お、お嫁さん……!?
無事に王宮へ戻ってくると、コレットはカバンから今日買った思い出の品々を取り出し、興奮冷めやらぬ様子で侍女に話し始めた。
「聞いてちょうだい! 今日はルークと一緒に、こんなに綺麗な髪飾りを買ったの! それから、サクサクのリンゴパイも食べて……!」
「まぁ、コレット様……! そんなに楽しそうなお顔をされるなんて」
目を輝かせて今日見てきたもの、出会った人々のことを嬉しそうに語るコレット。
その微笑ましい姿を優しく見守りながら、ルチアはそっと一礼して静かに部屋を後にした。
◇
——それから、数日。
ルチアとコレットは、王都のあちこちを一緒に巡った。
活気あふれる中央広場、歴史ある美しい大聖堂、色鮮やかな花々が咲き誇る王立庭園……。
ルチアは常にコレットの歩幅に寄り添い、時には物語を交えながら、優しく街を案内し続けた。
男性を極度に怖がっていたはずのお姫様は、今やルチアの隣で弾けるような笑顔を見せ、心を通わせていくのだった。
◇
コレットの滞在期間はあっという間に過ぎ去り、ついに隣国へ帰国する日がやってきた。
馬車前には護衛騎士たちが立ち並び、出立の準備が進められている。男性嫌いのコレットに配慮してルーク以外は遠くにいる。
「ルーク……っ」
綺麗な服に身を包んだコレットが、ドレスの裾を揺らしながらルチアのもとへ駆け寄ってきた。その緑の瞳には、溢れんばかりの大粒の涙がたまっている。
「コレット様……」
ルチアが静かに呼びかけると、コレット様は堪えきれなくなったようにルチアの腰にぎゅっと抱きついてきた。
「いや!……帰りたくないわ……! ずっと、ずっとルークと一緒にいたいの……!」
「コレット様……。私も、コレット様と過ごした時間は本当に宝物でした。ですが、故郷で国王様やお兄様が、あなたの帰りを楽しみに待っていらっしゃいますよ」
ルチアはそっとしゃがみ込み、目線を合わせて優しくコレットの涙を拭った。
すると、コレットは少し赤くなった鼻をすすり、すっと顔を近づけてきた。
そっと背伸びをすると、ルチアの耳元に口を寄せて、周りの騎士たちに聞こえないような小さな声で囁いた。
「……ねえ、ルーク」
「はい?」
「わたくし……大きくなったら、絶対に素敵な女性になるわ。だから……いつか、わたくしをお嫁さんにしてくれる……?」
「——っ!?」
耳元に届いた可愛らしくもまっすぐな告白に、ルチアは思わず目を見開き、耳まで真っ赤になった。
(えっ……えええっ!? お、お嫁さん……!? 私、中身は女の子なんだけど……っ!?)
パニックになりかけるルチアをよそに、コレットは恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めながらも、ニッコリと誇らしげに微笑んだ。
「お返事は、次に会ったときでいいわ! 絶対にまた会いましょう、ルーク!」
コレットはくるりと振り返ると、軽やかな足取りで馬車へと乗り込んでいった。
窓から小さく手を振るコレット様を、ルチアは赤くなった顔のまま、苦笑いと優しさが混ざった表情で見送るのだった。
馬車が盛大な蹄の音を響かせ、王宮の門の向こうへと走り去っていく。
ルチアは小さくなっていく馬車を見送りながら、さっきまでコレットが囁いていた言葉を思い出して、いまだに胸をドキドキさせていた。
(お嫁さんになんて言われちゃったよ……。可愛いけど、私は女の子だから結婚はできないし……そもそも、男装がバレたら大問題だし……!)
赤くなった顔を両手でパタパタと仰ぎ、深呼吸をしている、まさにその時だった。
「——随分と、熱心に口説かれていたようだな」
背後から、凍てつくように低く、美しすぎる声が降ってきた。
「ひゃっ……!?」
あまりの不意打ちに、ルチアは変な裏返った声を上げて飛び上がりそうになった。
慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか音もなく近づいてきたサイラス・レオンハルト団長が立っていた。
銀髪を風になびかせ、黒い手袋をはめた腕を組んで、冷ややかな黒い瞳を細めている。その口元には、最高に意地悪で不敵な笑みが浮かんでいた。
「だ、団長……っ! い、いつからそこに……!?」
「最初から最後まで、だが?」
サイラスは涼しげな顔でそう言い放つ。
「『大きくなったらお嫁さんにしてくれる?』か…、隣国の宝である王女を誑かすとは、新人の分際でいい度胸だな、ルーク・アルノー」
「き、聞こえてたんですかっ……!? 」
サイラスはそんな慌てるルチアを面白そうに見下ろすと、フッと鼻で笑った。
「まぁいい。結果として、頑なだった隣国の姫の心を完全に開き、無事に大役を果たしたことだけは褒めてやろう」
その言葉に、ルチアはホッと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます……! じゃあ、約束通り、私の正体のことは……」
「あぁ」
サイラスはスッとルチアに一歩近づき、その鋭い黒い瞳をまっすぐに突き刺すように向けた。
「お前が女であること、そしてこの件の一切は不問にしておく。……だが、ルーク」
「は、はい……!」
「お前にはまだ、騎士として果たさなければならない仕事がいくらでもある。女であると、他の者にバレるなよ?」
冷徹でありながらも、どこかこちらを案ずるようなサイラスの瞳に、ルチアは身が引き締まる思いがした。
「……承知いたしました! 団長、これからはもっと鍛錬を積んで、立派な騎士になってみせます!」
「……ふっ、せいぜい期待に応えてみせろ」
微かに笑みをこぼしたサイラスは、そのままマントを翻して歩き出していく。
その後を追いかけながら、ルチアはホッと胸をなで下ろすのだった。




