第十章 混ざらないふたり
それから、さらに月日が流れた。
人間と魔族の交流は、少しずつ増えていた。
交易路を行き交う商人。
互いの国を訪れる者。
まだ警戒する者も多い。
それでも。
以前とは、少し違っていた。
ある日の人間の国。
「マーラ」
「ああ」
「今日は魚は?」
「持ってきた」
「そうか」
ネコ=サンが笑う。
「最近、それが当たり前になったな」
「そうだな」
「最初は魔王と話しているだけで緊張したものだ」
「俺もだ」
「お前も?」
「ああ」
マーラは少し笑った。
「王だからな」
「魔王だから、だろ?」
「……それもある」
二人は顔を見合わせた。
中庭。
二人で並んで座る。
「なあ、マーラ」
「なんだ?」
「もし、俺が王じゃなかったら」
マーラは黙って聞いている。
「お前は俺と話していただろうか?」
「……分からない」
「そうか」
「でも」
マーラはネコ=サンを見る。
「今は、話したいと思う」
「……そうか」
ネコ=サンは少しだけ笑った。
「俺もだ」
沈黙。
風が吹く。
「マーラ」
「なんだ?」
「俺たちは、変な関係だな」
「そうだな」
「人間の王と魔王だ」
「ああ」
「本来なら、敵同士だ」
「そうだな」
「なのに」
ネコ=サンは言葉を止めた。
「……一緒にいると、落ち着く」
マーラはしばらく黙っていた。
「俺もだ」
それだけだった。
魔王城。
「最近、魔王様が帰ってくるの遅いですね」
カータが言った。
「そう?」
ターマが答える。
「人間の国に行ってるんでしょ」
「そうですか」
「楽しそうだよね〜♪」
「……」
カータは書類を見る。
「それなら、よいことです」
「姉さん」
「なんです?」
「顔、笑ってるよ」
「……笑ってなどいません///」
「そっか〜♪」
ターマは何も言わなかった。
その夜。
魔王城の外。
マーラは一人海を眺めていた。
「……」
そこへネコ=サンが来た。
「ここにいたか」
「……ネコ=サン」
「少し話さないか?」
「ああ」
二人は並んで海を見る。
「最近、よくここに来るな」
「海が好きなんだ」
「俺もだ」
「そうか」
波の音だけが聞こえる。
「マーラ」
「なんだ?」
「俺は、お前といる時間が好きだ」
マーラは黙った。
「……俺もだよ……」
「そうか」
「だが」
マーラは少し俯いた。
「これは、許されることなのだろうか?」
「……分からん」
ネコ=サンは海を見る。
「人間と魔族だ」
「ああ」
「王と魔王だ」
「ああ」
「簡単じゃない」
「……そうだな」
しばらく沈黙した。
「でも」
ネコ=サンが言った。
「俺は、お前と話すことをやめたくない」
マーラが顔を上げる。
「俺もだ」
二人は互いを見る。
そして。
マーラが、ほんの少しだけ笑った。
「……困ったな」
「何が?」
「好きになってしまった」
ネコ=サンの目には涙が浮かんでいた。
「……俺もだ」
二人は、何も言わなかった。
ただ、海を見ていた。
少し離れた岩場。
アザラシがいた。
「……」
二人を見ている。
いや。
見ているように見えるだけだった。
アザラシは魚を食べていた。
「……んまい」
そして眠った。
海は静かだった。
人間と魔族。
王と魔王。
越えるには、まだいくつもの壁がある。
それでも。
二人は、初めて自分たちの気持ちを知った。
その夜。
海には、波の音だけが響いていた。




