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 ゆっくりと、しかし確実に会場の中心に向かってエスコートされる。

 周りの音が何も聞こえなくなるくらい心臓がうるさい。呼吸もうまくできず、足もふらつき、目の前がグラグラと揺れる。

 


(レオリオン、お願い、やめて。人前に出るのは本当に嫌なの)



 お互いにつけているピアスで切に訴えると、ヒョイっと抱き抱えられる。いつもの硬い胸や腕に囲まれ、シダーウッドの匂いに包まれるとホッと息をつくことができた。もうすっかりここが落ち着ける場所になってしまったようだ。


 

(怖い思いさせてごめんね。でもきっとルナベルにとっていいことが起こるよ)


(ねえ、このピアスのせいで私が月蝕の魔女ってバレっちゃってるの。あなたがそう仕向けたなのでしょう。もうこれでお終いよ。あなたとは二度と会わない)


 

 そう伝えると返事はなく、何事もなかったように歩みを進めるレオリオン。為す術無く連れてこられた会場の中心で何が起こるのか全く予想がつかなかった。

 お揃いのドレスやピアスを身につけ、レオリオンにお姫様抱っこされているなど、あってはならないことだ。しかし、極度の緊張で情けないが縋ることしかできなくなっていた。

 


 『大丈夫だから俺を信じて。恐れていることは何も起こらないから』そう囁き耳に口付けをされると、一気にたくさんの人が集まってきた。その全ての視線が私に注がれる。



「少公爵様の愛しき御方、突然のお声がけのご無礼をお許しください。ウィラビー伯爵の妻、ロザリアと申します。ご挨拶の名誉を賜りたく存じ、参上いたしました」


「少公爵様の麗しきパートナーであられるご令嬢。ザック侯爵家のアンバーと申します。本日の素晴らしいパーティの御礼と、ご挨拶を申し上げたく言葉をかけさせていただきました」


「小公爵様の至宝であられるご令嬢、突然のお声がけ何卒ご容赦ください。ビルベック子爵当主ヴァルセルと申します。貴女様にお目にかかる名誉を預かりたく、恐れ多くもお声がけさせていただきました」



 次々と人が押し寄せ、レオリオンに私への挨拶の許可を取っている。今までこんなに多くの人に囲まれたことがない私は慣れない状況に身をすくませてしまった。



「一度にそこまで詰め寄るな。彼女が怯えているのが分からないのか」


「「「申し訳ございません…!」」」



 鋭い眼光が下級貴族の足元に投げかけられる。その場の空気が凍りつき周囲の喧騒が遠のいていく。

 


「大丈夫か」


「何を自分勝手なことを。元はと言えばあなたがここまで連れてきたのでしょう」



 早く帰りたいです。と伝えると俯いた視界の端に小さな靴が見えた。明らかに子どものものだと理解すると思わず顔を上げてしまう。



「あ、あの…!ご無礼をお許しください。……えーっと、僕はランドルフ伯爵家のフレデリックと申します。その、まじょ、あ、違くて…ご令嬢にご挨拶をと思いまして、失礼します」


「え…フレデリックくん?」



 そこには拳を握りしめ大きな瞳を潤ませながら震えている子どもがいた。忘れるはずもない、つい数ヶ月前に魔力過多症を治した少年だった。



「はい!あの、失礼ですがお名前をお伺いしても宜しでしょうか」


「あ、そうね、ル……ベルというのよ」


「ベル様ですか?」


「ええ、そう。ベルというの」


「ベル様!なんて素敵なお名前なのでしょう。僕がこうしていられるのも全てベル様のお陰です。体か苦しくなくて、ご飯が美味しくて、母上とお散歩もできる。今が一番幸せです。本当にありがとうございます!」



 そう言ってフレデリックくんの笑顔が弾けた。艶のある髪の毛、子どもらしくふっくらとした頬。全てがフレデリックくんの健康を表していて嬉しい気持ちになる。思わず頭を撫でてしまった。

 


「もう体は辛くないのね。よかったわ」


「今は魔法を学んでいます。きっとベル様の次に偉大な魔法使いになってみせます!僕、頑張ります。頑張ったその先でベル様の隣に胸を張って立てるようになったら、その時は僕と結婚してくれますか」



 突然のプロポーズに思わず手が止まってしまった。最初は泣きそうで、次は笑顔。そして今は顔を真っ赤にして俯いている。コロコロと変わる表情がなんとも可愛らしい。

 『まさか今日お会いできると思わなくて、次は指輪を用意しますのでまた会ってください』と一生懸命伝えてくる。



「ふふふ、ありがとうね」


「では僕と結婚してくださいますか?」


「それはできない。ベルは俺のものだからな」


 

 チュ、と見せつけるように頬にキスをしたレオリオンはどこか不機嫌そうだ。

 『子ども相手に大人気ない』と言おうとするも、またしても人の波が押し寄せる。



「私も娘を助けていただきました。どうしても御礼が言いたく、決してベル様を怖がらせようとしたわけではありません」


「以前姪を治していただいたのです。姉の忘れがたみで実の娘のように可愛がっておりました。本当にいくら感謝しても足りません。本当にありがとうございました」


「私は領地が水害に会った際に支援していただきました。そのお陰で被害も最小限で済み、今では復興も進み領民たちも飢えることなく生活を送れています。感謝の気持ちを込めて特産品の葡萄酒をぜひお送りしたいのですが、ぜひ受け取ってはいただけないでしょうか」



 私も私も、とたくさんの人が感謝を伝えてきてくれる。さっきは慣れない状況に怖がってしまったけど、よく見ればみんな敵意や嫌悪はなく純粋に私に感謝を伝えたいようだった。

 私がもう『月蝕の魔女』と確信した上で、こんなに好意的に接してくれるのは想像もしていなかったので、これはこれで反応に困ってしまう。



「ベル、気になったことはなんでも言ってみるといいよ。大丈夫、何があっても守ってあげる」



 私を守るだなんて、本当にレオリオンはおかしなことを言う。一体どこに悪党の魔女を守る騎士がいるというのだ。

 でも不覚にも彼の腕の中にいれば安心し切ってしまい、怖いことなんかなかった。

 


 周りの人たちも私の言葉を今か今かと待っている。

 今までにない小さな勇気が生まれる。今ならきっとなんだって言えるような気がした。



「み、みなさんは、私のこと怖くないんですか」



 一瞬にして場の空気が止まった。私の言葉が想定外だったのかキョトンとし、首を傾げている。



「怖い、ですか…?ベル様のことが?」


「はい、だって私は、その、君の悪い見た目をしているでしょう」


「そんなことない!」



 フレデリックくんが私の手を握るとブンブンと首を振っている。



「ベル様が僕の部屋にきてくれた時、体の辛さも忘れちゃうくらい美しくて見惚れちゃったんだ!こんなに綺麗な黒ってあるんだって。そして優しく僕のおでこに手を置いてくれた時、ベル様のことを心から好きになったよ。一回も恐れたことはないです。僕らにとってベル様は女神様のようなお方なのに、そんな風に思って今まで姿を隠されていたのですか…?」



 ポロポロ泣き出してしまったフレデリックくんの涙を拭ってあげる。『まあ、せっかく元気になったのに泣かないで、あなたには笑顔が似合うのよ』と声をかけると『でしたら、そのようなことはもう二度と言ってはいけません!』と怒られてしまった。



「確かに最初は月蝕の魔女と思わせる容姿でしたから、驚きました。しかしすぐに魔力過多症の子を治していると報道が出て、私たちの希望に変わりましたのよ。どんなに心が救われたことか到底言葉などにはできません」


「ベル様は美しいです。今や誰もベル様のことを月蝕の魔女なんて呼びません。今までどう読んだらいいのか分からず『魔女様』とお呼びしていましたが、これかはベル様とお呼びしてもよろしいでしょうか。あんな神話の悪役とベル様を一緒にはしたくないです」


「月明かりの会の連中の行いに相当心を傷められていたようだ。やはりあいつらは許してはおけん。今夜中に本部を打つか」


「そうしよう」


「待ってきださい!月明かりの会は関係ありません!!」



 あまりにも物騒な話に発展してしまい、慌てて止めれば『ここまで心が綺麗な方会ったことはない』『やはり魔女様はお優しい』『月蝕の魔女だなんてとんでもない。聖女のようなお方だ』と次々に聞こえてくる。

 そう言われるのも恥ずかしく『もうおやめください』と言えば『なんとまあ、可愛らしい!』『ああ、本当に可憐でいらっしゃる、それでいて国一番の魔法使い。なんて完璧なお方だ』と何を言っても私への賞賛は止まらなかった。



「ベル様、今度ぜひウィラビー伯爵家でお茶をしましょう。もちろん人は呼びません。最高のおもてなしをお約束いたしますわ。それに、殿方の前では話せな話もたくさんあるでしょう。きっと楽しい時間になります」


「ベル様は侯爵家が一番先にお招きするのだ。ベル様、当領地は大地の恵みが多く当家のシェフも一流の者を揃えております。今度ディナーはいかがでしょうか。姪も喜びます」


「さっきから黙っていれば…。皆ベルの寛大さに甘えるのもそこまでだ」



 『ジェイド』とレオリオンが呼ぶと、どこからともなくジェイドさんが姿を現す。

 


「騒がせてすまなかった。今日はこのまま帰るので後のことは頼んだぞ」


「承知いたしました」


「諸君、よく聞いてくれ。今後、魔力過多症で苦しむ子がいれば公爵家が窓口になるので手紙を送ると良い。それ以外のものは受け取らない。もちろん招待状もだ」



 こうして私たちは騒然とするパーティ会場を後にし、瞬間移動で自宅へと戻ったのだった。



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