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たのもう! 暗殺術、一週間コースで!

コメディです。笑ってもらえたら嬉しいです。

 晴れ渡る青空のもと、喧騒に満ちた表通りを折れると、そこには色褪せた露店が軒を連ねていた。

 あやしげな飾りペン、文様入りの紙束、毒々しい液体の入った瓶――そんな品が各々の軒先に雑多に並び、どれもどこか用途がはっきりしない。


 その中ほどに、やけに主張の強い露店があった。

 立て札や貼り紙が幾重にも重ねられ、何を売っているのか一目では分からない。


 店の主らしき男は、手入れの行き届かない安椅子にだらしなく腰かけ、退屈そうに爪をいじっている。

 伸びっぱなしのダークブラウンの髪と、丸まった背中が、そのいい加減さを隠そうともしない。


 そこへ、この通りには場違いなほどまっすぐな影が、迷いなく飛び込んできた。

 麦色の髪に着古した生成りのシャツ、何の変哲もない少年だ。


 が、こげ茶色の両目だけが爛々と輝いている。


 バァンッ!


 少年は、露店の天板を勢いよく打ち鳴らすと、店主を見据えて言い放った。


 「たのもうッ!!」


 「暗殺術、教えてください!! 一週間コースで!!!」


 男の手元で、爪をいじっていた棒切れがぴたりと止まる。

 ダークブルーの瞳が、至近距離に立つ少年の顔をまじまじと見上げ、ポツリと言った。


 「……なんて???」


---


 テオが、かの奸計蠢く一味の首魁を暗殺せんと決意したのは、一か月ほど前に耳にした噂話が発端だった。


 「え!?マ、マリエルお嬢さまが⋯⋯け、結婚⋯⋯?」


---


 テオは、国でも有数の大商家、ロゼッティ家の下働きだ。

 祖父母の代から家族ぐるみで働かせていただいている。


 テオは昔から影が薄かった。

 中肉中背、麦色の髪、こげ茶の瞳、どこにでもいそうな見た目。

 4人兄弟の末っ子で、すぐ上の兄の名前が「テッド」なのもよくなかった。



 「あら、テッド、ちょうどいいところに。手伝ってちょうだい。」

 「テオだよ母さん。」



 「さて、今日の仕事の担当は⋯⋯、おや君、新人かい?テッドに似てるな。」

 「テッドの弟のテオです。2年前から勤めてます。」

 「え?弟?ハインツのところは3人兄弟じゃなかったかね?」



 「ほぅら、土産を買ってきたぞ。心配するな、ちゃぁんと全員分買ってきてある!そら、いぃち、にぃい⋯⋯えっと⋯⋯。⋯⋯テッド、分けてやりなさい。にぃちゃんだろ。」

 その時の父の引きつった口元と、兄のやりきれなさそうな眼差しは、しばらく頭に焼きついて離れなかった。



 でも、ロゼッティ家のお嬢さまーーマリエルさまだけは違う。


 「あら、あなた、たしか、ハインツのところの⋯⋯テオ、だったわね。」

 「テオ、いつも仕事が丁寧ね。助かってるわ。」


 テオみたいな下働きのこともよく見ていてくださって、優しく話しかけてくれる。

 マリエルさまが、マロンの巻き髪をふわりと揺らしてやわらく微笑むと、テオは、ほっぺたが熱くなって、どうしてかうつむいてしまうのだった。



 マリエルさまが名前を呼んでくださった時から、テオは毎年誕生祝いを贈っている。

 マリエルさまの喜ぶ顔が見たかった。


 「ありがとう、テオ。今年はかわいらしい大きさね。」

 「はい。去年の『等身大マリエルさま木彫りの胸像』は、差し上げた後、母さんに怒られてしまって⋯⋯。」


 ――あんなお荷物差し上げてどうするの!少しはお嬢さまの気持ちになって考えな!


 テオは、もっともだと反省した。そういえば、従僕のトマスさんも運ぶのに苦労していた。

 だから、今年はマリエルさまがお好きなものを、一生懸命考えたのだ。


 「これは、レリーフね⋯⋯まあ、これ、うちの商会紋?」

 「はい。お嬢さま、商会のことよく見ていらっしゃるから」


 テオは知っている。マリエルさまが可愛らしい刺繍の裏に分厚い帳面をひそませて、陰ながら商会のことを熱心に学んでいらっしゃることを。


 「とても嬉しいわ。すごい、まるで本物の紋章を写し取ったよう⋯⋯! 蔦の文様に羽の一枚一枚、きれいに彫られていて⋯⋯。机に飾って、いつでも見られるようにしましょう。」


 目を輝かせて褒めてくださる様子に、テオは胸がいっぱいになった。

 マリエルさまの笑顔のためなら、どんなことでもしようと思った。


---


 そんなマリエルさまが、最近、なんだか元気がないようだった。


 もの思いに沈んだ様子だったり、ため息をつかれていたり。

 いったい何がそんなに彼女を悩ませているのか。聞き出して力になって差し上げたかったが、気軽に声を掛けるわけにはいかなかった。



 しかし、その答えはそう間を置かずにもたらされた。

 

 「え!?マ、マリエルお嬢さまが⋯⋯け、結婚⋯⋯?」


 その日の夕飯時、使用人居住棟の食堂で、兄のひとりが、声をひそめ、でもどこか得意げに話し始めたのだ。

 

 なんでも、相手は、グレイストン伯爵なる人物だという。

 それを聞いて、テオの脳裏にひとりの男の姿が浮かんだ。最近、屋敷によく出入りしている、鋭い目つきをした長身の男だ。

 黒髪をぴっちり固め、隙のない身なりをしており、いつも何人か従えて偉そうに歩いていた。なるほど、お貴族様と言われれば納得がいく。


 そんなテオたちの会話を聞きつけて、周りの同僚たちも、口々に仕入れた噂を披露し始めた。


 曰くーー

 「あの旦那、いっつも眉間にシワ寄せてさ。血も涙もない冷血漢だって評判だよ」

 「聞いた話じゃ、身内を蹴落として当主の座をぶんどったって言うじゃないか。おっかないねぇ」

 「お嬢さまとは親子くらい離れてるんだろ?」

 「あっちの伯爵家は、中身はスカスカの火の車だってさ。お嬢様の持参金が目当てに決まってるよ」


 次々と飛び交う下世話な噂話に、テオのスープを運ぶ手は止まり、喉が詰まった。

 (そんな悪人のところに、あのマリエルさまが嫁ぐなんて⋯⋯。)

 テオの頭の中を、ひどい目にあって泣き崩れるお嬢さまの姿が渦巻いた。

 


 数日後、テオがいつものように庭で荷運びをしていると、マリエルさまをお見かけした。

 どうやら、侍女とともに、グレイストン伯爵を見送っているようだ。

 テオは、とっさに物陰に隠れ、様子を窺ってしまった。


 いつものようにお伴を引き連れ、仕立てのいい馬車に乗り込む伯爵。マリエルさまは、それを柔らかく微笑んで送り出していた。

 しかし、馬車が遠ざかるにつれ、だんだんと笑みを消して俯いていく。

 そうして、そばに控える侍女にぽつりと呟いた。

 「ねぇ、マーサ⋯⋯わたし、あの方々のことを考えると⋯⋯なんだか落ち着かないの」


 テオの中に衝撃が走り、シャツをきつく握りしめた。

 (やっぱり⋯⋯やっぱり、マリエルさまは、結婚が嫌なんだ⋯⋯! お貴族様にムリを言われて、断れなくなってるんだ⋯⋯!)

 お嬢さまの心細げな声を聞いて、テオの胸の奥で何かが静かに、しかし熱く燃え上がった。



 さらに数日後、テオは決定的な証拠を目撃した。


 その日、使い走りで客用の応接室の近くを通ったテオは、少しだけ開いた扉の隙間から、くぐもった声が漏れているのに足を止めた。

 聞き覚えのある声に中を覗き見ると、グレイストン伯爵と、お伴たちが何やら密談をしているようだった。


 いつも伯爵に同行している人当たりのよさそうな優男が、伯爵に何かを差し出している。

 あやしげな飾りのついたペンに、びっしりと文様が縁取られた用紙。

 「アルバート様⋯⋯」 「持参金⋯⋯」 「ええ、予定通り⋯⋯」

 断片的に聞こえてきた言葉と、ちらりと見えた卓上のものに、テオの背筋が粟立った。


 (間違いない⋯⋯呪術だ!)


 テオの愛読シリーズ『少年探偵ダンの魔法事件簿』に書かれた呪術道具そっくりである。

 グレイストン伯爵は、持参金目当ての政略結婚を仕組んだばかりか、あのあやしげな用紙を媒体にして、マリエルさまの魂を縛る恐ろしい契約を交わそうとしているに違いない。

 飾りのついたペンで魂の依代に名を刻み、持参金を供物として呪いを完成させるのだ。


 (なんて恐ろしい企みを⋯⋯! 絶対に阻止しなければ⋯⋯!)



 テオは慌てて家族のもとへ駆け込み、グレイストン伯爵の陰謀を訴えた。しかしーー。


 「お前、また変な本でも読んだのか? おとぎ話じゃないんだから」

 「いつまでも子どもみたいなこと言ってないで、働きな」


 誰も本気にしてくれない。

 今この時にも、刻一刻とマリエルさまに危機が迫っているというのに⋯⋯!

 

 こうして、テオは決意した。


 (おれがやるしかない⋯⋯! 「暗殺」だ⋯⋯!!!)


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少年が唐突に”暗殺” どんな思考の持ち主なの?
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