3
あの日から私はセレナ私室で暮らしている。部屋にはアンしか入って来ないが念の為、透化魔法を纏っている。
セレナは勉強や習い事、お茶会などで朝と夜のわずかな時間しか部屋にはおらず、その間はアンと文字や言葉、常識などを学んでいる。
魔法についてはセレナが使っている本を見てみたものの難しく理解はできない。しかし本などなくても、絵本の挿絵で『こんな魔法があるんだ』と認識さえしてしまえば、なんでも発動することができた。一般的には高等魔法とされている、瞬間移動や幻装魔法はもちろん、国でも数人しか使えない創造魔法までも私にとっては簡単なことだった。流石にこれは大量に魔力を消費するので疲れてしまうが、もう少し体が丈夫になったらもっといろんなものを創れるようになるだろう。
「お姉様の透化魔法は完璧すぎるわ。普通は空間が歪んで見えたり、透明になきりれずに少し見えてしまうものなのよ。今は誰もいないのだからお姉様のお顔が見たいわ」
朝起きるとセレナが私の頬をペチペチと叩く。姿は見えていないがおおよその見立てで私の体に触れてくるのだ。
「いつも寝る前は透化を解いてお話しているでしょ」
「それだけでは足りないわ。あ!そうだ、今日はお姉様と同じ髪型にしようかしら。アンお願いね」
「承知しました」
透化を解いて大きな鏡台の前に二人並んで座る。アンの柔らかい手が迷いなく動き、あっという間にお揃いのシニヨンにしてくれた。『セレナ様の癖のなく柔らかな髪質はルナベル様に似たのですね。ふふ、お二人とも本当に愛らしいです』と言うと、アンはセレナと一緒にクローゼットの方へ移動した。この後セレナは伯爵様や夫人と朝食を一緒に食べるのだ。
鏡台の前で一人まじまじと自分のことを見つめる。セレナの私室で暮らすようになってから、私の体は格段に回復し、ご飯もスープだけではなく固形物も食べれるようになった。それに毎日お風呂にも入り、その度にアンが体の隅々まで磨き上げるので髪や肌が艶を持ち始めている。アンはそれ以外にも一日中私の相手をしてくれるし、本も読み放題でどんどん知識や情報を吸収している。
これまでのことを考えると、今の生活はあまりにも恵まれている。優しくしてくれるセレナとアンのことを考えると心が温かくなるが、それと同時に分不相応ではないかと感じ、そう思い始めると抜け出せない負の思考のループへと囚われていく。
私とセレナは顔は本当によく似ていた。とういことは私も伯爵家夫妻に似ているといことだ。
セレナは両親からとても愛されてた。私がこんな目と髪色じゃなければ、きっと私も愛されていたのだろう。それに今は妹のセレナに守られて生きているが、いつまでもこんな生活が続くわけない。
私がセレナと同じ色を持って産まれてきてさえいれば、あんな扱いを受けることなく、不安もなく、普通に暮らしていけたはずなのに。どうして私はあの魔女と同じ色なんだろう、どうして、こんな…
ーーーパリン
「キャ!」
「セレナ様!ルナベル様!」
セレナの叫び声ではっとする。私は感情が昂ると魔法が暴発してしまうことがあるのだ。これまでは部屋の備品が壊れていたのだが、今回はセレナの愛用している香水が割れてしまい、鏡台や周りの化粧品を濡らしてしまった。
「ごめんなさい…!私また、魔法が勝手に、、」
「お怪我はないですか?…まあまあ、また眉間に皺が寄っているわよ。美しいお顔に皺が刻み込まれたらどうするの?」
セレナは私の眉間に指を当て「伸ばさなきゃね」と言って擦り始めた。その間にブルブルと体が震え始める。
「セレナ…ごめんなさい、お気に入りの香水だったのに、わたし、ほんと、わざとじゃなくて…!」
「…そうね、お姉様。これはお気に入りの香水で明日のお茶会でも使いたかった物よ」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「だからね、今から一緒にお買い物へ行きましょう!」
====================
「こんなことして、本当にいいのかな」
「もーお姉様ったら気にしすぎ!たまにはいいのよ、息抜きぐらい」
セレナは具合が悪いと嘘をつき、私と一緒に領地に遊びにきた。セレナの部屋には認識齟齬の魔法をかけたのでベッドで寝ているように見える。しかし会話などはできないのでアンが看病しているという体で見張ってはいるが、正直不安だ。
ソワソワと落ち着かない私をよそに、セレナは『ここの海鮮串とっても美味しいのよ』と手を引き、走り出す。
ここクロノア伯爵領は西の外れにあり海に隣接している。その恵みを活かした観光地として有名であり、海からほど近いメインストリートには露店がズラーと並んでいて、セレナは定期的は領地に遊びに来ているらしい。
「おじさん、いつのもちょうだい!」
「おやお嬢さん、おじさん最近物忘れが激しくてね、前もこの店に来てくれたのかい?」
「あ、忘れていた」と言わんばかりにセレナが目を泳がす。私の幻装魔法で髪と目の色を茶色に変えているので誰も領主の娘だとは気がつけない。
「…もう、おじさんたら忘たの?こんなに可愛いお客さんを忘れるだなんて、客商売として失格よ!」
「ははは!こいつは失礼。妹ちゃんの分サービスするから許しておくれ」
おじさんから海鮮串を二本受け取ると、一本を私に渡し、セレナはガブっと齧り付く。見様見真似で私も齧り付くと、肉厚なエビの身が弾け、噛む度に塩気と旨みが押し寄せてくる。
「おいしい…!」
思わず頬に手を当てる。ほっぺたが落ちそうだとはよく言うが、本当に落ちそうになったのは初めてだった。
「でしょ!!まだまだいきたいお店たくさんあるのよ」
セレナは踊るように人混み中を掻き分け進んでいく。『あの店もこの店も』と目を輝かせながら、私の手を引きグングンと進んでいく。太陽が照りつけ汗がポタポタと垂れ、それを見たセレナが『オレンジジュースを飲みましょう』と言い、グイッと方向転換をした。
店員さんは日焼けした恰幅が良い女の人で『仲良しの姉妹ね』と言って笑いながら頭を撫でてくれた。ここに来てから感じる他人の優しさにこそばゆい気持ちになる。
最初は初めて見る外の世界が怖くてビクビクしていたが、次第に緊張も解けゆっくりと当たりを見回してみる。
どこまでも続いているような澄み切った海、こんなに濃い潮の匂いも初めて嗅ぐ。人々の熱気と無数の声が溶けて出したような雑多な街。こんなにも汗まみれで、お腹がいっぱいで、疲れたことが今まであったのだろうか。
「楽しいわね」
「え?」
「お姉様と一緒に街に来れて楽しい!」
「…楽しい」
ーー楽しい、楽しい、私、今楽しいんだ。
「セレナ」
「なに?」
「私を連れて来てくれてありがとう、こんなに楽しいの生まれて初めてよ」
セレナが目を見開く。そしてバッと下を向き唇を噛み締める。
「…また街に行きましょうね」
「うん。今度は私がセレナに何かご馳走してあげたい」
「楽しみにしていますわ」
「セレナって泣き虫よね」
「…お姉様、おいて帰りますわよ」
ふふと私の笑い声が聞こえる。私ってこんな風に笑うんだ。だなんてどこか他人事のように思う。セレナはますます泣いていたけれど、私は今日の日の感動を絶対に忘れないと思った。




