雲隠れした月
季節は6月に入り、日差しが少し強くなってきたこの頃。
その知らせは突然やってきた。
「ツキノンが辞めた?!」
いつも通り、家庭教師の日に仕事が終わってから鳴ちゃんの部屋にお邪魔したんだけど、そこにはツキノンの姿がなくて・・・
今日は休みなのかなと思って鳴ちゃんに訊ねると思いも寄らない返事が返ってきた。
ツキノンが5月いっぱいで辞めたって・・・。
「どうして??」
「おれもよくわかんないんだ。突然、派遣会社から電話かかってきて・・家の事情で辞めないといけなくなったって」と鳴ちゃんは悲しい顔をしてる。
「そんな・・・」
嘘でしょ・・・?こんな急に・・・
碧衣っちが黙ってこっちを見てる。
あれ?碧衣っちはそんなに驚いてない・・・?
これを聞いたらあたし以上にショックを受けると思ったのに。
もしかして・・・
「碧衣っち、何か知ってるの?」
最近、やたら二人が仲良くなってるように見えたから、もしかして碧衣っちは事情を知ってるんじゃないかと思ったんだけど・・・
「・・・何も・・」と首を横に振る。その顔はつらそうな表情に見えた。
あたしの思い違いだったみたい・・・。
「そっか・・・」
あたしは寮に戻った後、ツキノンに電話をかけてみた。
理由が知りたい、ツキノンの身に何があったのか・・・。
ツキノン、お願い、出て!
『・・・おかけになった電話番号は現在使われておりません』
「!!!」
どうして・・・?携帯がつながらない・・・。
あたしはようやく気付いた。
ツキノンは辞めたんじゃない・・・
ツキノンは辞めたんじゃなくて消えたんだ。
あたしたちの前から・・・。
雲隠れする月のように、ひっそりと音も立てずにツキノンは消えてしまった・・・。
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私は知ってる。
月野の失踪の理由。
だけど言えない。キャロには言えないんだ。
約束だから・・・月野との。
あの仲直りした夜にはまだ続きがあった・・・。
『この想いは簡単には風化できません』
『うん・・・』
『だから僕は・・・風化できるまでしばらく姿を消そうと思います』
『え??』
『それくらいしないとダメなんです。僕は』
『・・・・』
『どうしてそんな寂しそうな顔をするんですか?』
『・・・寂しいからだよ・・・せっかく少し打ち解けられたと思ってたのに・・・』
『・・・クス・・・碧衣の前からは消えるつもりはないですよ?』と小さく笑って言う。
『え??』
『というか・・・これからの僕には碧衣がどうしても必要なんです』
『・・・どうして?』
『僕はまたきっと暴走する。それを止められるのは碧衣しかいない』
まっすぐで真剣な瞳。そこには私しか映っていなくて、
また急に心臓が騒がしくなってきた。
『この役目引き受けてくれますか?』
どんな理由でもいい。月野が私を必要としてくれるなら、何だって引き受けるよ。
だから私の前からは決していなくならないでほしい。
繋がっていたい・・・。どんな形であっても。
『うん』
『ありがとう』と言ってホッとした表情で微笑んだ。
『二人ともきっとすごく心配するだろうね』私は前を向いたままつぶやいた。
『はい・・・きっとそうでしょうね』
それを分かっててのこの決断はきっと月野も苦しんだことだろう。
『協力するから・・・いつかあの場所に月野が戻れるまで』
いつかまた4人で笑い合えるその日まで・・・
夜空を二人で静かに眺める・・・
満月がさっきと変わらずこっちを見ている。
『・・・碧衣、少しだけ抱きしめてもいいですか?』
『え?!』私は目を見開いて驚く。
『ダメですか?』なんて月野がなんとも頼りなさげに言うから、私はほっとけない気持ちになった。
『いいよ』
ドキドキドキ・・・
平静を装ってるけどほんとはこんなにも胸が騒がしくなってる。
そしてそんな私をさっきみたいに優しく抱きしめる。
『・・・代わり・・じゃないよね?』
『僕が抱きしめてるのは、碧衣です。他の誰でもありません』
『・・・』
私もぎゅっと抱きしめ返した・・・。
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ツキノンがいなくなってから2週間後、意外な人物が新しい家庭教師としてやってきた。
「いやー家庭教師のバイトは初めてなんだけど、おれっち一生懸命頑張るからよろしくね~!」
なんと新しい家庭教師は響の友達、季楽悠真くん!!
瑠々ちゃんから家庭教師探してることを聞きつけた悠真くんは立候補してきたみたいで・・・。
まぁお調子者に見えても頭はいいみたいだから・・・。
なんせ響と同じ大学だしね。
ツキノンが戻るまでの間っていう条件を呑んでもらって引き受けてもらうことにした。
ツキノンはもしかしたら戻ってくるかもしれないし、完全にその席を失くすのは嫌だなってことになって。
ツキノンがいつでも戻れるような体制はとっておきたい。
それはみんなの満場一致の意見。
そうそう今日は珍しく鳴ちゃんの部屋に響が来ている。
「おまえが家庭教師なんてできんの?」と響は疑わしい目で悠真くんを見てる。
「おれに不可能はないっすよ!鳴くん、このわたくしめにまかせておけば学年NO.1も夢じゃないからね~」
「マジで!やったね☆」
「鳴、こいつほど信用ならねー奴はいねーから気をつけろよ」
「あははは」とあたしと鳴ちゃんは笑い合う。
よかった・・・ツキノンがいなくなってしばらくしんみりした気持ちが続いてたんだけど、悠真くんのおかげで少し明るくなれたよ。
「碧衣さんもこれからどうぞよろしく!」
「あっ・・うん」
なんだか碧衣っちは少し複雑そうな顔してる・・・。
それもそうだよね、だって碧衣っちはツキノンのこと・・・。
あたしの中にもずっと在り続けてる複雑な気持ち。たくさんの疑問をツキノンに投げかけてる。
どうして急にいなくなっちゃったの?ツキノン・・・
何があったの?
心配でしょうがないよ・・・。
また精神的に追い詰められていないかな?
でも理由がわからない・・・。
本当に家庭の事情なんだろうか?
連絡先を変えるぐらいだからよっぽどのことがあったに違いない。
そういえばここ最近ツキノンの様子が少し変だった・・・
それに関係してるの?
あたしの頭の中だけでは答えは出ない。
会って話したいよ・・・。
『キャロさん・・・』ツキノンがそう呼んで優しく笑う顔があたしの心に浮かんだ。
「キャロ?黙り込んでどした?」
と隣にいる響が聞いてくる。
響の顔見てると、どうしてかな、泣きそうになる。
「・・・んじゃ悠真、記念すべき一日目ちゃんとやれよ」
と言い、あたしの手をとってドアの外へ引っ張って行った。
その途端涙があふれてきた。
我慢できなくて響に抱きつく。
「キャロ、どしたんだよ・・・」
響が頭を優しく撫でてくれた。
「・・ぐす・・突然ごめんね・・・」
「なんかいっぱいいっぱいになってんだろ?」
「・・・うん・・」
大事な友達が突然いなくなって、あれからずっと混乱してるの。
春になってからは変化していく日常を喜んでいたけど、こんな悲しい変化はいらなかった。
受け入れることがまだできない。
「なー碧衣さんって誰か好きな人でもいんのかな~」
と悠真くんが響の部屋のカーペットの上でゴロンと寝転がっている。
悠真くんが来てから早一ヵ月が経とうとしていた。
季節はもういつの間にか夏だ・・・。
冷房の効いたこの部屋は居心地がいい。
悠真くんも少しずつこのお屋敷と仕事に慣れてきたみたいで、仕事終わりによく響の部屋にやってきては、こんな風に悩みを相談をしてくる。
「知らねーよ、俺碧衣とそんな喋んねーし」
「ちぇー使えね~」
「んだとコラ」
「じゃあキャロちゃんは?知らない?碧衣さんと仲いいよね?」
どきっ・・・
「あっその顔はなんか知ってんね?」
あちゃー・・・ポーカフェイスできなかった・・・。
「いるんだ?やっぱ」
「・・・確信はないし、本人から聞いたわけじゃないけど・・・」
「はぁ~~~やっぱりな~」と深々と溜息をつく。
「気付いてたの?」
「うーん、なんとなく?だっておれがどんなにアピッても全く通じてないし、ってかおれのこと見えてない感じ・・・だから他に誰かいるんだろなぁって」
「おまえにしては勘冴えてんじゃん」
「こういうときだけ冴えてもな~」と嘆く。
あ~あ、いつも元気な悠真くんが凹んじゃったよ。
「でもあきらめねーんだろ?」
「おっさっすが。よく分かってんね。」
なんだ、もう立ち直ってるし。
ほんと感情がコロコロと変わる人だ。
「おれどうかなぁ?頑張ったら脈あるかな~?」
とあたしに詰め寄って聞いてくる。
「う、うーん、どうだろね?」
「キャロちゃん、そこは嘘でも、脈あるよって言うとこでしょ~!」
「えっそうなの?ごめんね、正直で」
「・・・キャロちゃんおれにはけっこうきついよね・・・そんな子には抱きしめの刑だぁ」
とイキナリあたしにがばっと抱きついた!
「!!」
く、苦しい~~!
ドカっと音がして悠真くんがあたしを離して横に転がる。
「死にてーのかおまえは」と怒りに満ちた声。
転がった悠真くんを響が俺様ポーズで見下すように見てる!
「いって~親友を蹴るか普通?」
「おまえだから蹴んだよ」
「ひっで~!」
と蹴られた脇腹あたりを自分でさすってる。
あはは、ほんと面白いな。
この二人といると、気分が紛れる。
だからあたしはこの時間がけっこう好きになっていた。
ある意味癒しの時間かもしれない。
「おれだってメイドの彼女が欲しいんだよ~」
「いや、あいつ執事だから」
「あ、そっか。じゃあ執事の彼女~~」
「お前には無理っつーの」
「響ばっかずりぃ~彼女がメイドだったら四六時中イチャつけるじゃん!お風呂入るときだって、お背中流しましょうかご主人様♡でしょ?
羨まし過ぎる~~~!」
恥ずかしい・・・
ってかそんなことしてないし~!
「キャロ気にすんな、こいつは妄想癖があるみたいだ」
と冷めた口調で言う。
この後も妄想が続いたので、響に帰れと追い出されていた。
ほんと明るくて騒がしい人だよ・・。
まぁでも今はこういう人がいてくれるのはありがたい、
悠真くんが来てくれてよかったよ。
だけどやっぱりふとしたときに思い出す。
今頃ツキノンはどこで何をして、何を思っているんだろう・・・?
あたしたちは何も変わってないよ。
これからも変わらずツキノンが戻ってくるのをずっと待ってる。
だから早く戻ってきて。
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今日は月野とプラネタリウムに来ている。
あれから月野はよく私をプラネタリウムや映画に誘うようになった。
自分の気持ちが抑えきれなくなってきたときにここに来ると落ち着くらしい。
デートみたいだけど・・・デートじゃないよね、これは。
目的が違うし・・・。
月野の気持ちを落ち着かせる為に私は呼ばれてるだけだから。
それでも私は・・・。
「やっぱり一人より、碧衣が隣にいてくれる方が気持ちが落ち着きます。まるで精神安定剤みたいです・・・」
と青く光るドーム型の天井を見上げながら月野が言った。
精神安定剤・・・それって喜んでいいものかどうか・・・。
けど、必要とされてるってことだよね。
「碧衣」
と突然こっちに顔を向ける。
ち、近いなぁ・・・。
映画館もプラネタリウムも席が近くて少し困る。
こっちを向かれるとほんと至近距離だから。
しかも薄暗いし・・・変にドキドキしてしまう。
「いつも僕に付き合ってくれてありがとう」
と優しく微笑んだ。
私の心臓はいっそうドキドキが激しくなる。
いつの間にか私、前よりもずっと気持ちが大きくなっているような?
どんなことでもいいから月野のことが知りたい・・・
「一つ聞いていい?」
「はい、どうぞ」
「答えたくなければ答えなくていいから・・・」
「何ですか?気にせず言ってください」
「・・・キャロのどこに惹かれたの?」
私は気になってることを思い切って聞いて見た。
その途端、月野が無言になる。
やっぱりこの質問はしちゃダメだったかな・・・。
少しの間の後・・・
「・・・自分でも驚いてます・・・まさか、でした。僕は今まで一目惚れでしか好きにならないタイプだったから・・・」
「キャロは違うの?」
「はい・・・接しているうちに惹かれていきました」
「・・・どういうところに?」
「僕の為に必死になってる姿とか、僕の事なのに心から喜んでる姿とか、そういう彼女を見てて、初めて人に対して愛しいという感情を持ちました・・・」
「・・・」
「そしたらだんだん欲が出て来て、触れたいとか自分のものにしたいとか、それを抑え込んでいたらあんな風に暴走してしまったというわけです」
「・・・」
「彼女から離れたのは、この気持ちを風化させたかっただけではなく、あの子を傷つけない為でもあります。あのままだったら僕はまた・・・」
また・・・?
「どうやら僕は理性を失いやすいタイプみたいです。制御する力をもっとつけないと・・・」
「・・・」
「碧衣?・・・聞いてます?」
「・・・うん」
知りたかったけど・・・いざ月野のキャロへの愛情の深さを知ってしまったら私の心は急にしぼんでしまった。
羨ましいキャロが。
月野の理性を失わせるくらい想ってもらえて。
こんな考え方危ないかな?
「けど、こうして離れると、少しずつ風化していってるような気もします」
「ほんと?」
「はい、ただ考えてしまうと、会いたくなってしまうから、今はわざと忙しくしています。新しいバイトも始めたし。」
「そっか・・・」
前の本屋のバイトも辞めたっていってたもんね。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ、うまくやりますから」
「・・・うん」
そして優しい声のアナウンスが入り青い天井に星が並び始めた。
その帰り道。
「ところで何のバイト始めたの?」
「バーテンダーです」
「えっ!!」
「意外ですか?」
「う、うん。似合うとは思うけど」
「僕、けっこう筋がいいみたいですよ。まぁお酒好きですし、色々なお酒作るのは楽しいです」とほんとに楽しそうな顔で言う。
けどバーテンダーって言ったら・・・
「接客が大変そうなイメージがあるけど?」
「いえ、常連がよく来るお店だから、新入りの僕にもけっこう気さくに話し掛けてくれて、おかげで楽しく話せてるんですよ」
すごいなぁ・・・私にはとてもじゃないけど無理だ。
でもよく考えたら月野の喋り方は丁寧で物腰も柔らかいから、案外向いてるかもしれないな。
なんとなくお客さんと落ち着いた感じでにこやかに話す月野が想像できた。
「月野が仕事に慣れたころに、私も行ってもいい?」
「はい、もちろんですよ。碧衣にぴったりなお酒をごちそうしますから」とにっこり笑う。
「あ、ありがとう!」
すごく嬉しい。
月野が私に作ってくれるお酒、楽しみだな。
ふとある心配事が頭に浮かんだ。
「バーってなんか綺麗なお姉さんとかが来そうなイメージ・・・」
私はそっちの方が心配かも・・・
月野はなんとなく年上から好かれそうだし・・・。
かくなる私も・・・年上・・・。
「ああ、そういえば女性客多いですね。綺麗な方ばかりです」
ガーン・・・やっぱり・・・・
「碧衣?・・・・あっ危ない!」
とイキナリ月野に腕をつかまれ月野の方へ引き寄せられた。
どっきー!
私が今まで立っていた場所に自転車がスピードを落とさず通り過ぎて行く。
「危ないですねー」と月野が自転車の方を見て怒って言った。
けど今はそれより・・・
私まだ月野の腕の中に・・・
ドキドキドキ・・・
なんかいい匂いがする・・・
酔ってしまいそうな魅惑の香り・・・
「ああ、すみません」
と私を離す。
ドキドキしたまま月野を見つめた・・・まるで媚薬にやられてしまったかのように目が離せない・・・。
「?」
そしたら急に私のおでこに手をあてた。
「え?何??」
「いや、なんか顔が赤く見えたから熱でもあるのかなと?」
「・・・」
ドキドキドキ・・・
やめてほしい、少し触れられただけでこんなに動揺してしまう。
こんなんじゃ気持ちバレちゃうよ。
「碧衣は・・・もしかして男の人にあまり慣れてない?」
「えっ?!」
「だって少し触れただけで過剰な反応しますし」
私やっぱり反応が過剰だったか・・・。
でもよかった、気持ちがバレたわけじゃないみたい。
勘違いしてくれてる・・・。
違うよ、月野。
月野だからだよ。
こんな過剰に反応して、ドキドキしてしまうのは。
他の人にされても何も感じない。
あなたにしかドキドキしない。
でも今はまだ私の気持ち知られたくないから、そういうことにしておくね。
「実はそうなんだよねー私少女みたいにウブで」
「少女には見えませんが?」
「うるさいよ、老けてて悪かったな」
「そこまで言ってないのに」
そうして二人で笑い合う。
キャロ、鳴くん、ごめんなさい。
私だけがこんな風に月野と会っていて。
だけど・・・二人に申し訳ない気持ちがある一方で、嬉しい気持ちもあるんだ。
誰も知らない月野の顔を私だけが知っている優越感。
月野を独占できて嬉しい気持ち。
そんな気持ちが心の中でだんだん大きくなってきているような、
そんな気がした。
「・・・だんだん暗くなってきたね」
「はい・・・もうすぐ闇色です」
私の心ももしかして、
闇の色に染まり始めていたりして・・・
やっぱり私は月野と似ているのかもしれない。
私の中にもきっといる。
黒い悪魔が。
今はまだ眠っているだけ・・・




