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六十六日目(一)

 その日の朝、数日間続いていたかぐわしい花の薫りが絶頂を迎えた。夢現のまま瞼を開いた私は、自分が豪華絢爛な花園に身を置いているのだと悟った。

 眼界を覆う赤、白、ピンクの花々、空気中に満ちる甘い芳香。私の意識は鮮やかな色香によって完全に覚醒した。

 身体を起こし、林冠を見渡した。どうやら無数の樹木が一斉に開花しているようだった。

 マヅチもまた頭上を仰ぎ、奇跡の興趣に耽っていた。

 この神聖な空間を私の声で汚すのは憚られたが、奇跡を目にした興奮が私の口を強引にこじ開けた。

「これ、何なんだろう? また、夢なのかな?」

「夢じゃないさ」

 マヅチは空に浮かぶ花畑を見上げたまま続けた。

「きっと、この奇跡は島で生き続ける俺たちを祝福してくれているんだ。そして、死んだあいつを……悼んでくれている」

 花の薫りを載せた温かな微風が、鼻孔を通って私の心の髄まで満たしていった。

 自然の神秘というものは、もしかしたら人間には想像し得ないほど愛情深いのかもしれない。

「ねえ、マヅチ」

 たった今、私にはどうしてもやりたいことができた。

 マヅチは耳を傾けるように、静かに私の方へ首を回した。

「私……レンジュのお墓を建ててあげたい。レンジュの身体はあそこから出してあげられなければ別にいい。ただ、私たち三人がここで生きた証を、レンジュが確かにここに生きていた証を、この島に刻みつけたいの」

 最期の瞬間を誰にも看取られることなく、独りで寂しく死ぬなんて、そんなの悲しすぎる。だからせめて、レンジュがこの島で独りではなかったことを、私たちと共に生きていたのだということを、この世界に証明してあげたい。

「そうだな……もっと早く、そうしてあげるべきだったのかもしれない」

 私たちは肩を並べて水辺へ赴いた。ヤシの実を採る時を除けば、今まで私たちの足はこの水辺を意図的に避けていた。でも、死んだレンジュにとってそれがどれだけ悲しいことか、私たちは罪の意識と共に今ようやく知った。

 やはりレンジュの遺体を洞穴から取り出すのは危険だったため、私たちはその分、立派なお墓を作ることを誓った。

 レンジュの眠る海中洞穴からあまり離れていない水際に作ることを決め、マヅチの身体を元に墓の大きさを決定した。立派なお墓と言っても、ろくな材料がないので土を掘り下げて天然の棺を作ることしかできそうになかった。

 私たちはまず役割を分担して、私が墓石となりそうな石を探し、マヅチが墓の相貌を形作ることになった。

 私は数十メートル規模の岩壁の下を歩いた。巨大な絶壁の足元には、剥がれ落ちた大小さまざまな石の破片が散在していた。だが、どれもせいぜい手のひらサイズで、墓石にできそうな長大なものは早々には見つからなかった。マヅチは必ずあるからと鼓舞するように私に任せてくれたが、真実はきっと、私では土を掘り下げるような力仕事は大して力になれないことを見越していたというところにあるのだろう。でも、だからこそ私は、自分にできる役割を全力でこなしたい。

 途中、大きな丸い石盤を見つけた私はそれを持ってさらに歩いた。そしてその後、より墓石に見合った大きくて重い縦長のものを見つけた。より相応しいものを新たに見つけるたび、石盤を持ち替えた。常に墓石用の石盤を抱え、岩壁の縁を歩いて水辺までぐるりと一周した。出発したのは朝だったはずだが、足を棒にして帰ってきた時にはすでに夕暮れ時だった。

 マヅチは私が骨を折って運んできた石盤を見て、目を丸くして私の労作を褒めた。でも、私にとってはマヅチが汗だくになって棺の枠をきれいに縁取り、さらには全体に渡って深く掘り下げていたことの方がよっぽど称したい功労に思えた。

「私、食べ物もってくるね」

「無理しないでいいからな、イサナ」

 そう言いながらも、マヅチは私に鋭利にも見える横顔を向けて土を掘り続けていた。

「マヅチもね」

 翌朝からは私も墓掘りを手伝った。私たちは寝食も忘れて昼夜を問わず手を動かし続けた。

 深さ三十センチの長方形の穴を掘り終わったのは、作り始めて四日目の夕刻のことだった。

「最後だ。名前を刻んで墓石を立てるところまで頑張ろう」

「うん」

 私たちはふらふらになるほど疲労困憊した状態で角張った石を握り、石盤にレンジュと自分たちの名を刻んだ。

 そして棺の前に墓石が立てられた瞬間を見守った後、私はマヅチと一緒に地面に倒れ、深い眠りの彼方へと誘われていった。


『 親愛なるレンジュへ

  生涯の友、

  イサナ

  マヅチ

            より』


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