お引き取りください
サイラス団長からの極秘命令を受け、ルチアは王宮の一角にある豪華な客間へと向かった。
隣国の姫君、コレット・ヴァランシエールが滞在する部屋だ。
しかし——
「お引き取りください。コレット様は男性の騎士様とお会いになるおつもりはございません」
部屋の前にたどり着いた途端、ピシッと冷ややかに言い放たれ、ルチアは門前払いを喰らってしまった。
応対したのは、いかにも厳格そうな姫の専属侍女だ。
廊下には警護のために配置された先輩騎士たちがズラリと立ち並んでおり、彼らはこちらを小馬鹿ような視線で見ている。自分達ですら許されないのに、新人ごときが入れるわけがないだろうと言いたげな顔だ。
(うぅ……周りに他の騎士たちがいるから、チョーカーを外して『実は私も女の子なんです』って明かすこともできない……!)
「あ、あの! 私は威圧感もありませんし、暴力的なことは一切——」
「コレット様のお気持ちが最優先です。これ以上しつこくされるなら、警備の者に排除させますよ」
侍女は容赦なくピシャリと扉を閉めてしまった。
固く閉ざされた重厚な扉の前で、ルチアは「うーん……」と頭を抱えて立ち尽くす。
男性嫌いの十歳の少女。言葉も通じず、部屋に閉じこもったままでは護衛どころか視察すら始められない。
(どうすれば心を開いてくれるんだろう……。十歳のお姫様……この国に来てからずっと部屋に引きこもっていて、きっと退屈で暇だよね……)
腕を組み、うーんと悩み込んでいたルチアの脳裏に、ふと懐かしい思い出が蘇った。
◇
——幼い頃の、故郷の村。
病弱でめったに外へ出られなかった兄のルーク。
けれど、体調が良い日には、ベッドの上でよくルチアに色々な話を聞かせてくれた。
『ルチア、今日は王都のおとぎ話の本を読んだんだ。……ある所に、身分を隠した素敵な王子様がいてね』
娯楽の少ない小さな村で、兄が優しく語り聞かせてくれる物語の時間は、ルチアにとってかけがえのない大好きな宝物だった。
中でもルチアが一番夢中になって聞きたがったのが、甘くときめく「恋愛物語」だったのだ。
◇
(あの頃の私と同じくらいの年齢……! もしかしたら……!)
ハッと目を開いたルチアは、あるアイディアを思いついた。
(ずっと部屋の中にいて暇なら、少しの気分転換になるかもしれない……!)
ルチアは意を決して、再び扉をコンコンとノックした。
嫌そうな顔で扉を少しだけ開けた侍女に対し、ルチアは最大限の誠意を込めて語りかけた。
「何度も申し訳ありません。ですが……ずっとお部屋にいらっしゃる姫君に、少しでも退屈しのぎになればと思いまして。もしよろしければ、私が知っている『とっておきの面白い恋愛物語』をお話しさせていただけないでしょうか?」
「……は? 恋愛物語……?」
侍女は眉をひそめ、呆れたような視線を向けてきた。
しかし、ルチアはまっすぐな瞳で引かずに頼み込む。
「はい! お気に召さなければ、すぐに立ち去ります。どうか、姫君にお伝えだけでもしていただけないでしょうか」
ルチアの真剣な様子に毒気を抜かれたのか、侍女は「……少々お待ちを」とため息をつき、扉を奥へと閉めた。
廊下で静かに息を殺して待つルチア。
周りの騎士たちからは「おとぎ話だと? くだらん」「新人が何をトチ狂っているんだ」と嘲笑する声が聞こえてくる。
だが、しばらくすると——ギィ……と重い扉がゆっくりと開いた。
侍女が複雑な表情でルチアを見つめている。
「……コレット様が『入ってもよい』とおっしゃっておられます。ただし、おかしな真似をしたらすぐに叩き出しますからね」
「! ありがとうございます……っ!」
ルチアは胸を撫で下ろし、兄から教わった大切な物語を胸に、一歩足を踏み入れるのだった。




