お菓子を求め
この世界には様々な美味があり、絶妙な好みの差がある。人によって好みが違うことが当然なこの世で至高の美味を記事に書きつける事が正解なものか、分からないまま時は過ぎ去ってしまう。
本日足を運んだ場所にはレンガ造りの赤っぽい建物がありその立派な姿に思わず見惚れてしまう。仮にここに画家を呼んだら美しく描いてくれることだろう。極東にて伝えられし食欲の秋と芸術の秋、運動は足りていないと言われるかも知れないもののここまで歩いてきているためそれで充分だとする。そう、充分なのだ、間違いなく、不足分を補いにパンやお菓子を作るこの店に来たのだ、取材をついでにするに過ぎない。
硝子のドアを開けるとともに魔女たちの軍勢が見えてしまいこの前取材した画家に対する扱いの話を思い出しては寒気が蔓延る。女たちはあの可愛らしい顔の裏に世にも恐ろしい差別思想を隠し持っている。お菓子職人が魔法使いでなかったとしたら同じような扱いをしていた事も考えられる。
「分量を守って焼くだけだからみんなもそれぞれ作ってみてね」
「いやだいやだいやだ。ゆっこみたいに上手に焼けないんだもん」
「魔法使えないって言うけどお、ぶっちゃけゆっこのそれ下手な魔法より魔法だよ」
――待って欲しい、絵の具を混ぜてあんなに美しい色を生成したあの人も充分魔法だったじゃないか
おまけに色を塗ることで平面の世界の中に魂を吹き込んだのだ。やはり魔法と言って差し支えないのではないだろうか。しかしながらこの雰囲気を壊すわけには行かず意見は想いとして仕舞っておくこととする。自身にとって気に入った人に限っては差別せずに受け入れるその姿勢がまさに都合という魔法というべきか魔女もただの人間をやっているというべきか。
「パンプキンパン下さい、さもなくばイタズラしちゃうぞ」
「お金は払ってね、イタズラは嫌だからクッキーただであげるけど」
「大好き、ゆっこ愛してる」
あの事を知ってからというものの魔女の事を好きになれずにいたものだがここにてゆっこなる女性を愛し続ける十人程度を見ては尚更好きになれない。確かにこの取材を人の心と心を文字だけで繋ぐ魔法などと応援と励ましの意を込めて言葉にしてくれた魔女もいたが大半は文字など誰にでも書けると、言葉なら誰にでも話せると言って見下してきた。あの日の画家の言葉が引っ掛かって抜けなくなってしまい励ましてくれたあの言葉すら価値を失ってしまいそうだ。
今そこにいる客の全員を黒ネコに置き換えて十分以上の経過を見つめ、ようやく立ち去りゆっこの方へと近付き話を伺うことに成功した。
「ユキコ・トリートさんですね」
パンはついでであり元はお菓子を焼く店だったという経緯からそのような名字をいただいたそう。ユウコは柔らかな微笑みで迎え入れるとともに小さく口を動かす。
「お子さんにしかお菓子はあげませんよ」
それからゆっこと呼んで欲しいなどと告げる彼女に極東の名前をそのまま用いたその名を美しいと褒めるも親しみやすさからあだ名で呼んで欲しいと繰り返す。
「ではゆっこさん、あなたがお菓子を焼き続けるのは家を継いだからでしょうか」
この街ではよくある話、飽くまでも1人の意見よりも受け継いできた家業の方が大切だと考える人物の多いこと。ユキコも同じことだろうと考えながら他所で購入したチョココロネを食べていると不機嫌そうな顔で言ってのけるのだ。
「違います、そもそも分かって言ってますよね。親の店のパン食べながら取材するなんて」
「あそこがそうですか、ではあなたのチョコクッキーを買わせていただきます」
「なにがでは、ですか」
機嫌は最悪、しかしながら取材をする側にとっては好都合。編集者の方からユキコさんは不機嫌が一番可愛いので機嫌を損ねるようにとの指示をいただいている。
「はい、ちゃんとお金払って下さいね」
ムッとした小さな口と少々棘のある声に罪悪感が宿るも取材でやっているのだと気を取り直して2倍の金を払いクッキーを貪る。カカオの香りの違いは焼き菓子だからという理由には収まらない気品の高さを持っている。魔女たちがユキコの親よりも本人の店を訪れる理由も頷けてしまうものだった。
「ユキコさんに次の質問です。ご両親が取り扱っているチョコレートとは随分とお味が違うようですが産地に拘りを持たれているのでしょうか」
「はい、親は近くで手頃なカカオを仕入れてコストを削減していますが私は北の山の方で採れたものを使ってます」
まだ機嫌は収まっていない事が声から見て取れる。これは編集者に苦情を入れておくべきだろうかと思考を練っていたところにユキコの睨みつける顔が寄って来る。
「香りの他にも甘さを大切に、私が相手にするお客様は若い女性をメインにしています、分かったら早く纏めて出て行って下さい」
怒りが先程よりも増している。尖り続けている。このまま苛立たせたら丸みの強い印象の顔も尖ってしまうのではないだろうか。あなたは二度とゆっこと呼ばないで下さいと告げられ追い出されるような形で取材は終わる。きっとこの店には二度と足を踏み入れないだろう。いや、絶対に踏み入れない。そう胸に誓って今回限りの至高の美味を噛み締め手帳に味を纏めて出版社へと向かった。




