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「待っていましたよリナさん!その節は本当にありがとうございました」
「ジェイドさん!ご無沙汰しています」
数日後、私はショコラティ・ノワールを訪れていた。
ジェイドさんはいつものコックコートの姿ではなく、黒のスーツを着こなし、髪も後ろに撫でつけたオールバックでかなり雰囲気が変わっていた。
「今日のジェイドさんとっても素敵ですね」
「ありがとうございます。今日はお店の周年パーティですからね。気合い入れました」
へへへ、と指で頬を掻き、照れくさそうにしているジェイドさん。
店内が装飾されているだけではなく、お店の前の道も整備され、たくさんのテーブルが用意されていた。
「ジェイド」
「レオリオン様!ようこそおいでくださいました」
現れたレオリオンはとても麗しく着飾っていた。体に美しく沿う濃緑のテーラージャケットは無駄を削ぎ落とした端正な仕立てで、襟元にはアスコットタイがゆったりと結ばれている。金の飾り鎖が優雅な弧を描いて胸元を彩っていた。
「レオリオン様、お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました」
「リナ、ジェイドの前でそんなに畏まらなくていい、気楽に話して」
「レオリオン様からとても賢いご令嬢がいるからぜひケーキのアイディアを聞いてみるといい、と言われ反半疑でしたが…オレンジピールのお話は本当に革新的でした」
「とんでもないです。ジェイドさんの確かな腕があったからこそ実現できたケーキなので。私は何もしていません」
「そんなに謙遜しないでくだい。今日はリナさんと一緒に作ったケーキのお披露目もあります。このパーティは一度ご来店頂いたお客様ならどなたでも参加できる気楽な会ですので、もしよかったらぜひパーティも楽しんでいってください」
『ありがとうございます』と伝えると、たくさんのケーキと紅茶が乗ったワゴンをウェイトレスが運んできた。それをレオリオンが受け取ると『行こうか』と言って歩き出した。
案内されたのは店の奥にある一室だった。質のいいソファが置いてありローテーブルもある。どうやら応接室のようだ。
「ありがとう」
「ここには誰も来ないからゆっくり楽しんでね。俺は今から会場に戻ってオーナーとして顔を出さないといけない。何かあったら通信魔法で教えて」
レオリオンが私の髪をかき分けると耳たぶをちょんっと触り、会場へ戻っていった。
そう、私の耳たぶには例のピアスが付いているのだ。結局あの夜は散々にせめたてられた後、気絶したように眠ってしまい、朝起きたら耳についていたのだ。硬い保護魔法がかけられれおり、取り外すことも壊すこともできないでいる。
もうすぐパーティが始まるらしく、エントランスの方がガヤガヤと騒がしい。
早速ケーキを頂くことにした。三人で試作した時にジェイドさんが見せてくれたメモをそのまま具現化したようなオレンジの花が咲くケーキは、黒いチョコと瑞々しいオレンジ色の対比が美しい。口に運んだ瞬間にチョコが溶けだし濃厚なカカオのほろ苦さが広がる。しかしすぐにフレッシュな果汁と混ざり合い、後味は甘味でフルーティな余韻。食感も楽しく、オレンジピールの苦さもいいアクセントになっていた。
自分のアイディアを完璧にケーキに落とし込み、なおかつこんなにも美味しいケーキを生み出すジェイドさんはどんな魔法使いよりもすごい。もうため息しかでなかった。
美味しすぎてバクバクと食べてしまいそうなところを、強靭な理性で制しゆっくり時間をかけて堪能した。
このケーキの一番の功労者は間違いなくジェイドさんなのだが、アイディアを提供した身として、おこがましくも他の人たちの感想が気になってしまった。
少しだけなら盗み聴きしてもいいだろう。
そう思い魔法を発動させる。一般的なパティスリーの周年パーティの規模感など分からないが、それにしても随分と会場が盛り上がっているように感じた。
『新作のケーキも素晴らしい』『今までに食べたことない食感と味いだな』『今度行うお茶会で出したい』と、次々と好評の声が届き嬉しい気持ちになる。
笑みを堪えながら次はどのケーキを食べようかと品定めしていると、思わぬ声が耳に届く。
『先日の夜の祝福で魔女様が金色のピアスつけていたのよ。これはもう恋人同士で間違えないわ』
『少公爵様は黒色のピアスをつけているものね』
『普段ならもっと小規模の周年パーティだったと思うのだけれど、大物貴族がたくさん来ているようだし、皆狙いは同じね』
『お互いの瞳の色のアクセサリーをつけているのは事実上の婚約者ってことになるけど、そもそも魔女様ってそのことを知っているのかしら、平民って噂もありますわよね?』
『なんにせよ小公爵様片思いが実ったてことね。見てみてあの笑顔。あんなに機嫌のいいお姿は初めて見たわ』
『少公爵様って魔法騎士としての評判はいいし、お顔も地位も申し分ないのだけれど、なんかどこか冷めているというか、目の奥は笑っていないというか』
『ええ、わかりますわ。魔女様にはもっと相応しい方がいると思っていたのだけれど、あの笑顔を見てしまうと、魔女様を本当に愛してらっしゃると伝わりますわね』
『思わず見惚れてしまいます』
次々と聞こえてくる噂話にサーっと血の気が引く。
俗世から離れ暮らしている私が瞳と同じ色のプレゼントにそんな意味があるなんて知るわけもなく、またしてもまんまとレオリオンにしてやられたのだ。
ここの噂はどこまで広がってしまっているのだろう。こんな王都のど真ん中、レオリオンが経営しているお店のパーティでこんな噂話をするくらいだ。きっと国中がこの噂で持ちきりなのだろう。
このままではいけない。今だにレオリオンは私に対する興味が引いておらず、変わらず毎日我が家に来ては甘い時間が続いている。
二人でいる時はずっと家の中で過ごしているので、このままレオリオンが飽きるまで流されようかと思っていたが、とんでもない。レオリオンの策略に落とされ続ければ、いつしか結婚を余儀なくされる状況にまで持っていかれてしまいそうだ。
そんなこと絶対にあってはならない。見目麗しい天才騎士に月蝕の魔女など相応しくない。
悪党は悪党らしく去り際が肝心なのだ。
もうすでに噂になってしまっている以上、この火種を鎮火させるにはどうしたらいいのだろう。
そうだ、魔女は平民だとなんとかして伝えかれないだろうか。そしたらあのピアスの意味を知らなかった、だから婚約などしていないと伝えられれば少しは落ち着くはずだ。
でもどうやって?まさか月蝕の魔女として会場に行くわけにもいかない。
でもこのままじゃ月蝕の魔女とレオリオンの間違った噂が広まり続け、レオリオンの名声に傷がつくかもしれない。
焦った思考ではまともな考えを出すこともできない。
ここで悩んでいてもしょうがない、もうここまできたらやるしかないのだ。
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「あのすみません」
「はい、なんでしょうか?」
「少しお話したいことがあるので、こちらに来ていただいてもよろしいでしょうか」
私は悩みに悩んだ末、リナからまた姿を変え会場に足を踏み入れた。
ドレスアップは会場のご令嬢の参考にし適当に創造魔法で作り上げたが、所詮偽物なので、安っぽく田舎から出てきたようなやぼったい令嬢にしかなれなかった。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。
私は先ほど盗み聞きさせてもらった三人の令嬢のうち一人が化粧室に行くのを待ち、そのタイミングて声をかけた。何がなんでも『魔女は平民』だと伝えなければならない。
「どうかされましたか?もしかして体調かよろしくなくて?」
明らかに怪しい私にも嫌な顔せず、こんなにも優しい言葉をかけてくれる彼女に感謝する。きっと今から話す私の話もわかってくれるだろう。
「実はどうしてもお伝えしたいことがありまして」
「なんでしょう」
「実は、私の妹が以前月蝕のまじ」
「ここにいたのかい、随分と探したよ」
「なっ」
「少公爵様!」
どうしてなんでレオリオンがここにくるのだ!!
化粧室の前の廊下で、男性どころか人があまり通らないこの場所に、お店のオーナーで忙しくしているレオリオンが来るわけがないと踏んでいたのに。
ギリっと睨みつけるも、なんてこはないように私の腰を引きエスコートを始める。
「少公爵様のお連れ様でありましたか」
「いえ、違います」
「全く素直じゃなくて困ったものだよ。私が送ったドレスも着てくれなくてね」
「誰かと勘違いしているのではなくて?」
「すまないね、ダーデン子爵令嬢。話中のようだか彼女は返してもらうよ」
そう言ってとろけるような笑みを溢せば、顔を真っ赤にして何度も頷く彼女。
突然、レオリオンがパチンと指を鳴らす。
たちまち私が身につけていた安っぽいドレスが姿を変える。深い森を閉じ込めたような濃緑色のアフタヌーン・ドレスはレオリオンのタキシードと色が揃っていた。肩を優雅に露出させるオフショルダーの仕立てが白い肌を際立たせ、体に沿う流麗なシルエットは女性らしい曲線を上品に描き出していた。
耳を隠すようにただ下ろしていた髪の毛は、首筋に流れるように優雅なローポニーに結い上げられてしまった。
「金のピアス…!」
一瞬のことで何も抵抗もできず、完璧な公爵様の恋人の装いにさせてしまった。
もうこの姿を人前で晒してしまったが最後、私は打つ手もなく、エスコートという名で会場の中心部に連行されたのであった。




