…面白い
「受験者、順次スタート!」
試験官の合図とともに、入団試験の第一関門である体力テストが始まった。
広大な訓練場を何周も走り込み、重い砂袋を担いで障害物を越えていく地獄の過酷ルート。体格の大きな男たちが息を切らし、次々と膝をついて脱落していく。
しかし、ルチアにとってこの程度は「日常茶飯事」だった。
(田舎の急斜面を薪担いで駆け上がってたのに比べたら、平地を走るのなんて楽勝……!)
足取りは軽く、息一つ乱れない。華奢な体に似合わない圧倒的なスタミナと身軽さで、ルチアは並み居る巨漢たちを軽々と抜き去っていった。
「おいおい、嘘だろ……!? あの小さいやつ、めちゃくちゃ速いぞ!」
「マジかよ、余裕そうな顔して走り去っていったぞ……!」
周りのどよめきを背に受けながら、あっという間にトップ集団でゴールイン。
「はぁ、はぁ、凄すぎるなルーク! お前、見た目によらず体力バケモノすぎないか!?」
同じく上位で走り切っていたアルドが、目を丸くしながら息を乱さず軽やかにゴールしたルチアの肩をポンポンと叩いて絶賛する。
「えへへ、田舎で山を走り回ってたからね!」
少年の声で笑い返すルチア。アルドの親しみやすい反応に、ますます場になじんでいく手応えを感じていた。
◇
続いて行われた第二関門は、木剣を使った「基礎の打ち込み」テストだ。
(剣術なんて、本格的に習ったことないのに……大丈夫かな)
ルチアの胸に少しだけ不安がよぎる。
だが、順番を待つ間に前方の受験者や手本を見せる先輩騎士たちの体の使い方、体重の乗せ方をじっと観察した。
(肘を引いて、腰の回転で……あの方の振りが一番無駄がない!)
生まれ持った鋭い観察眼と、素直な体のこなし。
自分の番が回ってくると、ルチアはさっき観察した通りの足さばきで木剣を構え、意を決して的に向かって振り抜いた。
——バシィィィンッ!
快音が訓練場に響き渡る。
見よう見まねとは思えないほど軸のぶれない、美しく鋭い一撃。木剣がブレることなく真っ直ぐに的の中心を捉えていた。
「な……ッ!?」
指導にあたっていた試験官の騎士が、目を見開いて息をのむ。
「今の筋使い……一切の無駄がない。おい、お前、どこで剣を習った?」
「え? あ、いや……独学というか、さっき皆さんの振り方を見て真似しただけです……」
恐縮しながら頭をかくルチアに、周りの受験者たちからもどよめきが上がった。
「見よう見まねでアレかよ!?」
「天才か……!?」
「へえ……筋が良いどころじゃないな、ルーク」
隣で見ていたアルドが、感心したように口元をゆるめる。
周りからの視線が集まる中、ルチアは自分の手元を見つめてそっと胸を撫で下ろした。
(よかった……! お兄ちゃん、私、なんとかやっていけそうだよ!)
見事に実技試験をクリアし、大きな手応えと自信を掴んだルチア。
「まさか見よう見まねなんて……とんでもない新人がいたもんだ」
試験官が驚き混じりの感嘆を漏らしていた、その時だった。
カツン、カツン、と硬い靴底が石畳を打ち鳴らす音が響き渡る。
それまでざわついていた訓練場の空気が、まるで凍りついたかのように一瞬で静まり返った。
「……団長!」
試験官たちが背筋をピンと伸ばし、一斉に敬礼を捧げる。
静寂の中、高台からゆっくりと階段を下りてきたのは、一人の男だった。
月の光を思わせる美しい銀髪に、吸い込まれそうなほど鋭い黒い瞳。
無駄のない流麗な立ち姿でありながら、全身から圧倒的な威圧感と存在感を漂わせている。この国の精鋭を束ねるトップ、王立騎士団団長だ。
(な、なに……この凄い圧力……!?)
ルチアは思わずゴクリと生唾を呑み込んだ。
周りの受験生たちが息を殺して頭を垂れる中、銀髪の団長はまっすぐにルチアの前へと歩みを進めてくる。
そして——ルチアの目の前で足を止めた。
「……ッ」
至近距離で見下ろされ、ルチアの心臓が跳ね上がる。
団長は一言も発しないまま、鋭い黒い瞳でじっとルチアを見つめていた。
まるで見透かされているような、冷たい視線。
(や、やばいやばいやばい……!!)
背中にダラリと嫌な汗が吹き出す。
(もしかして……さらしで胸を潰してるのがバレたの!? それともチョーカーの魔導具が見えた!? 呼吸の浅さで女だって見抜かれたの……!?)
あまりの恐怖と緊張に、手心がじんわりと湿っていく。チョーカーをつけているとはいえ、喉の奥がカラカラに乾いて息が上手く吸えない。
冷や汗を流しながら必死に視線を耐え忍ぶルチアの眼前で、無言の時間が永遠のように長く感じられた。
周りの受験者たちも、何事かと息をのんで息詰まる二人を見守っている。
沈黙が限界に達し、ルチアが覚悟を決めてぎゅっと目を閉じそうになった、その時。
「……面白い」
団長の薄い唇から、ポツリと低く心地よい声が漏れた。
銀髪の団長は、ほんのわずかに口角を上げると、ルチアの肩を一度だけトンと軽く叩き、そのまま何事もなかったかのようにすれ違って去っていった。
「……はぁぁぁっ……!」
団長の背中が遠ざかった瞬間、ルチアは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐え、溜め込んでいた息を盛大に吐き出した。
「た、助かった……」
「大丈夫か、ルーク!? お前すごいな、あの団長に目をつけられるなんてさ!」
横から駆け寄ってきたアルドが、興奮気味にルチアの背中をバシバシと叩く。
「い、生きた心地がしなかったよ……」
力なく苦笑いを返すルチアだったが、遠ざかっていく団長の後ろ姿を見つめながら、ハラハラと胸騒ぎが芽生えるのを抑えきれなかった。
(『面白い』って……一体どういう意味なんだろう……!?)
ハラハラしながらも、無事に試験を乗り切ったルチア。
しかし、本当の波乱は「合格後の宿舎生活」から始まるのだった——。




