氷の死神
過酷な初訓練が終わり、食堂は空腹を満たす騎士たちで賑わっていた。
ルチアとアルドはトレーいっぱいに料理を乗せ、部屋の隅の席に腰を下ろした。
「ふはーっ! 疲れた身体に肉が染み渡る〜!」
山盛りのシチューを美味しそうに頬張るアルドを見て、ルチアもほっと息をついて、スープを一口口に運んだ。
「そういえばさ、アルド。……団長のこと、何か知ってる?」
ルチアが声を潜めて尋ねると、アルドはピクッと眉を跳ねさせ、周囲をチラッと見回してから身を乗り出してきた。
「サイラス・レオンハルト団長のことか?……おいおいルーク、よく食堂でその名前を出せるな。壁に耳ありだぞ」
「そんなにすごいの……?」
「すごいなんてレベルじゃないって! あの人、弱冠二十五歳でこの最高峰の騎士団トップに上り詰めた天才なんだから」
アルドはひそひそ声で、知っている限りの情報を教えてくれた。
「サイラス団長は戦場でも一切の感情を見せないらしくてさ。『氷の死神』なんて陰で呼ばれてるんだ。甘えや油断は絶対に許さないし、過ちを犯した部下は容赦なく首を切る(クビにする)らしい」
「氷の死神……」
昼間に交わしたサイラスの冷たい視線と、鋭い黒い瞳が脳裏をよぎる。
ただの厳格な上官ではなく、容赦なく人間を観察し、切って捨てる冷徹な人物。ルチアは背筋にひんやりとしたものが走るのを感じた。
「でもさ」と、アルドがニッと笑う。
「あのサイラス団長が、手本の相手に直々に新人を指名するなんて前代未聞らしいぞ? 厳しく当たられたのは確かだけど、それだけルークの才能に何かを感じたのかもな」
「……どうだろう。俺のことなんて『子猫』扱いだったし」
「ははっ、なんだよそれ! でもさ、ルーク。俺たちは絶対生き残って、いつか見返してやろうぜ!」
アルドが気さくに掲げたジュースのコップに、ルチアも自分のコップをぽんと重ねた。
「……うん! 絶対に諦めない!」
夜、部屋に戻ってベッドに横たわったルチアは、天井を見つめながら考え込む。
(サイラス・レオンハルト団長……絶対にボロなんて出さない。お兄ちゃんの代わりに、この仮面を被り通してみせる!)
冷酷な団長への警戒心と、絶対にバレずに生き残るという強い決意を胸に、ルチアは静かに目を閉じるのだった。
◇
翌日
(何故……こんな事になっているんだ……!?)
目の前に腰掛けるサイラス団長と対面しながら、ルチアは背中に嫌な冷や汗をだらだらと流していた。
重厚な執務机を挟んで座るサイラスは、書類に目を通したまま一言も発しない。
部屋を支配するのは、息が詰まるほどの沈黙と、サイラスという男が纏う圧倒的な威圧感だけだ。
——遡ること、わずか一時間前。
爽やかな朝の光が差し込む訓練場で、ルチアはアルドたち同期の新人騎士と一緒に、基礎鍛錬に励んでいた。
「よし、ルーク! さっきの踏み込み、すごく良かったぞ!」
「ありがとうアルド! でも、もう少し腰を落とした方が——」
昨夜の決意そのままに、サイラスに追放されないよう必死で汗を流していた、まさにその時だった。
「ルーク・アルノー!」
訓練場に、威厳のある上官の声が響き渡った。
振り向くと、厳めしい顔つきの先輩騎士がこちらを鋭い目で見つめている。
「は、はいッ!」
「召集だ。私について来い」
「え……? 召集……ですか?」
突然の指名に、ルチアもアルドも顔を見合わせる。
「おいおい、ルーク……何事だ? お前、なんかやらかしたか……?」
「ううん、何も心当たりないんだけど……」
不安そうに囁くアルドに苦笑いを返しつつ、ルチアは内心で冷や汗をかいていた。
案内されるがまま静かな廊下を進み、重厚な装飾が施された大きな扉の前で立ち止まる。
『入れ』
重みのある低い声に応じ、上官が扉を開けた。
そこにいたのは——後ろで縛った美しい銀髪を揺らし、書類に視線を落としている団長、サイラス・レオンハルトだった。
「ルーク・アルノーをお連れしました」
「……下がれ」
上官が深く一礼して退出し、カチャンと扉が閉まる。
部屋には、ルチアとサイラスの二人だけが残された。
◇
——そして、現在に至る。
二人きりの密室で、サイラスの鋭い黒い瞳に見つめられていると、隠しているすべてを見透かされているような恐怖が襲ってくる。
(やばい……やばい……!これもうバレてる!? 追放どころか、詐欺罪で首を撥ねられたりしないよね……!?)
ゴクリ、と喉を鳴らした瞬間。
サイラスが静かに書類を伏せ、その氷のように冷たい黒い瞳を、まっすぐにルチアへと向けた。




