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 私、クロノア・ルナベルが産声を上げた時、全てのものが天井に張り付いたという。

 医療機器も布もカーテンも産んでくれた母の体も自身の体も血も、そう全てが。



 優秀な魔法使いが多く住むここベルグラン王国。

 この王国には誰しもが知っている有名な建国神話がある。膨大な魔力をもつ『月蝕の魔女』。極悪非道なこの魔女は国を乗っ取ろうと画策するも、当時の王族が命懸けで討伐する。それが今の国の繁栄に繋がっているというありきたりな話だ。

 しかしこんな話でも童話化までされ、老若男女全ての国民が知っているとなると、その神話の内容は共通概念となり、常識となる。

 黒(・)い(・)色(・)を(・)待(・)つ(・)魔(・)法(・)使(・)い(・)は(・)、(・)恐(・)ろ(・)し(・)い(・)悪(・)党(・)、なのだと。



 夜に現れ月をも蝕んでしまう、瞳も髪も真っ黒な絶対的な悪『月食の魔女』

 そんな魔女とそっくりな私は、産んでくれた母親からも疎まれてしまうのはどうしようもないことだった。

ましてや神話通りに膨大な魔力まで持っていたので、出産時に力が暴走し大惨事となったのは流石に両親やその場にいた人たちに同情する。

 ーーまあ、私があの人たちのことを親と呼んでいいか分からないけども。



 阿鼻叫喚の出産を終え、両親は私を物置に放置した。まだ目の開かない赤子を。

 「呪われるの嫌だからできれば勝手に死んで欲しい」という両親の願いも虚しく、私はその場にいるだけで生きることができた。

 体は清潔を保ったまま、飢えることもなく、身の回りのことは自然と使えた魔法により最低限は維持されたのだ。とは言っても体は痩せ細り、意思や自我は消失し、ただ息をする植物のような状態だったので尊厳的な意味では死んでいたのだけれども。


 そんな私に両親や使用人はますます気味悪がったが、誰にもどうすることもできなかった。






 そんな私にも唯一家族と言える大切な存在がいた。妹のセレナだ。

 初めて会ったのは私が八歳の頃、突然セレナが物置に現われたのだ。一歳違いの彼女は、父と同じ陽が透けるような美しい榛色の髪の毛で、くりっとした目に頬はピンク色。そんな愛らしいセレナは寝ている私の顔を覗き込み、しばらくは呆然としていたのだが、次第に可愛らしい顔を歪めボロボロと大粒の涙を流して泣き始めてしまったのだ。七歳の小さな手では受け止めきれない涙が溢れ落ち、顔中がびしょびしょになる頃、彼女は脱兎の如く走り出し、自室から布団やらお菓子やらを持ち出し私の隣にどさっと置いた。

 そして優しく私の腕を掴み、体を起こすとそのままぎゅと抱きしめたのだ。



「ごめんなさい。ごめんなさいお姉様…!」



 そう繰り返し泣き続ける彼女を見ても、何も考えることのできなかった私はただ妹の涙を肩に受けていた。







 この日を境にセレナは毎日物置に来ては甲斐甲斐しく私の世話をするようになった。



「おはようございますお姉様。今日はとっても天気がよくて庭のお花も綺麗に咲いていましたわよ」



 そう言って物置の窓を開け、陽の光を入れる。庭から採ってきただろうお花を窓際に飾り、返事をしない私に話しかけてくる。セレナの侍女が私の体を起こし支えると、セレナがワゴンからスープを取り出し、無理やりスプーンを口に突っ込んでくるのだ。

 その後は二人で私の体を清潔なタオルで拭き、絵本を何冊か読み聞かせをする。最後は『愛しています、お姉様』と言い、おでこにちゅ、と口を寄せて帰っていく。そんな温かい毎日が二年ほど続くと私も次第に人間の心を取り戻していたった。


 さらには私が持って生まれた膨大な魔力について、今までは勝手に生命維持にフルベットされていたのが、セレナが世話をしてくれるようになってからはその分の魔力が浮き、簡単な魔法なら使えるようになっていたのだ。

 魔法も一般的にはどうやって発動させているのか分からなかったが、私の場合は強く願うだけでよかったのだ。







 セレナの献身が始まって二年、私は自分の置かれている状況を理解しようと思い、魔法で屋敷中の使用人の話を聞くようになっていた。分ったことは、ここはクロノア伯爵家、長女である私を育児放棄、当主は三十二歳夫人三十一歳、次女のセレナとの関係性は良好、家令や執事の配置、使用人の数。

 そして私、名前はルナベル。夫人が妊娠中に考えていた名前らしい。おそらく十歳、建国神話に出てくる『月蝕の魔女』によく似ており、この伯爵家だけでなく国中の嫌われ者。魔力量は使用人の平均値から見てもかなり多め、魔法のことはまだ分からないことが多い。

 集中して必要な情報を整理していると、トントンと扉がノックされ『お姉様、入りますね』とセレナが顔を出してきた。



 この頃の私の悩みは、セレナにどう話しかけ始めたらいいのか分からないことだった。

 初めの頃は植物のように意思も自我もなかったので、されるがままに世話を受けていたのだけれど、最近は、はっきりと自己を確立し、考えることもできる。『ありがとう、もう大丈夫だよ』と話しかけて安心させてあげたいのだが、タイミングもきっかけもわからない。

 そして何より恥ずかしいのだ。一歳しか違わないが、妹に世話をしてもらう姉がどこにいるのだろう。

 セレナが読み聞かせしてくれていた童話でも、姉は妹の憧れであり頼りになる存在であったのに、まるで私の方が妹みたではないか。いや妹というより、何もできない赤ちゃんのような、ペットのような…。



 心の中は恥ずかしさでてんやわんやしているのにそれをおくびにも出さず、いつもの通り無反応でやり過ごす。今更どうすればいいのか、このままずっとセレナに世話をさせ続けるわけにもいかなし…。

 アンが私の体を優しく起こし、セレナが日課である髪の毛を優しく櫛でときながら笑顔で話しかけてくる。


「お姉様の黒髪はいつ見ても神秘的で美しいわ」「だいぶ肌艶も良くなってきているわね」「今日のスープは料理長の自信作みたいよ」「こうしてみると本当に私たちってよく似ているのよ、お姉様が目を覚ましたらもっと似ているでしょうね」「今日の絵本はこれにしてみたの。『ちょうちょの郵便屋さん』」


 持ってきた絵本の読み聞かせを始めると、鈴を転がしたような愛らしい声は心地よく私の鼓膜を揺らしていく。



 改めて物置を見てみると、殺風景だったここはいつの間にかセレナが持ってきたおもちゃやぬいぐるみで溢れかえっていた。特にぬいぐるみが多く『お姉様が寂しくないように』と、ことある毎に持ってくるようになっていたのだ。



 いくら膨大な魔力があるとはいえ、あのままだったら死んでいくだけの私に、命と心を与えてくれたのは間違いなくセレナの献身だ。正直そのまま死なせてくれと思った時期もあったけれど。けれども、セレナの可愛い笑顔を見るのは私の生き甲斐になりつつある。

 きっとひょんなことから私の存在を知ったセレナは当時の惨状を見てひどく傷つき同情したのだろう。だからといって、幼い少女が行える介助の限界を超え、尽くしてくれた。その優しさが私に命だけではなく心を与えてくれたのだ。



 パタンと絵本を閉じ、いつものように『今日も愛しているわ、お姉様。またすぐ来るわね』と言っておでこにキスをしようと顔を近づけ、私の頬に触れてきた時、セレナの右手が包帯で覆われていることに気がついた。

 チュ、と唇が触れた瞬間にポワっと右手が光に包まれる。



「なに…これは……!?」



 私も何が起こったのか分からないでいたが、『セレナの手が治りますように』と願ったので無意識で魔法を発動させてしまったのだろう。



 初めて目が合う。こんな時になんて言ったらいいのか、私にわかるはずもなく、パッと思いついたのが一番最初にセレナがしてくれたようにぎゅっと抱きしめることだった。



「…あ、ありがとう、セレナ」



 抱きしめても反応がなかった私は焦ってしまい生まれて初めて喋ってみることにした。声は震えるし、きっとイントネーションも間違っているだろう。



 しばらくするとセレナが声を上げて泣き始めた。たくさんの涙が私の肩を濡らしていく。

そうすると私も妙な気分になり、涙が溢れてきた。そして気がつけばお互いに抱きしめ合いながらワンワンと泣いてしまっていた。



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