決着
ドロシー学長が先の長い呪文を詠唱し、ガンディー先生は大型クリーチャーの群れの足止め。
ベレトを抑えるのは自然と、私たち学生組になる。
葉加瀬ちゃんが懐中時計を握りしめる。
宙太くんが香水瓶の蓋を開ける。
私は宝珠を胸の前に滞空させる。
私と葉加瀬ちゃんが一歩前に出て、ベレトの正面に立ちはだかった。
宙太くんの声がこだまする。
「想像力の翼!」
聞こえた呪文は変身魔導の大魔法。
宙太くんの姿がパフュームに包まれて、人の形を溶かしていく。
溶けた輪郭は炎に包まれ、うねり、火を纏う巨大な不死鳥へと変化する。
不死鳥が一声鳴くと、宙太くんの火の粉のような魔力の欠片が私に降り注ぎ、私の体に魔力が満ちる。
『───■■■■■■■■■■!』
耳をつんざくような咆哮。
ベレトの足元に魔法陣が展開され、完成した魔法陣がベレトの身体を通過すると、その背中に漆黒の翼が生まれた。
『───!!』
堕天の聖騎士となったベレト。
ベレトの咆哮が響き渡る。
ベレトの後ろの空間が裂けて、大きな魔神の腕が現れた。
魔神の腕を従えて、ベレトが突進してくる。
「くぅ……っ」
「……っ!」
ベレトが葉加瀬ちゃんに衝突し、私には魔神の腕が飛んできた。
葉加瀬ちゃんは手に持つ懐中時計を前へと突きだして、マナプロテクトで衝撃に耐える。
私も宝珠を前面に押し出して、宝珠を中心にしたマナプロテクトで衝撃に耐えた。
「インデックス!」
ベレトとの間合いを取り直してベレトの側面へと駆けると、宙太くんからもらい受けた魔力の加護を惜しげもなく活用して、私は宝珠へと魔力を注ぐ。
宝珠がぶれて、私の魔力を一部分けた小さな玉が三つ生まれる。
その内の二つの小さな玉を素早く葉加瀬ちゃんと宙太くんへと飛ばす。
残った一つの玉は宝珠の周囲を旋回した。
「グランドリザレクト!」
宝珠が私の足元をぐるりと滑り出す。
宝珠の軌跡は魔法陣となり、魔法陣が描かれた範囲を聖地と定める。
淡いレモンイエローに輝く魔法陣に立ち、ベレトを見上げるとベレトの魔力がゆっくりと練られてマナプロテクトを強化していくのが分かる。
『───!!』
ベレトが咆哮する。
ベレトの騎乗する馬が青白い炎を纏った。
馬鹿の一つ覚えのように、葉加瀬ちゃんへと突進していく。
葉加瀬ちゃんが動いた。
突進を受けた彼女はマナプロテクトで受け止める。
葉加瀬ちゃんはベレトを真っ直ぐに見据えると、懐中時計を持つ手に力を込めた。
「イン・ザ・ワイルド」
小さく囁いたかと思うと、葉加瀬ちゃんの魔力が大きく流動する。
そこに、私が分け与えた魔力の玉も吸い込まれていく。
「シューティングスター」
魔力の蓄積をした葉加瀬ちゃんの懐中時計から炎が吹き出した。
私の魔力交えて空へと舞い上がった炎。
隕石のように質量を伴った炎は空中で一旦停止し、狙いをベレトへと定めると、一斉に降りかかる。
『───』
ベレトが右手を水平に上げた。
手のひらを仰向けて、手首だけを何かを呼ぶように直角に曲げた。
ベレトを守るように、コンクリートのような障害物が出現する。
だけど、葉加瀬ちゃんの隕石のような炎は、障害物の一部を溶かしてベレトへと降り注いだ。
「デモンズサーキット」
さらに、残った魔力で葉加瀬ちゃんは次の魔法へと繋げるべく、自分の足へと炎を纏わせた。
私もぼんやりとしてはいられない。
「アンダースコア!」
魔力を体内に巡らせる。
循環させた魔力は放出の機会を狙って宝珠へと移る。
闇の魔力に風の魔力を混ぜて、宝珠を通じて解き放つ。
「オメガクライシス!」
宝珠から緑の混じる黒の波動が広がった。
波動はベレトに対しては強力な衝撃波となり、私の魔力を活性化させてくれる。
『───』
ベレトが腰に下げていたらしいトランペットを、おもむろに吹いた。
地獄のトランペットの戦慄がこだまする。
私が怯むと、宙太くんが動く。
「守りたいもの!」
宙太くんのマナプロテクトが広がって、私と葉加瀬ちゃんへと覆い被さる。
宙太くんはいつの間にか人間の姿へと戻っていて、ぎゅっと香水瓶を握り締めた。
香水瓶を握り締める手とは反対の手で銃の形を作ると、ベレトへ照準を合わせる。
「フレイムボルト!」
電気を帯びた炎の玉が、ベレトへと放たれる。
だけどその玉は再び出現したコンクリートの障害物によって完全に遮られてしまう。
『───!!』
ベレトの視線が順繰りに私たちを眺め、一番近くにいた葉加瀬ちゃんへと狙いを定めた。
ベレトが騎乗している馬が青白い炎を纏い、ペガサスのように翼を生やす。
二対もの翼を羽ばたかせて、ベレトは葉加瀬ちゃんへと突進をしていく。
「変身! ヴォルテックヒート!」
鷹へと変身した宙太くんが葉加瀬ちゃんを守るように前へと飛び出していく。一度高く羽ばたいた宙太くんは、高速で垂直下降した。
宙太くんが加速した時に生じた摩擦の熱が魔力によって増大する。
その状態で、宙太くんがベレトと衝突した。
その余波が、私と葉加瀬ちゃんの元まで響いてくる。
でも私と葉加瀬ちゃんは宙太くんのマナプロテクトの範囲内にいるから、ベレトの衝突も、宙太くんの落下による衝撃波も感じない。
ベレトは宙太くんと衝突した後、逃げるように空中を大きく旋回し、私たちの背後を陣とった。
「グラウンドゼロ!」
葉加瀬ちゃんの声が響く。
炎を纏った足で力強くバックステップし、ベレトへの間合いを測り直した葉加瀬ちゃんの手元で、ギュルリと懐中時計の針が回転した。
黒い炎の柱が葉加瀬ちゃんとベレトを包む。
ベレトは新たな陣地でコンクリートの壁を築き上げるけれど、完璧には闇色の炎を防げない。
「ホワイトナイツ!」
葉加瀬ちゃんへとベレトが気を取られている隙に、私は宝珠を空へと投げる。
優しく温かな風が吹く。
宝珠から溢れるように、白と赤の炎の花弁が周囲へと舞い落ちる。
私と葉加瀬ちゃん、宙太くんへと舞い落ちる炎の花弁は癒しを与え。
ベレトへ舞い落ちる炎の花弁は浄化を与える。
『───』
ベレトはもがくことで炎の花弁を避けようとするけれど、その大きな体では完璧には防げないでしょ?
「フレイムボルト!」
その隙を逃さずに鷹に宙太くんが、その嘴からフレイムボルトを放つ。
ベレトはそれを禍々しい闇の魔力を纏った右腕で振り払うように打ち消す。
『───■■■■■■!!』
ベレトが怒りの咆哮をあげる。
今までとは違う、言葉のような、音のような、そんな咆哮。
じりじりとベレトの足元に魔法陣が浮かび上がり、混沌としたおぞましい魔力をさらにその身に纏おうとし始める。
私は目を凝らして展開された魔法陣を読み取り、ハッとする。
あれは、大魔法・神の存在証明……!?
このままでは神格レベルのクリーチャーが生まれてしまう……!
私は思考を回転させる。
今からでも、魔法の妨害はできる……!?
焦る私とは裏腹に、私の視界の端にいた葉加瀬ちゃんが懐中時計を両手で持ち、前へと突きだすのが見えた。
カチ、コチ、と時計の針の音がやけに大きく響く。
「機械仕掛けの神」
葉加瀬ちゃんの涼やかな声。
懐中時計の針の音が大きく響く。
懐中時計から魔力が溢れ、ベレトの魔法陣に被せるように空中に大きな魔法陣が描かれる。
展開した魔法陣が輝いて、時計盤へと変化した。
時計の針が、巻き戻る。
ベレトの魔法陣が消えていく。
膨らんでいたベレトの魔力も萎んでいく。
ほろほろと禍々しい魔力の鎧が剥がれ落ちる。
大魔法・機械仕掛けの神。
その効果は時間の巻き戻し。
渾身の大魔法が無効化されたベレトが、怒りながら葉加瀬ちゃんへと突進していくけれど、宙太くんがハッとしたように葉加瀬ちゃんを庇って攻撃を受け止める。
「イン・ザ・ワイルド」
庇われた葉加瀬ちゃんは涼しげな顔だ。
焦りなんて一切無い。
歌うように葉加瀬ちゃんが、宙太くんの後ろで懐中時計に魔力を籠める。
膨らんでいく、火属性の魔力。
純粋な火の魔力が懐中時計に集っていく。
葉加瀬ちゃんが、笑った。
「───カーディナルコスモス!」
火属性魔法の最高位魔法。
一度はシャルロッテちゃんの前で破れた、あの技だ。
青白い炎が懐中時計から飛び出して、地面を這うようにベレトへと迫る。
『───■■■■■■!』
葉加瀬ちゃんの魔法を目前に、ベレトが咆哮する。
展開される魔法陣。
私は再び魔法陣を読み取る。
展開されようとしているあの魔法は───大魔法・小さな星。
ベレトの頭上に現れた魔法陣が完成すると、空間にヒビが入り、硝子が割れるように空間が砕かれた。
そこに向かって疾駆するベレト。
「逃がさない……!」
私は宝珠を操り、ベレトと空間の割れ目の中へと割り込ませる。
右手の中指で指揮をするように空中に魔法陣を刻む。
私の右手に導かれるように宝珠が高速で軌跡を描き、魔法陣を展開した。
「小さな星───!」
スバルが、私を逃がすために使った大魔法。
あの時、私がこの魔法を使えたなら。
何度、悔やんだか分からない。
何度、嘆いたか分からない。
だけど今は。
ベレトとの決着をつけるために、私は魔法を行使する。
割り込んだ私の大魔法が完成し、同種の魔法で逃げようとしたベレトを捕捉する。
宝珠が展開した魔法陣に吸い込まれたベレト。
一度は消えたベレトの姿が、私が指定した座標───葉加瀬ちゃんのカーディナルコスモスの沿線に忽然と現れた。
ベレトに青白い炎が直撃する。
ベレトの体に、炎が絡み付く。
ベレトが苦痛に声をあげた。
私は宝珠を操り自分の元に寄せると、一度触れて直接魔力を注ぎ、そっと頭上へと放つ。
「ホワイトナイツ」
淡く輝く宝珠。
白と赤の炎の花弁が咲き乱れる。
桜吹雪のように私の魔法が視界を奪う。
ベレトの苦痛の悲鳴はやがて枯れ果てた。
ベレトを混沌の騎士と化していた魔力が剥がれ落ちていく。
癒しと浄化の魔法が徐々に終息していく。
宝珠が私の元へとするりと落ちてくると、くるりと私の周りを一回転して、定位置である肩口に滞空する。
決着は、ついた。
優しく、温かな一陣の風が吹いた後に残ったのは、激しい戦闘の爪痕と、夜明けの毛色をした一匹の猫だった。




