトがトランペットを吹く猫から、巨大な蒼白い馬に乗る魔人へと姿を変えた。
私たちに敵意を向けるように、牙を剥く。
「葉加瀬ちゃん。私と協力して、あの子を止めよう。私は全力で詠唱するから、君たちは全力でこの子を弱らせて!」
学長の言葉を合図に、私たちはそれぞれの発動体を構えた。




