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ーーピシッ
亀裂音が響き、光の鎖に一筋の亀裂が走る。
次の瞬間。
バキイィン!!
耳をつんざく轟音と共に、拘束魔法が粉々に砕け散った。
ゆっくり顔を上げる。そこにあるのは底知れぬ夜を湛えた瞳。
誰もが息をのむ。呼吸を忘れ、石のように動けず、私から目を離せない。呆然と立ち尽くす彼らに一歩、また一歩と近づいていく。光どころか何もかも蝕んでしまう果てしない闇のような髪が歩くたびに妖しく揺れる。
肩は華奢に、腰は細く、手足はしなやかな曲腺を描き、青年の面影は光りの中へ溶けていく。
漆黒の魔力が足元から立ち上る。闇は布となり、絹となり、魔女の礼装を編み上げていく。胸元には夜空を散りばめたような黒い刺繍。透き通る黒の袖が肩を包み、腰から広がる幾層ものオーガンジーは風もないのに緩やかに波打つ。裾には無数の銀光が宿り、月明かりを受けるたびに淡い瞬きをこぼす。
舞い散る光の破片が静かに消えていく。
誰もが恐れる漆黒の魔女、建国神話の悪党『月蝕の魔女』の登場だ。
突然現れた月蝕の魔女にこの場にいる全員が震え、声すらもまともに出せない。
口をパクパクさせたり、気絶したり、なんとも忙しそうだ。
「さあ、もう一度聞かせてちょうだい、ノクシス。誰が誰に従うですって?」
「そんな、まさか、こんなことがあるわけがない。月蝕の魔女が存在しているだなんて…!」
さっきの傲慢で不遜な態度とは打って変わり慄くノクシス。
ほんの少しでも魔力を放ち圧を加えれば、それだけで膝を着き、頭を垂れ、今すぐにでも屈服しそうだ。
「せっかくなら全員招待しないとね」
パチンと指を鳴らし瞬間移動を発動させると、兄妹を追いやった村の男衆をこの場に招き寄せた。現れたガタイのいい男達を見て、私の心はさらに冷え込む。大の大人達が、幼い子ども達にどうして酷いことができたのだろう。
「なんだ一体」
「何が起こった」
「ここはあの兄妹の家か?」
わけが分からないと騒ぐ男衆が私を見るとその途端、バタバタと気を失っていく。魔力に耐えきれなかったのか、月蝕の魔女に恐れをなしてなのかは分からないが、なんともまあ、情けない大人達だ。
村の男衆で意識を保てたのは一人だけ。私はそいつに向かって『兄妹のから奪った宝石を持ってこい、変なことを考えたら命はない』と命令すると、男は一目散に駆け出した。
そして次に地面を媒介に国家魔法団の魔力を吸い上げる。
「私も最近経験したのよ、魔力が枯れると苦しいし動けなくなるのよね。そして魔法使いにとって魔力は己のプライド。こんなにも簡単に私に取られてしまうだなんで国家のエリート集団も虫ケラも同然ね」
「化け物め…!」
逃げようとする魔法団に『動くな』と言い放つ。すぐには奪ってやらない。できるだけ時間をかけ、彼らの恐怖心を何倍にも膨れ上がらせるのだ。
「いい、よく聞きなさい。今日あったことは包み隠さず全てを公にするのよ。『月蝕の魔女』が復活し、不治の病すらも治せる力を持っていることも、この村の男衆が幼い兄妹にしたことも、国家魔法団は私の足元にも及ばなかったことも、何もかも全部よ。それと今後は私の邪魔をしたらお前たちの魔力を全て奪い、二度と魔法を使えない体にするから覚悟なさい」
少しずつ体の自由が効かなくなり、苦しみだしだ魔法団。団長のノクシスはさっきまでの威勢は見る影もない。
そうしているうちに先程の村の男が戻ってきた、手にはあの宝石が握られている。
「そう、本当に奪っていたのね」
「許して下さい、ほんの出来心なのです。初めて見る宝石に欲を掻いでしまっただけなのです」
浅ましく醜い大人達。
でももう大丈夫。私が変えてみせる、子ども達安心して笑える世界へ。その為に私はこの力を持って生まれてきたのだろう。
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私はその場にいる全員の意識を奪うと、魔法団には一週間魔法が使えなくなる制約魔法をかけた。
村の男衆には顔中に『私は子どもに暴力を振いました』や『子どもが持っている形見を奪いました』など、実際にした行いを烙印し、村から一番近い街の広場の木にくくりつけた。この烙印は一生消えることはない。村にはお店はなく、生活のために街に行っているは明らかだったので、ここで知り合いにでも見られ軽蔑されればいいのだ。
私は魔力で創ったカラスに兄妹のネックレスをかけると、兄の方の魔力を追いかけさせた。あの凄まじい魔力の痕跡は追いやすい。私もあと一年ぐらいは忘れられないだろう。
全てを終えると、気持ちを整えセレナが待つ部屋へと向かった。
「お姉様、その姿は…?」
「どう?初めてドレスを創造してみたけど、似合っているかな?」
「それはもちろん、お姉様の美しさを引き立てる最高のドレスですわ!」
セレナは私を見た瞬間に顔を歪めたがすぐに切り替え、何も聞かずに『さ、今夜はもう遅くてよ。夜更かしは美容の大敵なんですから』といつものように手を引く。しかし今夜はこの手が震えていた。
ああ、この優しい手にいつも守られてきた。でももう私もセレナから巣立つ時が来たのだ。
いつもなら簡単に引き寄せられるのに、今はどれだけ力を込めても私の体は動かない。『お姉様お願いよ、お願い…』とついには泣き出したセレナのおでこにキスをする。
「セレナ、よく聞いて」
「いやよ、聞きたくない!約束が違うわ、あと五年は出て行かないって言ったじゃない。それに今生の別れみたいな顔をしているわよ。そんなはずない、私とお姉様はこれからも一緒なのよ!」
「セレナ、私の妹。私のたった一人の家族」
「いや!!聞きたくないってば!!!」
「私が一番愛しているのはセレナよ、それは永遠に変わらない。もう会えなくても私にとってセレナは何よりも愛おしいの宝物よ」
「だったら側にいてよ!お姉様の力があればなんでもできるでしょう!!」
「もちろん認識阻害の魔法はかけているけれど、私とセレナは顔が似過ぎている。『月蝕の魔女の妹』と分かれば命だって狙われるかもしれない。セレナを守るためなの。私とはもう二度と会わない方がいい」
「どうして、お姉様!」
セレナの目からとめどなく涙が溢れる。絶対に行かせないと言わんばかりに強く抱きしめてくる。
ーーふわり、どこからともなく黒い蝶が現れ、セレナの鼻先に留まる。
「何この蝶、一体どこから…?」
「私の魔力で創り出した黒蝶よ。これから国中に飛ばし私の元に情報を届けてくれるの」
ふわり、ふわり、と蝶が増えていきセレナの視界を遮る。
「お姉様…ルナベルお姉様!!」
「セレナ、どうか元気で。さようなら」
舞っていた蝶が一気に増え視界が闇に染まる。だがそれも一瞬で、瞬きをすると目の前にいたはずの黒蝶は消え、セレナの姿も見えなくなった。
遠くで聞こえるセレナの泣き声を聞きながら、膝から崩れ落ちる。
セレナ、セレナ、私の妹、私の全て。あなただけは絶対に幸せになって欲しい。月蝕の魔女とは関係のないところで自分の人生を歩んで欲しい。
私も進むべき道は決めた。だからさようなら、セレナ。誰よりも愛しているわ。




