第八章 今日は戦わない
それから、何度か。
魔王マーラ=ゼオコは、人間の国を訪れていた。
魚を手土産に。
「また来たのか……魔王ってやつは暇なのか?」
ネコ=サンがはにかんだように笑う。
「まさか手ぶらではあるまい?」
「魚がある」
「ふっ……そうか」
最初はそれだけだった。
だが、回数を重ねるたびに、少しずつ話すことが増えていった。
人間の暮らし。
魔族の暮らし。
互いの国で困っていること。
互いに知らなかったこと。
「魔族は、やはり夜に活動する者が多いのか?」
「そういう者もいるな」
「人間とは違うな」
「ああ」
「だが、眠るのは同じだ」
「そうだな」
そんな何気ない話を、何度も交わした。
……ある日の魔王城。
「人間側から書面が届いています」
カータが書類を差し出した。
「内容は?」
「停戦案です」
マーラは書類に目を通す。
「……そうか」
ターマが横から覗き込む。
「やっとだね」
「まだ停戦です」
カータが言う。
「和平ではありません」
「分かってるって」
マーラは少し考えた。
「受けようと思う」
「よろしいのですか?人間を信用して」
「俺とて全てを信用したわけではない」
「魔族の多くは未だ納得はしないだろう」
マーラは答えた。
「だがそれは人間側も同じことではないか?」
「……なるほど」
「だから話すんだ……諦めはしない」
カータは少しだけ頷いた。
「承知しました」
ターマが笑う。
「マーちゃん、ちゃんと王様してるじゃん」
「……魔王様です」
「はいはい〜♪」
人間の国。
ネコ=サンもまた、同じ書類を見ていた。
「魔族側は停戦案を受け入れるそうです」
「そうか」
「ただし、条件付きです」
「なんだ?」
「互いの領域への無断侵入をやめること」
「当然だな」
「交易路の一部を開くこと」
「……交易か」
「はい」
ネコ=サンは少し考えた。
「よし、いいだろう」
「よろしいのですか?」
「話を進めるのなら、物も行き来した方がいい。お互いを知るキッカケにもなる」
兵士が頷く。
「承知しました」
ネコ=サンは窓の外を見た。
「戦争を終わらせるのは、戦うより難しいな」
誰に言うでもなく呟いた。
数日後。
人間と魔族の境界。
両軍の兵士が向かい合っていた。
互いに武器は持っている。
だが、抜きはしない。
「なんか……妙な感じだな」
「何が?」
「敵が目の前にいるのに、戦わない」
「そうだな」
少し離れた場所では、ネコ=サンとマーラが話していた。
「これで終わりではないな」
ネコ=サンが言う。
「ああ、始まりだ」
マーラも頷く。
「これからだ」
「そうだな」
二人は握手をした。
その様子を、少し離れた場所から四天王と人間側の兵士たちが見ていた。
「……本当に戦わないんだな」
セノミが呟く。
「……今日はな」
オミが答える。
「明日もそうなるようにするんだろうよ」
ハーラミが言った。
カマトロンは黙って二人を見ていた。
しばらくして。
「あ〜……腹が減ったな」
「……そうだな」
セノミが答えた。
「人間領の名物はなにかな」
「聞いてみるか」
四人は歩き出した。
海では。
アザラシが魚を食べていた。
「……うんまい」
少し泳ぐ。
そして寝る。
人間と魔族が、今日は争っていないことも。
これから何が変わるのかも。
アザラシには関係なかった。
ただ。
海は、いつもより少し静かだった。
今日も、特に何も起こらなかった。




