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三十一日目(一)

「レンジュー!」

 私は喉を震わせて彼の名を呼んだ。返ってくるのは、どこか樹木の高いところから聞こえてくる鳥の声と周囲の下生えから響いてくる虫の鳴き声くらいだった。

 草木の生い茂るこの密林で叫んだところで、声は大して遠くまで届きはしない。本気でかくれんぼをすれば、数週間、数か月と見つからずに逃げられるだろう。だが、レンジュが私たちから本気で隠れる理由はないはずだ。

「レンジュー、どこにいるのー?」

 大声を上げるたびに虚しい返答が返され、時を経るにつれて私はこの行為が途方もない骨折り損なのではないかという思いが頭の中によぎり始めた。

 それでもレンジュというかけがえのない大切な親友への懸念から、私たちは必死の捜索を続けた。

 無数の樹木のそれぞれの樹冠まで目を凝らし、広大な下生えを両手で掻き分けた。数時間おきにそれぞれポイントを変更しながら、マヅチと虱潰しに当たってレンジュの潜伏場所を絞っていく。

 もちろん彼が何らかの意図をもって私たちの動きに合わせて移動していたら、絞るも何もなく全て空回りなのだが、それでも数日かけてこの広大な密林のどこかに隠れているであろうレンジュの居場所が一つのポイントに絞れた頃には、私たちはここにこそ彼がいるのだと信じてやまなかった。

 そこは島の中央部で、捜索を始めた私たちが幾度となく通り過ぎたポイントではあるが、灯台下暗しとも言うのだから、最後の希望をもつに申し分はなかった。

 私たちは二人がかりで最後のポイントを捜索した。

 何時間経過した頃だっただろうか。足を止めることなく捜し続けていた私の肩を掴んで、マヅチが「もう戻ろう」と言った。そのどこか諦めたような表情に対抗するように、私は彼を振りほどいて捜索を続行しようとした。だが、私の足は私の意志に反してガクッと膝から折れ曲がった。

「もう限界だ。いったん戻ろう」

 彼の「いったん」という言葉が私への配慮から来る、中身のないものであることは明白だった。

 拠点へ帰るべく私がマヅチに背負われた時には、すでに密林にはすっかり夜気が蔓延っていた。



「レンジュは、俺たちから何か身を隠さなければならない理由ができたのかもしれない。感染病にかかってそうしているのなら、ちゃんと病気が治った頃に俺たちの前に戻ってくるはずだが……」

「そうじゃなかったら?」

 私は焚火の前で身を縮こまらせながら訊いた。

 せっかく暗くなってからマヅチが採ってきてくれたが、夕食はあまりお腹に入らなかった。満たしたくない空腹を抱えて、私はただ火を見つめていた。

「さあな。今のところ、俺には他の理由は思いつかない。ただ、あいつは風邪を引いた俺の傍で一番長く看病していた。だから俺のもっていたウイルスが移って症状が出たのかもしれない」

「それならマヅチの前には姿を見せてもいいでしょ」

 私が反論すると、マヅチはそれ以降口を閉ざした。

 無論、合併症などを引き起こしてマヅチの前にも姿を見せられなくなるという状況はあり得るが、何となくそうではない気がした。

 なぜ、マヅチの体調が快復したあの日、私はレンジュがいないことを気にも留めなかったのだろう。私の中には、もうレンジュは帰ってこないのかもしれないという予感が生まれ始め、その原因は、あの日私が彼の不在を気にかけなかった罪にあるような気さえした。

 マヅチが元気になって、私の頭の中はマヅチのことばかりが占めてしまった。だからレンジュは姿を隠したのではないだろうか。

 いつだったか、レンジュは私のことが好きだと言ってくれたことがあった。もしかしたら彼は私がマヅチにべったりになって、振り向いてくれないことに妬いて……

 私は顔を膝にうずめた。

 あまり考えたくない内容だった。自分が卑しい人間に思えるし、それが真実だったとしたらさらに困る。どうしたらいいかわからないのだから。

 でも、レンジュはあの日私たちが目覚めた時にはすでにいなかったことを考えると、やはり別の理由なのかもしれない。

「イサナ」

 声に顔を上げると、マヅチはヤシの実を私に差し出していた。

 そういえば、定期的に体内のウイルスを駆逐するための薬を飲むことになっていた。レンジュが体調を崩しているのなら、レンジュにこそこの薬が必要だというのに。

「あれ、でもどうしてマヅチが薬の作り方を知ってるの?」

「寝込んでいる間に、レンジュが教えてくれたから」

 単純明快な回答だった。

「って、それもそっか」

 他に理由があるはずもない。

 私は薬の入ったヤシの実ジュースを飲み干した。

「明日、もう一度それぞれポイントを決めて探そう」

 マヅチは険しい顔で言った。

「この島は岩壁に囲まれているから脱出することはできない。必ずこの島のどこかにいるはずだ。こっちが体調を崩さない程度に、根気よく捜し続けていれば必ず見つけられるよ」

「うん……」

 でも、レンジュに何か考えがあって私たちから身を隠しているのなら、私たちが無理に見つけ出してもいいのだろうか。

 いや、身を隠すにもメッセージを残すことくらいできたはずだ。私たちには、彼を見つけてそのことを詰るくらいの権利はある。

 私は再びレンジュを見つけ出す覚悟を胸に宿して眠りに就いた。

 謎の失踪を遂げていたレンジュが発見されたのは、それからさらに数日後のことだった。


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