三十六日目(一)
半ば日課にでもなったような気分で、その日も私たちは手分けしてレンジュの捜索を行った。
昼下がり、先に拠点へ戻ってきた私はマヅチの帰りを待った。心のどこかでマヅチが朗報をもたらしてくれることを期待できていない自分がいて、歯痒さに身悶えしそうなほどだった。
だが、そんな思いを巡らす私に不意打ちを与えるように、マヅチは思いもよらない一報をもたらした。
水辺のある方向から拠点へ戻ってきたマヅチは、まるで滝にでも打たれてきたかのように全身びしょ濡れだった。
「どうしたの、マヅチ!? 水辺で転んだの?」
だが、それ以上に私の気を引くものがあった。彼の顔に貼りついた沈鬱至極の表情だった。
それは私におぞましいほどの寒気を感じさせ、少しずつ全身の筋肉を強張らせていった。未だかつて、彼のこんな顔は見たことがない。
マヅチが何か呟いた。
「え……何? ねえ、マヅチ、ど、どうしたの……?」
マヅチはその力のこもらない瞳をそっと私に向けて言った。
「レンジュが見つかった」
私はにわかに口元をほころばせた。
「そ、それならよかったんじゃ……」
喜ぼうとしたのも束の間、私は思い直した。
でもそれならどうして、マヅチはレンジュを連れていないのだろう。病気で会わせられない? 否、それならこんなに酷い顔にはならないだろう。
私は悟った。おそらく、このマヅチの表情こそが全てなのだと。
「来てくれ」
そう言って踵を返す彼の背中は、悲哀の色を帯びていた。
マヅチが私を連れ出した先は、やはり水辺だった。彼はそのままずぶずぶと海中へ足を踏み込んでいった。
「マヅチ……?」
マヅチの背中を見ていると堪え難い強制力に操られ、彼に追随する形で私は水中に身を浸した。
水面が胸より高くなっても、マヅチは足を止めなかった。だんだん、彼がこんなところで何をしようとしているのか、わからなくなってきた。
ついに足が地面に届かなくなると、マヅチは振り返って言った。
「これから潜る。イサナが溺れないように俺も一緒に行くけど、何を見ても気をしっかり保つように」
「う、うん。わかった」
マヅチが潜水すると、私も大きく息を吸い込んで海中に潜った。
水の中は薄暗かったが、ほとんど濁っておらず、目を開けて周囲を観察できるくらいに澄んでいた。
島の外を流れているらしい海流の音を聞き、驚いたように離れていく小魚の群れを横目で見ながら、私たちは水底の岩穴へ向かった。
もしかして、岩穴から島の外に出るのかな。そんなに息続かないと思うんだけど……
懸念しているうちに岩穴に到着し、マヅチは止まって私を振り返った。そして真っ暗な岩穴の中を指差した。
私は海中洞穴の入り口の縁を手で掴み、中を窺った。最初はほとんど何も見えなかったが、少しずつ目が慣れて奥にあるものの輪郭が浮かび上がってきた。
やがて私の目は、穴の中で膝を伸ばし、壁に背を預けるようにして横向きに座っている人間の姿を捉えた。微かにたなびく衣服には、おぼろげながらもチェックの模様が見て取れた。
私は肺に溜め込んでいた息を全て吐き出し、海水が喉を通って溺れ始めていた。すぐに異変を察知したマヅチが助けてくれた。
岸に上げられた私は、咳き込みながら嗚咽を漏らした。
どうしてこうなるのだろう? 結局、いつだって私の願いが叶ったことはない。
穴の中にあったのは、紛れもなくレンジュの遺体だった。
頭の中では、レンジュと過ごした過去の映像ばかりが頻りに記憶の底から浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消えた。平生は全く思い出す術もないような、一言だけの会話ですら、無数の記憶の断片の中から摘まみ出され、そして泡沫のごときひと時の内にどこか遠いところへと帰っていった。
私の瞳から涙が流れている間は、記憶の霊泉は涸れることなく私の脳裏に思い出を映じ続けた。だが、不服にも涙が涸れ尽きる頃になると、私はまた同じ記憶を一から見始めた。それは、私に夢の終わりを告げていた。
私は本当に眠っていたようだった。島にはすでに夜が到来していて、私は火の前で小さく蹲っていた。髪も服も未だに濡れたままで、べたべたしている。だが、今の私にはその程度の不快感も、取るに足りないものだった。レンジュの喪失感を上書きする感情など、今の私は持ち合わせてはいない。
目頭から鼻の頭にかけて、涙の通った後の感触が残っていた。夢を見ながら、本当に泣いていたようだった。
悪夢のような出来事から見た夢であっても、あれはきっと、悪夢ではない。あの夢を悪夢だと思ってしまえば、レンジュと過ごした全ての時間を否定することになる。
私は、レンジュの死を受け入れたってことなのかな……
そう思うと、私は自分の脳天から包丁を入れたい気分になった。マヅチの死ぬ夢に毎晩あそこまで狂乱した私が、レンジュの死をたった数時間の涙と引き換えに受け入れてしまう。結局、彼の前では二人を対等の立場に置いている素振りを見せながら、私は自分の中の二人の価値に、差をつけていた。
――マヅチにも同じこと言える?
レンジュは、私以上に私のことを理解していた。
「ねえ、マヅチ……」
私は火の反対側で虚ろな眼差しで俯くマヅチに声をかけた。
「レンジュは、どうしてあそこにいたの?」
マヅチは私の顔をまじまじと見つめた。今の私はどんな顔をしているのだろうか。
「今のイサナにそんな話ができるほど、俺は薄情じゃないつもりだ」
「お願い……教えて」
私は嘆願した。
「明日じゃダメか?」
「今聞きたいの」
それに、どうせ今日はもう眠れる気がしない。明日の朝になっても、気分は今と大して変わらないだろう。
マヅチは長嘆息してから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あいつの服は、洞穴の壁の突起物に引っかかって取れなくなっていた。よっぽど急いでいて注意が散漫になっていたのかもしれない。考えられる原因は、タイミングを考えればまず俺だろう」
「マヅチの……病気?」
「ああ」
彼はしかつめらしく頷いた。
「おそらく、俺は命の危機にあって、イサナにはそれを隠していたんだろう。そして俺が快復しないと判断したレンジュは、俺を助けるためにあの海中洞穴から孤島の外に出ようとした。無理をしてでも他の島まで泳いで助けを乞うつもりだったんだろう。だが、焦ったせいか、服が岩に引っかかり、そのまま息が続かなくなって……」
注意を怠って溺死など、レンジュらしくないように思えた。でも、実際に彼は死んでいる。きっと私は、どんな理由であろうと彼らしい死に方だと思うことはないのだろう。あのレンジュが死んだこと自体、未だに信じられないのだから。
「他にあの岩穴に入る理由があるとすれば、この島の近くを船が通っていることを何らかの方法で察知した、もしくは、命に関わるような非常に重い病を発症して、俺たちに移さないよう自ら入水を計ったか。考えられるものとしてはこの辺りだろう」
マヅチはそう言葉を結んだ。
私の中にはしこりが残ったままだった。
「何でかな……やっぱり、全然レンジュらしい死に方に思えないや。人の死って、こんなにあっさりしてるのかな……」
嫌だよ……こんなの、虚しすぎるよ。




