17
「今は五年も追いかけた月蝕の魔女を見つけて嬉しくなっているだけだよ。きっとそのうちに飽きるわ」
「そんなことない。それに俺が探していたのは月蝕の魔女じゃない。ルナベル本人だ」
「どっちでも同じよ。私はね、産まれてすぐに八年間も物置に放置されたの。まだ目も開いてない赤子が何もせずに八年間生き続けたの。人というにはあまりにも道を外れている。そんな化け物誰が好きになるのよ」
レオリオンの胸をドンドンと叩き『離して』と訴える。
今まで静かに息を殺して生きてきたのに、昨日から感情の昂りが激しくて心が全くついていけてない。でもレオリオンの目を覚まさせなければならない。かなりひどい言葉だったがもう止まらなかった。
「もう、昨日からずっとわけが分からないわ。レオリオンと出会ってからはずっとこう。意味の分からない言葉で人を惑わすのもいい加減にして。人をおもちゃにするのはやめて」
「ルナベル」
「私にはセレナだけよ。あんな枯れ枝のような死にかけた魔女に人の心を与えてくれた。セレナだけが私の家族で私の全て。たかが一度姿を見ただけで一目惚れ?愛している?何も知らないくせに、もうほっておいて。私が必死に築いてきた平穏な暮らしを壊さないで!」
私は瞬間移動を発動させ、レオリオンを遠くに飛ばす。予想通り数秒で戻ってきたレオリオンの周りに結界を張りその中にありったけの攻撃魔法を放つ。
ドゴォンという爆発音、結果内は燃え盛る炎と煙で充満しており常人ならひとたまりもないだろう。
しかし、彼の言っていたことは正しかった。
本気で傷つけるつもりで放った攻撃魔法をものともせず、炎や煙、そして結界までもシュルシュルと手のひらに吸収し現れた姿には傷の一つもついていなかった。
私と張り合える天才。
その力を見せつけらても怯むことなく次の魔法の準備をする。
私を愛しているだなんて、もう二度と言わせない。
「そんな睨んだって可愛いだけだぞ」
「なっ!またそうやってふざけたことを!!」
思わず反応してしまった。その隙にシュルシュルと足元から蔓のような草が登ってくる。
こんなもの私には何の意味のない、と焼き払おうとするも魔法を込めれば込めるほど蔓は太く絡みつき花を咲かせた。
「何これっ、動けない…」
「魔力を糧に成長するんだ。…どう?月蝕の魔女をいとも簡単に抑え込めたけど、これでどっちが強いか分かったよね」
「こんな、こんな魔法…!」
「ねえ、ルナベル。昨日は同情で俺に抱かれただろう。一回だけ姿を見せれば俺が満足すると思って」
同情、だったのだろうか。
昨日はお酒に酔っていたということもあり、勢いに任せて彼の言う通り“ご褒美”をあげてもいいとは思った。私のあんな姿を見せることでレオリオンの気持ちに報いることができるならそれでいい、と。
「それでもいいんだ、ルナベルが俺のそばにいてくれるならなんでも。そもそも優しさに漬け込んでそうさせたのは俺だしね」
「もう何も聞きたくない、これ以上私を混乱させないで」
「でもな、今のこの状況を考えてみて?こんなに簡単に捕えられてちゃってどっちが化け物なのかは目に見えてわかるだろう。この国で一番強いのは俺。ルナベルはこれまで通り静かな生活を送りたいなら俺のいうことを聞かないといけない」
「なに、私を脅すってこと?」
「まあ。そうなるかな」
「あなたって私のこと好きなのよね?好きな人を脅すだなんて聞いたことないわ」
「俺だってそんなことしたくないけど、同情されたままよりかは幾分マシだ。生まれて初めて真剣に告白しても取り合ってくれないし、もうお手上げなんでね」
「月蝕の魔女に告白だなんて、まともに取り合う方が無理よ」
「“月蝕の魔女”にね。俺は“ルナベル”に告白したんだけど。でも、まあそれでいい。俺のこと愛してくれなくても、今はただ側にいさせて」
「いやよ!もうあなたには会いたくない」
もう、何が何だかわからなくなってきた。
言語化できない感情が涙となって溢れ出す。今まで一度だって泣いたことはなかったのに、よりにもよって人の前で泣いてしまうだなんて。早く泣き止みたいのに、どうしてこの男は私の感情をここまで乱すのだろう。どうしてこんなにも涙が止まらないのだろう。
「そうだそれでいい。なんで嫌いかそのままぶつけてみて。今まで我慢してきた分、なんでも」
レオリオンの親指が私の涙を追う。
私を脅すと言ったくせに指も視線もその体温すら昨日と変わらず優しく、ますます涙が溢れてきてしまう。
「嫌いよ!嫌い、レオリオンなんて大嫌い、変なことばっかり言って、意味がわからなくて、真面目に聞いているこっちがバカみたいになる。一度姿を見せたんだからそれで満足して、早く私のことなんて忘れなさいよ!」
「ごめんね、あまりにもルナベルが可愛すぎて忘れられそうにない」
「どうせそのうち可愛い婚約者とか見つけてくるくせに。やっぱり魔女は気持ち悪かったて、そう思うに決まっているのに」
「それだけは絶対にないから。あと、いくら本人でもルナベルのことを悪く言わないで、許せないよ」
「いくらでも悪く言ってやるわよ。私なんて人の道理から外れたとんでもない化け物だわ」
「化け物じゃないけど、人の道理からは外れているかも。どんなに俺が真剣に告白してもまともに取り合ってくれないし。それにいつも遠くに飛ばしてさ、本当に酷いよ。あれ帰ってくるの大変なんだから」
「次は手足縛って海にでも落とそうかしら」
「ルナベルがやりたいのなら、いいよ」
「はあ、もう考えるの疲れた。もう本当に嫌い。どっかいって」
『んー無理』といい、パチンと指を鳴らす。すると私を捉えていた蔓が消え、私は再びレオリオンの腕の中に収まる。
目尻に残る涙の後に唇を寄せ『泣き顔も可愛い』と囁く。
「逃げたって無駄だからね。俺にはとびきりの追跡魔法がある。ルナベルはこのままずっと俺に脅されていて」
もう勝手にしてと呟き、昨日からの疲れもあってか私は目を閉じた。
そのうち、レオリオンも嫌という程に思い知るだろう。
月蝕の魔女が世間からどう思われているのか、どんなに疎まれ嫌われているのか。どう足掻いたって建国神話からの深く根付いた悪党の印象は消えない。私と並んで歩いたら、人々の興味や好奇心が悪意となって降りかかってくるだろう。いつまでも付きまとう呪いのように、決して消えることのない枷となり、レオリオンの輝かしい未来を阻むのだ。
そして、いつかはレオリオンも愛想がつく。普通の人と結ばれればよかったと、いっときの勢いで魔女なんかに告白しなければよかったと。
でも、今レオリオンの気持ちは今が一番盛り上がっているのだろう。だからきっと何を言っても意味がないと、これまでのレオリオンを見ていた経験からも分かる。
きっと今だけの話だ。レオリオンの目が覚めるまでの束の間の時間。
だから今だけ、今だけは何も考えずにこの男に流されてしまおうと思ってしまったのである。




