アカシック・レコード
最初に見たのは、大きな屋敷に住む夫婦が悲嘆に暮れて寄り添う姿。
生まれた子が産声を上げることなく生を閉ざしたことを責める妻に、夫が優しく寄り添っていた。
次に見たのは、幼い金髪の女の子。どこか見たことのある面立ちの女の子が、トランプで遊んでいる。
きゃらきゃら笑う女の子に、母親が優しく笑いかけている。
すごいわねシャルロッテ、と言う母親の言葉に、女の子がシャルロッテちゃんだということに気がついた。
そのすぐ側にいるのは、シャルロッテちゃんの両親らしい。
一人は、見覚えがある。
確か、私が学園に入学した頃にいた先生の一人だ。
場面が変わる。
シャルロッテちゃんの父でもある、ハーベストの先生の一人、アルフレッド・ファン・ペルス先生が、学生の隣で電話をしていた。
どうやら理事会から研究について口を出されているみたい。
電話を切ったアルフレッド先生に、学生───スバルが猫を抱いて話しかけていた。
その猫に私の心臓が早鐘を打つ。
あの猫は、私とスバルが初めて出会ったときに、スバルが助けていた猫だ。
スバルはどうやら、アルフレッド先生の指示で猫を捕獲していたらしい。
しかも驚くことに、アルフレッド先生はその猫がクリーチャーだという。
過去の映像なのに、スバルはあんなに密着していて大丈夫なのかとハラハラしてしまう。
過去の記憶が進む内に、アルフレッド先生の研究内容も分かってきた。
アルフレッド先生のゼミに所属しているスバルは、先生と二人でカースを抑制する研究をしていたらしい。
二人が目指すのは、人間とクリーチャーの共存。
スバルが目指していたものを初めて知って、私はひどく動揺してしまう。
動揺しているうちにまた場面は変わった。
誰もいない、静寂に包まれた深夜の研究室。
そこに部屋の扉を吹き飛ばして、一人の少女が乗り込んできた。
学長によく似た、紫髪の女の子。
その女の子が、籠から子猫を解放して抱き上げる。
クリーチャーを虐げる人間に対する、悲しみと憎悪の入り交じったその危うい姿に、過去の映像とは思いながらも肌が粟立った。
今度の場面はシャルロッテちゃんが、いるはずのない姉に戸惑う場面から始まった。
自分には見えない「姉」を可愛がるシャルロッテちゃんの両親。
「姉」を理解できないシャルロッテちゃんへ、それまで優しかった両親が突如豹変して、虐待が始まる。
事態はシャルロッテちゃんの家だけの問題では済まされずに、理事会へと持ち込まれる。
アルフレッドとアンネ夫妻は、カース感染していることが分かったから。
ドロシー学長が学生の手には負えないと判断して、自らクリーチャーを討伐するべく掛け合うけれど、理事会から厳しく止められる。
「どうして!?」
「この事件を引き起こしたクリーチャーは『ベレト』と呼ばれる魔界の王の一人だそうじゃないか」
「だから学生をクリーチャーハントに出すのは危険すぎるの!」
「ベレトは『七つの大罪』にもっとも近い悪魔と呼ばれているそうだ。七つの大罪に対し恐怖心を抱いている君が出る方が、危険じゃないのか?」
「でも、ベレトは七つの大罪じゃない!」
「もし裏で七つの大罪とのつながりがあったらどうする? 君を失うことは、私たちにも責任が取れかねない」
理事会メンバーの言葉に、学長が悔しそうに唇を噛んでいた。
「じゃあ……どうするっていうの」
「通常のカース事件の通り、学生に依頼をする」
「学生……。もし何かあったら、どうするつもり」
「何を言っている。私は代替案として案を出したまでだ。クリーチャーハントの成功・失敗は、彼ら自身の責任だよ」
「ふざけないで!そんなの、容認できるわけないでしょ!!」
常にない学長の怒りに、これは過去の出来事だと分かっても、その迫力に圧されて体が震えた。
それを、映像の中の魔法使いはいとも簡単に受け流し、他の魔法使いもまた、皆学生へクリーチャーハントを依頼することに賛同していた。
学長は、身動きが取れなくなって、悔しそうに歯噛みしていた。
そして流れる映像は、とうとう私の記憶へと追いつく。
山の中、スバルが私を庇って大剣に貫かれる。
一度見た光景のはずなのに、私はどうしても受け入れられなくて、目を、耳を、塞ぎたくなる。
でも私はこの事実から目をそらしてはいけない。
それが、私の過ちであるのならば、なおさら。
スバルがよろめきながら立ち上がり、紋章魔導の大魔法・小さな星を発動する。
私がいなくなった後、スバルは不敵に笑ってクリーチャーを見据えた。
「さて……後どこまでやれるかは分からねぇが、このままただで死ぬってのも嫌だな。トランペットの奴に、絶対一撃食らわせてやる……来やがれ!!」
スバルが最後の力を振り絞り、ハーベストムーンを発動させる。
空に月が現れ、輝きを放つ。
月の光で、クリーチャーたちは苦しみ、退いていく。
刹那、大きな鳴き声が聞こえる。
心を鳴動させるような、邪悪で耳障りな鳴き声。
「そこか……っ! 逃がさねぇぞ!!」
スバルは、月の光を一点に集中し、鳴き声のする方向へ向ける。
光が照射された後、彼は力尽きるように崩れ落ちた。
「はは……これで、終わりか。でも、あいつを守れた。それだけで、満足だ……」
スバルが目を閉じた。
二度と開かないその目蓋に手を伸ばそうとしたところで、パタン、と軽い音がした。
◇
ガンディー先生が魔導書を閉じた。
魔法が解かれたことに気づく。
ここが研究室だったことを思い出して、私は伸ばしかけていた手をそっと引き戻した。
「……これが三年前の事件だ」
ガンディー先生が厳かに告げる。
「あの後、このクリーチャーは魔導次元のどこを探しても見つからず、このカース事件は解決しなかった。感染者は少なかったが、後に全員自殺で死亡した」
ガンディー先生はそこまで言うと、悲しそうに目を伏せる。
「アルフレッドとアンネは、私の元教え子でね。……ずっと、私もあの時何かできなかったのか。なぜこの事件に介入しなかったのか。なぜドロシー学長と共に、学生をクリーチャーハントに行かせることに反対しなかったのか。ずっと、ずっと後悔していた。三年の月日が経っても、彼らに懺悔するのが、日課になっていたよ」
ガンディー先生は、さっきしまっていた写真を私たたちにも見せてくれる。
若い頃の、アルフレッドとアンネの写真。
どこか、シャルロッテちゃんに似ていた。
「……君たちがきた時、運命を感じた。自己満足かもしれないが、きっとこれが私にできること、私の使命だと悟った」
写真をしまうと、ガンディー先生は改めて私たちへと強い意思のある視線を向ける。
「この事件はまだ解決していない。アルフレッドとアンネは、カースに蝕まれたまま死んだ。だから、私はこの事件を終わらせて、彼らを救ってやりたい。君たちは、これからどうするつもりだ?」
その言葉に私は何も言葉を返せない。
葉加瀬ちゃんと宙太くんもまた、何も言葉がでないのか黙ってしまっている。
その様子を見たガンディー先生は何かを言いかけて、言葉を紡ぐのをやめてしまった。
その代わりに、今日はもう遅いから、また明日研究室に来るように言う。
私たちはその言葉に甘えて、研究室を出た。
ガンディー先生の研究室からの帰り道、葉加瀬ちゃんがふと気づいたように言う。
「あの映像を見た限り、ベレト……あの猫がクリーチャーで間違いないでしょうね」
複雑そうなその顔でそう言うと、宙太くんはピンときたみたいに大きく頷く。
「そっか! じゃああの猫を倒せば良いんだ! それならさっさと倒しに行こうよ!」
「そうね。あの猫が元凶なら、二次災害が起きる前に倒さないといけないけど……でも」
私はつい言葉尻を濁してしまった。
そこを鋭い葉加瀬ちゃんにつつかれる。
「でも、なんですか?」
「……なんでもないよ」
「そういう人に限って何か言いたがっているんですよ」
私はふい、と葉加瀬ちゃんから視線をそらす。
足を止めて閉まった私を待つように、葉加瀬ちゃんも足を止めてしまう。
宙太くんもそれに気がついたようで、足を止めた。
目をそらし続ける私に、葉加瀬ちゃんはふとこんな言葉を落としてくる。
「殺したくない理由でも、あるんですか?」
確信を突く言葉に顔をあげれば、思いの外真剣な顔をした葉加瀬ちゃんの視線とかち合う。
葉加瀬ちゃんの瞳にある感情は読めない。
でも、その瞳にある感情はどこか悲しげで。
この子には隠し事ができないなぁ……。
全てを見通すようなその視線に、私は根負けしてしまう。
自嘲するように笑ってから、私はスバルとの思い出を語る。
「あの猫はね、私とスバルを繋いでくれた幸運の猫なの。あの子がいなかったら、私とスバルは出会えなかった。それに、死んでも尚、会いたいと思った人に出会わせてくれるあの子を、一方的な悪だと私は決めつけられないの」
宙太くんが不思議そうな顔をする。
「死んだ人に会えても嬉しいの? シャルロッテのお姉ちゃんは苦しそうだった。俺、お姉ちゃんが苦しむ前に、あの猫をやっつけたい!」
宙太くんの言うことも最もだ。
でも私は、死者だと分かっても、私の妄想であると分かっても、あの顔を、あの声を、あの温もりを、もう一度失いたくないと思ってしまう。
胸がつまって、苦しくて。
それを誤魔化すように笑えば、葉加瀬ちゃんが何かを悟ったように静かに視線を地面へと落とす。
ああ、もしかしたら葉加瀬ちゃんには、私もカース感染していることを気づかれたかも。
どんな言葉を浴びせられるのかな。
馬鹿だと罵られるならまだ良いけれど、軽蔑されてしまうかもしれない。
カースを悪とするのに、そのカースを是とする矛盾を抱えた今の私は、歪な存在に違いないのだから。
私が緊張でこくりと喉を鳴らすと、ふっと葉加瀬ちゃんが顔をあげた。
何かを思い出したように、晴れ晴れとした顔をしている。
「そうだ……クリーチャーに心があるのなら。ベレトに直接聞いてみれば良いんじゃ無いでしょうか」
「どういうこと?」
「リライヴ・セレモニー。あの魔法で、ベレトの心を救いましょう」
一人、宙太くんがキョトンとしている。
分かっていないその顔に私と葉加瀬ちゃんは顔を見合わせて苦笑した。
「魔導書魔導学科の授業で、ガンディー先生がテストに出すって言ってましたよ」
「えぇっ!?」
宙太くんは慌てて鞄をひっくり返してノートを探すと「あったー!」と叫んでノートを読み出した。
その内に私は、葉加瀬ちゃんへと確認をとる。
「人数はどうするの? それに魔法を使える人は限られてるわ」
「もちろん、ドロシー先生にお願いします。後は、私と、オリーヴさんと、宙太くんとガンディー先生。これで人数がぴったりです」
にこやかに笑う葉加瀬ちゃん。
その明るさに、私は眩しくて目を細める。
「そうね……でも、少しだけ考えさせて? ベレトは幸運の猫でもあるけれど……スバルの仇でもあるから」
葉加瀬ちゃんは私の言葉に悲しそうな顔をしたけれど、納得してくれたようでそれ以上言及してくることはなかった。




