第三章 指圧の勇者
人間の国。
魔族との争いが続く中、その中心には一人の王がいた。
ネコ=サン。
大柄で、毛深い。
見た目だけなら山賊にも見えるが、れっきとした国王である。
その日も、兵士からの定期報告を受けていた。
「東部で小競り合いがありました」
「死者は?」
「いません」
「怪我人は?」
「何人か」
「……そうか」
ネコ=サンは椅子に深く座った。
「戦うなとは言わん」
「はい」
「だが、戦わずに済むなら、その方がいい」
「……難しいですね」
「分かっている」
王は窓の外を見る。
「それでも、減らせる争いは減らしたい」
「承知しました」
兵士が頭を下げる。
「それと、勇者殿がお見えです」
「呼んでくれ」
扉が開く。
入ってきたのは、一人の男だった。
アレガ=プルシェンコ。
三年前、この世界に召喚された勇者である。
「お呼びですか」
「ああ」
ネコ=サンはアレガを見る。
「東部の件だ」
「聞いています」
「頼めるか?」
「もちろんです」
アレガは迷わなかった。
「俺は、そのために来ました」
王は一度だけ頷いた。
「頼む」
「はい」
アレガは部屋を出ていった。
数日後。
東部の戦場。
魔族の兵士たちが倒れていた。
だが、死者はいない。
「……何があった?」
「分からん」
「動けない」
兵士が肩を押さえる。
「……肩が軽い」
「俺もだ」
「腰も楽になった」
「……なんだこれ」
少し離れた場所に、アレガが立っていた。
「無理に動かすな」
「お前がやったのか?」
「ああ」
「何をした?」
「指圧だ」
「……指圧?」
「そうだ」
アレガは淡々と答えた。
「俺の勇者としての力は、指圧マッサージだ」
「……」
誰も何も言わなかった。
「三年間、鍛えあげた」
アレガは魔族兵を見た。
「今では、どこに不具合があるのか……」
アレガは目を細める。
「透けて見える」
「……」
「衣類も含めて」
「……」
「いゃん……」
魔族兵が身を隠す。
「安心しろ。治療以外には使わない」
「そういう問題じゃない」
「?」
アレガは首を傾げた。
そして、また別の兵士の肩に手を当てた。
「ここだ」
「おお……」
「少し痛むぞ」
「……!」
数分後。
「……肩が軽い」
「そうか」
アレガは淡々と立ち上がった。
「まだ治療が必要な者はいるか?」
誰も手を挙げなかった。
ただ、何人かが少しだけ距離を取った。
アレガは気にしなかった。
その夜。
人間の国では、また別の報告が上がっていた。
「東部の戦闘、終了しました」
「被害は?」
「ありません」
「……そうか」
ネコ=サンは報告書を閉じた。
「勇者は?」
「まだ戻っていません」
「そうか」
王は窓の外を見る。
「……あいつも、休ませてやらんとな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
夜は静かだった。
その頃、海では。
アザラシが寝ていた。
今日も、特に何も起こらなかった。




