免許皆伝。……知らんけど。
「というわけで、おれ、グレイストン伯爵を暗殺しなきゃいけなくなったんだ。その間仕事変わってくれないか? このとおりっ!」
悲壮な決意をした翌日、テオは屋敷の裏手で、同僚に当番の穴埋めを打診していた。
「わるい。ちょっと何言ってるかわかんないんだけど……暗殺って、なんで?」
「おれ、見たんだ。グレイストン伯爵とお伴がマリエルさまに呪術を掛けようとしてたのを。あいつらが使っていたペンと用紙、あれ、ぜったいに呪術道具だった。」
「はぁ……?」
反応がよろしくない。
あんなにも決定的な証拠を目撃したと言っているのに、なぜ分からないのか。
「このまえ裏通りの露店で見たし。同じかんじの呪術道具が売ってたんだ、あそこで仕入れたんだよ!」
「裏通りって、あのうさん臭い店がならんでるとこ? いやいや……ははっ。だいたい、暗殺ってどうするんだよ。お前みたいな素人がさ。」
なるほど、そこが引っかかっていたのか。
「それは心配いらない! いい店があったんだ、その道具屋の隣に!」
「……うん?」
「『暗殺術教えます。初心者歓迎・一週間で即戦力!』ーー講習料は3,000ルク、小遣い2か月分飛ぶのは痛いけど……ちゃんと前借できたしな!」
「…………。ちょっとこないだあった話なんだけど。うちの兄貴がさぁ、少し前にあの裏通りで、『あなた、呪われてますよ』なんて言われて、1万ルク払っちゃったんだ。案の定霊感商法だったよ。」
「そっかぁ、それは大変だったな。でもごめん、おれは使命があるから力になれないや。」
「……………………」
同僚は、しばらく虚空を見つめた後、乾いたため息を漏らした。
「はは、いや、大丈夫。まあ、がんばれよ、テス」
「ありがと。テオだけどな」
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「という経緯で弟子入りに来ました! よろしくお願いします!」
「暗殺術……そんなこと書いてたっけ?」
「ありますよ! ほら、ここ!」
そう言って、テオはうたい文句だらけの端の紙切れを指さした。
「えぇ~、ほんとだ……こないだ酔ってノリで書いたやつかな……。」
「え?」
「いやいや、なんでもない。で、講習料は用意できてるのか?」
「はい! このとおり、きっちり3,000ルク!」
「しょぼ! 価格設定間違えてるな……。まぁいいか。」
店主は何やらぼそぼそ呟いていたが、億劫そうに立ち上がると、テオに向き直った。
「おまえ、名前は?」
「テオです!」
「そうか。テオ、修行は厳しく、つらいものになるぞ。ついてこれるか?」
どこか見透かすようなダークブルーのまなざしに、テオは身が引きしまる思いがした。
「っ! もちろんです!」
「よし、わかった。弟子入りを認めよう。俺はダリオだ。」
「はい! よろしくお願いします! ダリオ師匠!」
こうして、過酷な暗殺修行が幕を開けたのであった。
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一週間後。
「よく頑張ったな。これで免許皆伝、おまえは立派な暗殺者だ。教えることはもう何もない。」
「ありがとうございました!」
「もう来んなよ。」
テオは、この一週間の、五感を極限まで研ぎ澄ませた、濃密で過酷な修行を思い出して感極まった。
もう一人前の暗殺者、独り立ちを促されているのだ。
「はい! 伝授された力で、必ずや暗殺を成し遂げてみせます!」
「そういえば、何暗殺するんだっけ?」
「マリエルお嬢さまの婚約者、グレイストン伯爵です!」
「えっ、お貴族様!? やばくね?」
「案ずるには及びません、師匠。たとえこの身がどうなろうとも、刺し違えてでもお嬢さまをお守りします。この一週間で、その覚悟は固まりました!」
「えっとぉ……」
師は眉間を揉みこみながら、何やら考え事を始めたようだ。
「テオ、俺は悲しい。どうやらお前は、いまだ暗殺術の神髄には至っていないようだ。」
「えっ!? ど、どういうことでしょうか!?」
「おまえ、あの講義を覚えているか? 孤立……縁……あの、最後のほうにやった、え~と……」
「『断縁の術』……。契約を支える縁を断ち、契約の核を孤立させる。縁を失った契約は、やがて自壊する……」
「そう、それ。」
そこで、テオはハッと気が付いた。
「おれは、いきなり契約の核を狙おうとしていた……!」
「思い至ったか。」
師は鷹揚に頷いた。
「間違っても、標的を直接狙うことなどないように。」
そして、少し表情をあらためると、テオと目線を合わせて語りかけた。
「お前は天性の才能を持っている。存分に生かせ。……これは、ほんとに。」
「? はい!」
こうして、師からはなむけの言葉を贈られたテオは、使命を果たすべく、孤独な戦いへと足を踏み出すのだった。
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突如あらわれた押しかけ弟子を見送って、ダリオは疲れたように独り言ちた。
「う〜ん……あれならまあ、ひどいことにはならんだろ。知らんけど。」
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