はい、もちろんです。姫様
翌日も、ルチアはコレット姫の滞在する部屋へと足を運んだ。
「ルーク! 待っていたわ!」
扉を開けた瞬間、初見の警戒が嘘のように、コレットが嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。桃色の髪をなびかせ、ルチアの手をぎゅっと両手で包み込んだ。
「今日もたくさんお話を聞かせてくれるでしょう?」
「はい、もちろんです。姫様」
ルチアがチョーカー越しの青年の声で優しく微笑むと、侍女も穏やかな表情で二人のためにお茶と甘い焼き菓子をテーブルに並べた。
「コレット様がこんなに素直にお笑いになるのを見るのは、王宮を出てから初めてですわ。ルーク殿、本当にありがとうございます」
「いえ、私の方こそ姫様に喜んでいただけて嬉しいです」
◇
それから数日間、ルチアは毎日コレットの部屋へ通い、兄から教わった世界各地の物語や、故郷の村で見た綺麗な花や景色についての話を語って聴かせた。
コレットはルチアの膝のすぐ隣に座り、目を輝かせて耳を傾けている。
「ルークのお話に出てくる街って、とっても綺麗なのね! この王都の街も、そんなに賑やかで楽しそうなの?」
窓の外を遠い目で見つめるコレット。
その横顔には、ほんのりと寂しげな色が混ざっていた。
「はい。王都の市場には色とりどりの果物や見たこともない珍しい雑貨がたくさん並んでいて、街行く人たちもすごく活気にあふれていますよ」
「……いいなぁ。わたくし、お城から出たことがほとんどないの。男の人は怖いし、お父様やお兄様は『危ないから』ってどこにも行かせてくれないし…だからこの国に来るの、本当はとても楽しみだったの……」
ぽつりと漏らされたコレットの本音に、ルチアはハッとした。
(……そうだよね。十歳の女の子だもん、外の世界を見てみたいよね)
「ねえ、ルーク」
コレットがルチアの袖をキュッと引っ張り、上目遣いで見つめてくる。
「ルークとなら……わたくし、外に行ってみたいわ。ルークが守ってくれるなら、全然怖くないもの!」
「……っ!」
男性恐怖症だったはずのお姫様が、ルチアを心から信頼し、自分の足で外へ踏み出したいと言ってくれたのだ。
ルチアはまっすぐコレットの瞳を見つめ返し、力強く頷いた。
「わかりました、姫様。……サイラス団長に許可をいただき、私が必ずあなたを安全に王都の視察にお連れします!」
「本当!? 嬉しい……! 約束よ、ルーク!」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるコレット。
ルチアはコレットの小さな手を取り、優しく握りしめながら、氷の死神が満足そうに笑う顔を思い浮かべるのだった。
◇
「——コレット姫の心を開き、視察の同意を得ただと?」
団長室の重厚な執務机の前。報告を聞いたサイラスは書類から視線を上げると、眉をわずかにひそめた。
だが次の瞬間、サイラスの薄い唇が楽し気に歪む。
「……ふっ、まさか数日でそこまで懐かせるとはな。お前は案外、使えるようだな」
サイラスは背もたれにゆったりと体を預けると、冷ややかな黒い瞳でルチアを面白そうに見つめた。手元で弄ぶペンを弄りながら、その声にはわずかな嘲弄と、どこか感心したような響きが混ざっている。
(この顔……相変わらず何か企んでそうで怖い……!)
ルチアは冷や汗を流しながらも、淡々と、けれどまっすぐに答えた。
「姫様はただ、見知らぬ男性騎士に怯えていただけです。私の語るおとぎ話をとても気に入ってくださり、私が同行するのであれば王都の視察に出たいとおっしゃっていただきました。ですので、王都視察の許可をいただきたく——」
「許可ならすでに与えている」
サイラスはあっさりとルチアの言葉を遮った。
「彼女は隣国の重要人物であり、そこらのお嬢様ではない。道中、万が一にも傷一つつけば、両国の外交問題に発展する。そのまま油断せず励めよ」
「はっ……! 承知いたしました!」
どこまでも容赦のない『氷の死神』からの脅しに背筋を凍らせつつも、ルチアは深く一礼し、団長室を後にしたのだった。




