承知いたしました、サイラス団長
静寂が支配する団長室で、ルチアは騎士の礼をとったまま微動だにしなかった。
チョーカーを外し、少女の声で真実を告げ、家族を守るために命を差し出す覚悟を示す。その真っ直ぐな瞳を、サイラスは無言で見下ろしていた。
やがて——サイラスの薄い唇から、低くかすかな吐息が漏れる。
「……なかなかよい礼だ。お前はもう、騎士なのだな」
「っ……」
サイラスはルチアからゆっくりと背を向けると、カツン、カツンと静かな足音を立てて執務机へと戻り、元の皮の椅子へと深く腰掛けた。
肘を突き、組み上げた指の上に顎を乗せる。
その仕草一つひとつに、抗いようのない威厳と王者のような圧倒的な存在感が宿っている。
「どんな処罰でも……と言ったな?」
サイラスは静かに告げると、先ほどと同じように口角を吊り上げ、冷たく恐ろしい微笑みを向けてきた。
(また……あの怖い笑顔……!)
背筋にゾクゾクと嫌な汗が吹き出すルチアをそのままに、サイラスは淡々と本題を口にする。
「ちょうど、少々厄介な任務があってな。……お前に任せたい」
「え……?」
「任務が完了した暁には、お前が正体を偽っていた罪を一切問うことはしない。病床の兄も無事だ」
一瞬、サイラスが何を言っているのか理解できず、ルチアは目を丸くした。
処罰どころか、罪を不問にするための「条件」を突きつけられたのだ。
「そ、それは本当ですか……!? その任務をこなせたら、本当にお許しいただけるのですか……!?」
思わず身を乗り出し、縋るような想いで問い詰めるルチア。
サイラスは冷たい黒い瞳をわずかに細め、短く応えた。
「あぁ、誓おう」
その一言に、ルチアの胸の奥で絶望の闇がふっと晴れていく。
だが、同時に冷や汗が再び首筋を伝った。
相手はあの「氷の死神」と呼ばれるサイラス・レオンハルトだ。
性別を偽っていた罪をもみ消す代償として提示される「厄介な任務」が、並大抵のものであるはずがない。
(どんなに危険な任務だって……やるしかない。私とお兄ちゃんを守るために……!)
ルチアはチョーカーを再び首元に装着し、深く呼吸を整えると、しっかりと「青年の声」で答えた。
「……承知いたしました、サイラス団長。どんな任務でも遂行してみせます。私にお任せください!」
◇
サイラスは執務机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと、ルチアの前へ滑らせた。
「……護衛任務、ですか?」
書類に目を通しながら、ルチアは首を傾げた。
記載されているのは、ある高貴な人物の警護計画と、極秘の移動ルート。サイラスは組み上げた指に顎を乗せたまま、淡々と説明を始める。
「現在、お忍びで隣国の姫がこの王都に来ていてな」
「隣国の……お姫様ですか?」
「あぁ。本来なら経験豊富な上官クラスの熟練騎士が護衛につく案件だ。……だが、ひとつ大きな問題がある」
サイラスは眉間をわずかに寄せ、どこか忌々しそうに息を吐いた。
「まだ十歳と幼いその姫は、極度の男性嫌いでな。男の騎士が近づくだけで泣き叫び、怒り散らし、手当たり次第に物を投げつけて暴れるそうだ。結果、部屋から一歩も外に出られない状況が続いている」
「えぇ……」
ルチアは思わず顔を引きつらせた。絵に描いたような我儘なお姫様だ。
「だが、姫を溺愛する隣国の王や皇子たちは『姫の気持ちを最優先にしてほしい』と主張している。そのくせ『せっかくの王都なのだから、視野を広げるために様々な場所を視察させたい』などと、支離滅裂な無理難題をこちらに押し付けてきているのが現状だ」
「な、なるほど……。警戒させず、かつ安全に視察させろ、と……」
「そうだ。厳つい男ばかりの我が騎士団において、威圧感のない小柄な騎士……かつ、中身が『女』であるお前なら、姫の警戒を解くにはおあつらえ向きだろう」
サイラスの冷ややかな黒い瞳が、ニヤリと意地悪く細められる。
(だから私を選んだんだ……! 秘密を握られた上に、騎士団の厄介事を押し付けられたってことか……!)
ルチアは冷や汗を流しながらも、出された羊皮紙を強く握りしめた。
「わかりました……! そのお姫様の護衛、私が引き受けます! 無事に視察を成功させてみせます!」
「威勢が良いな。……失敗すれば、即座にお前を詐欺罪で告発し、兄も罰する。精々しくじるなよ」
「〜〜〜〜ッ!!」
最後の最後まで容赦のないサイラスの言葉に、ルチアはゴクリと固い唾を呑み込みながら、覚悟を決めて深く礼を捧げるのだった。




