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 私は出店の準備を始めた。

 透化魔法をかけ、灯台から街を見下ろす。最初の一カ月間は千里眼で街を隅々まで見たり、人々の声を聞いたりし、状況の把握に努めた。

 街が動き出す時間、商品の相場、最もお客さんで賑わう時間、治安がいい場所、露店の店主の人間性、客層…などをじっくりと観察し頭に叩き込んでいく。そして少しずつ創造魔法でテントや小物を作り出し、看板やメニュー表を作っていく。






 ゆくゆくはこの伯爵家を出て暮らしていくために働きたい、と伝えるとセレナは大反対した。



「お姉様は偉大な魔法使いですが、世間一般的には十歳の子どもです。初めて見た街に浮かれているだけですわ、危険なことも多いのよ!それに、」


「セレナ、落ち着いて」


「落ち着けるわけないでしょう!お姉様はまだ子どもよ、まだまだ親の庇護下で安全を確保されるべき年齢よ」


「妹の庇護下で?」


「……そうです、まだ私と一緒にいるべきです!」


「セレナ、いつも私のことを守ってくれてありがとう。私の妹がこんなにも強くて優しくて、人生の最大の幸福はセレナが妹として生まれてきてくれたことよ」


「でしたら、これからも私と一緒にいてくださる?」


「もちろんよ、何も今すぐこの家を出ていくわけではないわ。そうね…六年くらいかしら?」


「六年?」


「セレナはアカデミーに入学予定で入寮もするでしょ。十五歳になるまであと六年、セレナがいないのにこの部屋で過ごす訳には行かないわ。私も一人で生活していく練習を始めないと。だから家を出ていくのはまだまだ先の話よ」


「本当?」


「ええ、本当よ。だからセレナには応援して欲しいの」


「…六年後は嫌よ。せめてあと十年間は私と一緒にいてもらうわ。アカデミーの寮でもお姉様と一緒に過ごすもの」


「あらあら、セレナってたまにとんでもなく甘えん坊さんになるんだから」



 ふふと笑いながらセレナのおでこにキスをする。その日からセレナは私の出店を手伝ってくれるようになったのだった。







====================






 私は幻装魔法で小麦色の逞しい青年に姿を変え、順調にそして堅実にお店を経営し五年が経った。セレナは十四歳になりアカデミーの入学も控え、私も一人暮らしに向けて着実に経験と資金を増やしていった。

 今や物置で死にかけていた頃の面影はなくなり、よくいる街の青年として、ただの観光地の露店の店主として、賑やかでありふれた日々にひどく安心する。というもの、この五年間で『月蝕の魔女』がいかに世間から疎まれているのかを、いやというほどに身に染みて感じたからだ。



 露店にはドールショップもあり、黒目・黒髪の魔女をモチーフにした人形も販売している。その人形は自宅の玄関に逆さに釣って釘を打ち付け家内安全を祈願したり、病気になれば人形に病名を書き、燃やすために購入されるのだ。また人形に限った話ではなく、子どもが悪さをすれば『月蝕の魔女に食われるぞ』と脅される。

 そして黒は禁忌の色とされ、身に纏う人は誰もいない。月蝕の魔女は国民から骨の髄まで嫌われていた。



 道の端で落とし物の人形がたくさんの人に踏みつけられボロボロになって転がっているのよく見かける。私はそれがどうしても人ごとだとは思えないのだ。



 私がもし月蝕の魔女と同じ色を持っていると知られてしまったら、きっと世間からは嫌われ迫害にあい、そしてあの人形のように踏みつけられるのだろう。やはり伯爵と夫人の行動(育児放棄)は理に適ったことなのだと思い知らされる。

 道の隅でボロボロ人形が『これがお前の末路だ』と、そう言っている気がして、私は目を背けることしか出来ないのだ。






 露店では回復魔法を少しだけ練り込んだキャンディ《ヒールドロップ》を販売している。商品を考えた時に、大好きな甘いものにしたいと思ったからだ。

 最初は全く売れなかったが、セレナと一緒に試行錯誤しながら改良を続け、今では歩き疲れた観光客だけでなく、地元の人や他の店の人までもが買いにくる大人気商品になった。



「いい加減この飴玉になんの薬草を入れているのか教えてくれよ」


「何度聞かれても教えないっすよ、企業秘密です」



 朝、仲良くなった海鮮串屋の店主を軽くかわし、開店の準備を始める。

 今月の売り上げ目標は達成したので、あとはどのくらい利益を伸ばせるかだ。そうだ今日はセレナに何かプレセントを買っていこう。何が喜ぶかな、この前買った髪飾りはとても喜んでくれていたし、アカデミーに首席入学するぞ!と意気込んでいるので万年筆でもいいかもしれないな。なんて色々と考えると自然と頬が緩む。



「……ません、あの、すみません」


「あ!いらっしゃい!すみません考えごとをしていて」


「ここはあの有名なヒールドロップのお店でしょうか」


「有名かどうかはわかりませんが、ヒールドロップなら売っていますよ」


「そしたらそれ、全部ください」


「え!全部ですか」


「はい、お願いします…お金はなのですが、母の形見の宝石を持ってきました」



 そう言って出てきたのは、一目で高価とわかるネックレスだった。センターストーンの紫の宝石は夜空を削り出し磨き上げたように神秘的で見つめるほどに吸い込まれそうに妖しく輝く。



 突然のことに驚き、改めてお客様を見る。そこには壊れそうなほど痩せ細った女の子が立っていた。頬はこけ、血色のない肌はその下を走る血管が痛々しいほどに浮かび上がっていた。そんな中でも金色の瞳や髪は目を引くほど鮮やかで、幼いながらにも美しい姿に釘付けになる。しかし、私がさらに驚いたのはその外見だけではなかった。



「あの、売ってもらえますか」


「お客さん、この後時間ありますか?」


「どうしてですか?」


「倉庫にたくさん不良品があって。キャンディの形が悪いから商品にはできないけど、効果は変わらないのでぜひもらってくれませんか」


「え!いいんですか?」


「もちろん、俺としてもそうしてもらえると助かります」



 『じゃこちらに』と、お客様の人目のない裏路地に連れ込む。誰にも見られていないか確認をしてから振り返り女の子と向き合う。



「…本当にごめんなさい」



 私は一瞬で混濁魔法を発動させる。女の子が意識を失い倒れる前にその体を受け止めると、瞬間移動でその場を後にした。



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