*二十日目*
俺がマヅチの病気のことを知ったのは、マヅチが風邪を引いて一週間が経った、あの雨の日のことだった。俺は悪化するマヅチの風邪に一抹の不安を覚えていた。もしかしたら、ただの風邪ではないのかもしれない、と。
「ねえ、レンジュ。もう今日で一週間なのに、どうして治らないの?」
イサナは俺以上に不安な心を抱えているようだった。
俺は自分の中の暗い考えを悟られないように努めて前向きに答えた。
「大丈夫だよ、ちゃんと栄養を摂って休んでいれば必ず治るから。後は体力勝負だ。俺たちが体力切れしたら、それこそマヅチは治らなくなっちゃうよ」
イサナがランブータンの実を採りにいくと言って拠点を発って少しすると、マヅチは彼女がいないことに気付いたように、辺りを丹念に観察した。
そしてその熱ぼったい声で俺を呼んだ。
「どうかした、マヅチ?」
「イサナは今いないな?」
「うん、いないけど……」
「話がある」
彼が俺に向けた横顔は、険しさと諦めを内包した、親しい友人には危機感を覚えさせる類のものだった。
俺が傍に腰を下ろすと、彼はおもむろに口を開いた。
「この島に来た最初の日、お前に助けられて意識を取り戻してから、俺が真っ先に探し物をしていたのを覚えているか?」
「確か、携帯を――」
「俺が探していたのは携帯じゃない」
当時のことを思い出した俺は、その時の彼の言動が不審だったことに今さらながら気が付いた。彼は最初に「何か見なかったか」と俺たちに訊いてから、その後探していたのは携帯だと明かした。本当に携帯を探していたのなら、最初からそう言えばいいはずだった。
「じゃあマヅチが探していたものって?」
「これはイサナにも隠していたことだが、俺は生まれつき心臓が悪いんだ。発作が出た時に薬で症状を抑えて、何とか今日までやり過ごしていた。小さい頃は何度も長期入院をしていた。俺があの日探していたのは、発作を止めるための薬だ」
心臓が悪い? 薬?
俺はマヅチが言っていることを、すぐには呑み込めなかった。呑み込みたくなかった。
「その……発作が出たら……」
「どうしようもない。その時がタイムリミットだろう」
「嘘……だろ……?」
その時初めて、マヅチは俺の目を見て言った。
「本当だ」
「そ、その発作って、そうそう出るようなものじゃないんだろう?」
「健康な時なら、な。でも、ストレスや他の病気が原因で誘発されることもある」
まさか、このタイミングで打ち明けたのは……
マヅチは諦めたように笑った。
「もう時間の問題だ」
俺の心は現実についていけていなかった。
嘘だろ……マヅチが死ぬ? 俺は、このままマヅチが死ぬのを黙って見ていることしかできないのか?
自分の死期を自覚するって、どういう気分なんだ、マヅチ……? 助けが来る気配がないとわかった時から、ずっと独りで抱え込んでいたんだろう? 途絶えた自分の未来を。
彼はしばらく、俺に独りで悲しみに打ちひしがれる時間を与えてくれた。
「それで、ここからは俺からお前への頼みなんだが」
「……頼み?」
俺は顔を上げた。
「ああ。二つある。一つは、今日から何か理由をつけて、イサナを俺の傍から引き離してほしい。あいつにだけは、俺の最期の瞬間を見せたくないんだ」
マヅチが強い人間でいられるのはイサナがいる時だけなのだと、俺は改めて知った。いや、彼の弱さがイサナの存在そのものなのかもしれない。
「……わかった」
親友の一生の頼みを断るわけにはいかない。
「もう一つの頼みだが、これはどんな方法を使ってでも遂行してほしい。約束してくれるか?」
俺は力強く頷いた。
「ああ、わかった。約束するよ」
彼は一度深呼吸をしてから、強い眼差しをもって言った。
「俺が死んでも、イサナだけは絶対に死なせないでくれ」




