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時間の問題だな


——翌朝。


「朝だぞー! ルーク、起きろー!」


「う、ん……アルド……?」


眩しい朝日とアルドの元気な声で目を覚ましたルチア。

慌てて自分の格好を確認するが、さらしもチョーカーもバッチリついたままだ。


(よかった……ちゃんとルークのままだ……!)


身支度を整えて一階の食堂に向かうと、そこにはズラリと焼きたてのパンや温かいスープ、肉料理が並んでいた。


「わあ……! すごいご馳走……!」


田舎では見なかったような豪華な朝食に、ルチアの目がキラキラと輝く。


「だろー! 騎士団の飯は美味いって有名なんだぜ! ほら、いっぱい食べて今日の初訓練に備えようぜ!」


「うん!」


二人で並んで朝食を食べながら、ルチアは改めて「今日から本当に騎士としての生活が始まるんだ」と胸を躍らせるのだった。


◇

「新人全員、ただちに第一訓練場へ集結せよ!」


宿舎全体に響き渡った腹の底からの怒号に、新人たちが一斉に動き出す。ルチアとアルドも慌てて食器を片付け、訓練場へと駆け出した。

広大な訓練場に集まった数十名の新人たち。

朝日が眩しく差し込む中、彼らの前にゆっくりと進み出てきた人物の姿に、ルチアの背筋が凍りついた。

月の光のような美しい銀髪。

すべてを見通すかのような、深く鋭い黒い瞳。

サイラス・レオンハルト騎士団長、その人だった。


周囲の新人たちから「まさか、初日から団長直々の指導なのか……!?」と息をのむ気配が伝わってくる。

団長は腰の剣に手を置いたまま、冷徹な眼差しで新人たちを見渡した。


「本日より、貴様らを一人前の騎士へと叩き直す。甘えも、妥協も一切許さん。……ついて来られない者は、今すぐ剣を置いて去れ」


低く静かな、けれど圧倒的な威圧感を放つ声。

ルチアは息を殺し、無意識にチョーカーのついた首元を触り、ピッと背筋を伸ばした。


(ひるんじゃダメだ……! お兄ちゃんの代わりに、絶対についていってみせる!)


「では、まずは基礎体力を鍛える。——訓練場五十周。遅れた者から順に腕立て伏せ五百回だ。……始め!」


「ご、五十周……!?」


新人たちから悲鳴が上がる中、容赦なく訓練がスタートした。

ズシン、ズシンと重い足音が響く中、周りの漢たちが早くも息を乱し始める。

けれど、山育ちでスタミナには絶対の自信があるルチアは、しなやかな足取りで軽快に風を切って走り出した。


「おいおい、ルークやっぱり速いな! 俺も負けてられないぞ!」


隣を並走するアルドが、爽やかに笑いながら速度を上げる。


「ふふ、負けないよ、アルド!」


二人は互いに高め合いながら、圧倒的なペースでトップを走り続けていく。

——そんな二人、特に小柄でありながら全く息を乱さず軽やかに走り抜けるルチアの姿を、訓練場の中央からじっと見つめる視線があった。

サイラス団長だ。

腕を組み、冷ややかな黒い瞳でルチアの体の使い方、足さばきを観察している。


(っ……また、見られてる……!?)


走る途中で団長と一瞬視線が交差し、ルチアの心臓が跳ね上がる。

男装がバレているのではないかという恐怖と、上官に対する緊張感で冷や汗が流れるが、ルチアは必死に表情を崩さず、ただ前だけを見据えて走り続けるのだった。


◇

「——そこまで!」


団長の声が響き渡り、五十周の走り込みが終了した。

周りの新人たちが荒い息を吐きながら次々と地面に膝をつき、倒れ込んでいく。

そんな中、ルチアとアルドは額に爽やかな汗を浮かべながら、涼しい顔で立っていた。


「はぁー、さすがにちょっと疲れたな!… ルークは全然平気そうじゃん」


「えへへ、山道に比べたら平坦だから走りやすかったよ」


余裕を見せる二人の様子を、団長は無言のまま見つめていた。

静かに歩み寄ってくる団長に、広場にいた全員の視線が集まる。団長は備え付けの武具ラックから二本の木剣を引き抜くと、その一本をルチアに向かって投げてこした。


「……ッ!」


ルチアは咄嗟に手を伸ばし、空中で木剣の柄をしっかりと受け止める。


「ルーク・アルノー」


団長が低く重厚な声でルチアの名を呼んだ。


「お前の身軽さと足さばきは見事だ。……ルーク、私に打ち込んでみろ」


「え……っ、私が……ですか!?」


まさかの指名に、周りの新人たちから「マジかよ……!」「団長相手に!?」とどよめきが巻き起こる。隣のアルドも「がんばれ、ルーク!」と目を丸くして応援してくれている。


(やるしかない……! 縮こまってたら怪しまれる!)


ルチアは腹を括り、チョーカーのついた首元をキュッと正すと、木剣を両手で構えた。


「……よろしくお願いします、サイラス団長!」


「来い」


団長は木剣を片手で構え、隙のない体勢で佇んでいる。

ルチアは床を強く蹴った。

田舎で培った圧倒的な瞬発力と素早さ。一瞬で距離を詰め、右斜め上から鋭い一撃を振り下ろす!


——ガキィィンッ!


甲高い木音が響き渡る。

しかし、団長は最低限の動きでそれを軽々と受け止めた。重い衝撃がルチアの手首に走る。


(硬い……! 全然ブレない……!)


「悪くない速度だ。だが——」


瞬時に団長が踏み込み、木剣を払ってきた。

間一髪、ルチアは持ち前の柔軟な体幹で体を反らせ、攻撃をかわす。銀髪がふわりと揺れ、団長の鋭い黒い瞳が至近距離でルチアを捉えた。

お互いの息遣いが届くほどの距離。

団長の持つ男性特有の圧倒的な体格差と威圧感、そしてほのかに漂う凛とした冷たい香りがルチアの鼻腔をくすぐる。


(近い……っ!!)


心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。

だが、それ以上に恐怖を感じたのは、団長の黒い瞳がルチアの首元——声変えのチョーカーと、わずかに汗ばんだ鎖骨あたりを一瞬だけジッと見つめたことだった。


「ッ……!」


ハッとして体を引こうとしたルチアの木剣を、団長は鮮やかな剣さばきで「パシィン!」と弾き飛ばした。

コロコロと転がる木剣。勝負ありだ。


「……体格の不利をスピードで補う工夫は評価する。だが、距離の詰め方が甘い。手元がおろそかになっているぞ」


冷ややかに告げる団長。しかし、木剣を収める間際、団長はルチアだけに聞こえるような低い小声で、ポツリと呟いた。


「……身の程を知らん子猫が入ってきたものだ。ボロが出るのも時間の問題だな」


「〜〜〜〜ッ!?」


ゾクッと背筋に冷たいものが走った。


(子猫……!? 完全に見下されてる……! それに『ボロが出る』って、やっぱり何か怪しまれてるんじゃ……!)


団長は振り返ることもなく、そのまま凛とした足取りで去っていく。

ルチアは悔しさと恐怖で拳を強く握りしめた。


「ルーク! 大丈夫か!?」


駆け寄ってきたアルドが、心配そうにルチアの顔を覗き込む。


「すごいよルーク、あの団長の攻撃を一回かわすなんてさ! でも……なんか団長、お前にだけあたりが厳しくないか?」


「……うん。すごく冷たい目で見られた気がする……」


「まあ、団長は誰に対してもあんな感じだけどさ。下手に目をつけられると、しごきが厳しくなりそうだし……お互い気をつけような」


アルドの言葉に、ルチアはコクコクと頷いた。


(…… あの人は危険だ。少しでも油断したら、男装を見破られて即刻追放されちゃう……!)


団長への強い警戒心を胸に刻み、ルチアは転がった木剣を拾い上げるのだった。


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