第九章 分かりたいと思った
停戦となり、しばしの時が経った。
人間と魔族の間では、少しずつではあるが物資が行き来するようになっていた。
食料。
薬。
道具。
まだお互いに警戒はしている。
それでも、以前よりは言葉を交わす機会が増えた。
ある日の人間領。
「来たか」
「ああ」
ネコ=サンが出迎える。
マーラは魚の入った籠を持っていた。
「また魚か?」
「好きだろう?」
「好きだが……毎回持ってこなくてもいいぞ?」
「俺も好きだからな」
マーラは優しく微笑んだ。
「好きか……」
「?」
二人は並んで歩いた。
「最近、交易が上手くいっているらしいな」
「そうだな」
「魔族側では、薬が人間によく売れている」
「人間側からは、道具が入ってきている」
「便利になった」
「ああ」
しばらく歩く。
「……魔王」
「……マーラでいい」
「お前は、人間のことをどう思っている?」
マーラは少し考えた。
「昔は、怖いと思っていたんだ……」
「今は?」
「分からない」
「分からない?」
「ああ」
マーラは前を見る。
「知らないから怖かったんだと思う」
「……なるほど」
「今でも知らないことは多い。でも、分かりたいと思い始めた」
「俺もだ」
二人は少し笑った。
魔王城。
「最近、魔王様は人間の国へ行くことが増えましたね」
カータが書類を整理しながら言った。
「そーだね」
ターマが答える。
「週に何回?」
「三回くらい?」
「……仕事は?」
「やってるよ」
「そうですか」
カータは少し考えた。
「では問題ありません」
「姉さん」
「なんです?」
「最近、マーちゃん楽しそうじゃない?」
「……」
カータの手が止まった。
「そうでしょうか」
「うん」
「……そうですか」
ターマは笑った。
「姉さんも嬉しいんでしょ?」
「何の話ですか」
「別に〜」
人間の国。
ネコ=サンとマーラは、城の中庭にいた。
「今日は何をする?」
「特に決めてない」
「そうか」
二人で椅子に座る。
「……」
「……」
何も話さない。
風が吹く。
「静かだな」
マーラが言った。
「ああ」
「あの海岸を思い出す」
「海岸?」
「アザラシがいる」
「……ああ」
ネコ=サンが笑う。
「前に話していた魚ばかり食べているというやつか」
「そうだ」
「お前、まだそいつのところに行っているのか?」
「ああ。時々な」
「今度、俺も行っていいか?」
「いいぞ」
「魚を持っていく」
「喜ぶと思う」
「そうか」
二人は顔を見合わせた。
数日後。
海岸。
「……魚、食うか?」
「食べる」
「今日は二人分だ」
マーラの隣には、ネコ=サンがいた。
「初めましてだな」
「……」
アザラシはネコ=サンを見る。
「魚くれる?」
「持ってきたぞ」
「そう」
アザラシは魚を受け取った。
「……んまい」
「よかったな」
マーラが言う。
「お前も食べるか?」
「俺はいいよ」
「そうか」
ネコ=サンはアザラシの隣に座った。
マーラも座る。
三人で海を見る。
「……」
「……」
「……」
「何もないな」
ネコ=サンが言った。
「それがいいんだ」
マーラが答えた。
「そうだな」
海は静かだった。
アザラシは魚を食べ終えた。
少し泳ぐ。
そして、二人のすぐ隣で眠った。
マーラとネコ=サンは、しばらくその寝顔を眺めていた。
「……よく寝るな」
「ああ」
「羨ましい」
「……分かる」
二人は小さく笑った。
海は静かだった。
今日は、何も起こらなかった。




