ルーク、後ろだ!
◇
配属から数週間、カイル隊長の厳しい訓練に食らいついてきたルチア達新人に、ついに初任務が命じられた。
王都へと続く主要街道で頻発している、悪質な盗賊団の討伐だ。
「これより第三部隊は街道沿いの森へ進入、アジトを急襲する。奴らは容赦のない無法者だ。決して気を抜くな」
薄暗い森の入り口で、カイル隊長が静かに、けれど低く重い声で指示を出す。水色の瞳には一切の揺らぎがなく、その背中はまさに狩りへと向かう狼のそれだった。
「「はっ!!」」
ルチアは腰の剣の柄にそっと手を置き、大きく息を吸い込んだ。
(いよいよ初の実戦……! 緊張するけど、今まで訓練してきたことを信じよう)
◇
隊の先鋒としてカイルを頭に森を進むと、やがて鬱蒼とした木々の奥に盗賊たちの拠点が見えてきた。
「突撃——!」
カイルの合図と同時に、第三部隊が一斉に飛び出す。不意を突かれた盗賊たちが慌てふためいて武器を取る中、激しい刃の交錯音が森に響き渡った。
「くそっ、騎士どもめ! 殺せーっ!」
襲いかかってくる大柄な盗賊に対し、ルチアはカイルから叩き込まれた身のこなしで鋭く踏み込んだ。
(パワーで押し負けちゃダメ……相手の隙を突く!)
身軽さを活かして大振りな斧を間一髪でかわすと、一瞬の隙を逃さず相手の手に鋭い一撃を見舞う。盗賊が悲鳴を上げて武器を落としたところを、素早く倒し伏せた。
「よしっ……!」
「ルーク、後ろだ!」
アルドの叫び声にハッと振り返ると、木陰から別の盗賊がルチアの背後を狙って剣を振り上げていた。
(しまっ——!)
一歩反応が遅れ、ルチアが目を見開いたその時。
瞬く間に一筋の青い光が走った。
ガキンッ!!
「ぐあぁっ!?」
ルチアを狙っていた盗賊の剣が、恐ろしい精度と力で一瞬にして弾き飛ばされた。
立っていたのは、いつの間にかルチアの前に割り込んでいたカイル隊長だった。カイルは淀みない動作で相手を無力化すると、チラリとルチアへ視線を向けた。
「……背後への警戒が甘い。だが、最初の身のこなしは見事だった」
口数は少ないものの、確かに仲間を守り、認めてくれる上司の背中。
「……はい! ありがとうございます、隊長!」
ルチアは身を引き締め直し、再び剣を力強く握り直した。
◇
その後、カイルの圧倒的な指揮と隊員たちの連携により、盗賊団はあっという間に鎮圧され、初陣は見事に大成功に終わった。けれど、ルチアの心には悔しさが強く残っていた。
(あの時……隊長が庇ってくれなかったら、私は斬られてた。背後の警戒が甘かった……! 私はもっと速く、もっと強くならなきゃダメだ!)
騎士団へ帰還し、他の隊員たちが安堵の表情を浮かべる中、ルチアはそのまま訓練場へと向かった。
「おいおいルーク、初陣が終わったばかりだぞ? 飯行こうぜ!」
途中まで付き合ってくれていたアルドが声をかけてくれたものの、一心不乱に木剣を振るうルチアはその声すら耳に入っていないようだった。呆れつつも「ほどほどにしろよ」と言い残し、アルドが食堂へ向かったことにも気づかないほど、ルチアは極限の集中状態に入っていた。
ハッ、ハッ……と、静まり返った夜の訓練場に荒い息遣いと木剣の風切り音だけが響く。
月が空高く上り、全身汗だくになったルチアは、息を切らして膝に手を当て、肩を大きく上下させて呼吸を整えた。
(あともう一回……あの一振りを……)
「——まだ振りが甘い」
「……っ!?」
不意に背後から落ちてきた低く落ち着いた声に、ルチアは驚いて跳ね起きた。
振り返ると、そこには上着を脱ぎ、黒い練武服を身にまとったカイル隊長が立っていた。薄暗い月明かりを受け、その澄み切った水色の瞳が鋭く光っている。
(隊長……!? こんな夜遅くに……っ。怒られる……?)
ルチアが慌てて姿勢を正そうとした、その時だ。
カイルは咎める言葉を口にする代わりに、無言で近くの木剣を拾い上げ、スッと静かに構えた。
「……来い」
短く発せられたその一言に、ルチアは息を呑んだ。
叱責でも制止でもなく、自分の悔しさと執念を受け止め、自ら相手をしてくれようとしている。
(隊長……っ!)
ルチアは胸の奥が熱くなるのを感じながら、感謝を込めて力強く木剣を握り直した。
「……感謝いたします! ……参りますっ!!」
疲労で重いはずの体に再び気合いを注入し、ルチアは月明かりの下、静かに佇む『狼』に向かってまっすぐに踏み込んでいった——。




