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 着いたのはお店の個室のようだった。レオリオンがエスコートしてくれ席に着く。軽く灯りを落とした店内にはオレンジ色の魔法灯が静かに揺れていて、深い色の木材が落ち着いた温もりを醸し出していた。潮風を思わせる香草がセレナと歩いたあの海辺を思い出させ懐かしい気持ちになる。それにしても海鮮料理だなんて、またしても私の好きなものだ。

 他のお客さんの賑わいが遠くで聞こえるのでVIP専用といったところか。それにしても連絡もなしにいきなり個室に飛ぶなど、いくら身分が高いとはいえできることなのか?

 なんだか所々に違和感を感じるもまあいいか、と受け流す。



「ではお話しください」


「リナ、気が早すぎるよ。それにまずは食事を楽しもう。ここのお店の料理とお酒は絶品なんだよ」

 


 ウェイターが乾杯酒を運んできた。無駄のない動きで琥珀色のお酒をグラスへと注ぐ。『乾杯』とレオリオンの一言でグラスを重ね、澄んだ音を響かせる。初めてのお酒に思わず身構えてしまうが、レオリオンが『甘い蜂蜜酒だよ、度数も低いし安心して飲んでごらん』と言うので、恐る恐る口に入れる。

 月光を溶かし込んだような淡いお酒は、極上の甘さを携え下の上で弾ける。アルコール特有の癖はなく、とても美味しいジュースと見分けがつかないくらい、飲みやすく美味しかった。

 


 私が一口飲んだのを皮切りに料理と次々と運ばれてくる。新鮮な海魚や貝、海老を贅沢に使ったものばかりだった。瑞々しい貝の旨味、香草と酒で蒸した白身魚、どれも絵画のように美しく盛り付けられ目でも楽しませてくれた。

 次にきた葡萄酒も魚介の繊細な旨みを邪魔しない澄んだ味わいだった。軽やかな飲み口で後味は甘い。料理もお酒も絶品でもう一口、もう一口と求めてしまう。


 

「リナを喜ばせるには美味しいものが一番だね」


「食い意地がはっているとおっしゃりたいのであればその通りです」


「怒ったのかい?そう言いたいのではなく、可愛いという意味だよ」


「まあ、こんな平民にそのような言葉など身に余りますわ。おやめください」


「顔が赤いけど」


「お酒のせいです」



 グラスを傾ける度に世界の輪郭が少しだけ柔らかくなる。琥珀色のお酒は少しずつ理性の壁を溶かし会話の距離まで近づけていった。

 レオリオンも楽しそうに笑いながらグラスを空けていく。どんどんとお酒が進み心地よい酔いが全身を包み込むとふわふわと浮いているように感じられた。



「本当に変わったお方ですよね」


「僕のことかい?」


「どこの世界にこんな平民と食事をして楽しむ貴族がいるというのですか」


「まあ僕は生粋の貴族という訳ではないからね、半分は平民の血だ」



 突然のカミングアウトの目を見開く。



「驚かせてごめんね。だからそんな畏まらないで気楽にして欲しんだ」


「公爵家の跡取りとして今まで立派に責務を果たしてきたのでしょう?生まれなど関係ありません。それに誰にどんな血が流れていようが、そのことが理由で品位が下がることはないと思っていります」


「硬いなあ、そう言うことじゃなくてもっとリナと仲良しになりたいってことだよ」


「仲良し、ですって?」


「そう、貴族と話すのは疲れるよ。言葉遣いや所作、礼儀作法。意味のない腹の探り合いの毎日でもう懲り懲り」



 やけに私に絡んできたのは平民時代を懐かしんでのことだったのか。それにしても平民など私意外にもたくさんいるだろうし。『仲良し』だなんて幼稚な言葉のチョイス、本当におかしな人だ。



「リナって本当に真面目だよね。なのに抜けているところもあってそこが本当に可愛い」


「私が抜けている?」


「うん。だいぶね、抜けているというか、迂闊」


「迂闊…」


「なんだかんだで、美味しいものに釣られてこんなところまでついてきてしまう。迂闊以外何者でもないよ」


「そんな迂闊な私にレオリオン様の秘密など話しても良いのでしょうか、うっかり新聞社の前でお話してしまうかもしれません」



 今までそんなこと言われたことがなく、これまでのレオリオンとの会話を思い出してみる。そもそも迂闊となんだ。何に対しての迂闊なのだ。そんなこと月蝕の魔女(私)と対峙している時に剣を持ってこない彼に言われたくない。



「また顔に出でいるよ、拗ねたの?」


「先程から食い意地が張っているとか、迂闊だとか、悪口を言われたら誰でもこうなります」


「悪口だなんてとんでもない。僕はそんなリナだからこそ相談に乗って欲しかったんだよ」


「…では食い意地の張ってる迂闊な私に相談とはなんなのでしょう、お生まれに関係のある話なのでしょうか」


「少しは関係あるかな、彼女に出会った時は平民として過ごしていたときだから」


「彼女?」


「僕の好きな人さ」


「まさか恋愛相談しようとしてます?」


「うん」



 思わぬことにゲホゲホと咳き込む。そんな私にお構いなく話を続けるレオリオン。



「待って、待ってください!」



 これはとんでもないことになった。恋愛相談?私に?

 咳き込んだ喉をお酒で流し込み、息を整える。冷静になろう、やはり月蝕の魔女が好きというのは油断させて討つための嘘だったに違いない。今から私に相談する相手こそ本当に好きな人なのだろう。



「高貴な身分の女性の好みなど分かりません」


「いいや、リ(・)サ(・)に(・)し(・)か(・)分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)。僕の好きな人は月蝕の魔女と呼ばれている女性のことだからね」



 もう本当にいい加減にして欲しい。なんなんだこの男。いつものように地の果てまで飛ばしてやろうか。



「なぜ、月蝕の魔女の好みが私にしかわからないというのです。そもそもっ…」



 そう言いながら途端に強烈な違和感が襲ってきた。

 さっきレオリオンはなんて言った…?『平民の時に出会った』と言ってはいなかったか?



 酔った頭をフル回転させる。

 魔力過多症や魔素侵食症を起こす平民は多くない。あの中にレイリオンがいたと言うのか。いや、まさか、こんな整った顔で黒髪に近い髪色の少年を忘れるはずがない。そしたら孤児院や自然災害支援の際の可能性もある。待て、私が祝福を始めたのは五年前、支援を始めたのは三年前、あれ、レオリオンって今何歳だっけ?



「俺(・)としても自力で思い出して欲しいな、ほらよく見て見て」



 レオリオンが私の顎をそっと撫で自身の方を向かせる。その目は今までにないくらい爛々と輝いていた。

 ガンガンガンと頭の中で警鐘が響く、このままでは取り返しのつかないことが起こる気がする。



「…すみません、酔いが回ってしまったみたいで、今日はこれで失礼しますわ」


「ヒントをあげようか、この髪は染まったんだよ。月蝕の魔女がこの体を治したあと、正常に巡り始めた魔力があまりにも多くてね。元はこの目と同じ金眼さ」


「金色の瞳と髪…?」


 記憶の彼方から幼くも美しい黄金に輝く瞳と神を持った兄妹の面影が重なる。まさかと思いそっと彼の頬に手を添えると、すぐに大きく豆だらけの手が覆い被さりギュ、と握ってくる。

 愛おしいそうに目を細め私の手のひらに口付けをすると、『名前を伝えなかったのをここまで後悔したことはないよ。ミシェルのやつ、ちゃっかりしてるよな』





 ドクン、と心臓が震えた。

 私が五年前に自分の運命を受け入れた、まさにそのきっかけを作った張本人が、目の前にいるだなんて。そしてあれからずっと月蝕の魔女のことが好き?しかも公爵家の私生児で今や天才魔法騎士?こんな事ってあるのだろうか。



 でもこのままではいけない気がする。まだ酔いが覚めてない頭で必死に言葉を紡ぐ。



「…レオリオン様、私からのアドバイスをお伝えします。月蝕の魔女はあなたには相応しくありません」


「その助言だけは受け取れないね」



 経緯はわからないが、あの回復しきれていない体で公爵家の門を叩いたのだろうか。平民だった彼がたった五年で完璧な礼儀作法や所作を身につけるまでにどれほどの努力を重ねてきたのだろう。剣技だって魔法だってそうだ。手のひらの豆が物語っている。

 


「俺はあの頃の魔女に助けられただけの弱い子どものままじゃない」


「え?」


「公爵家の跡取りになったもの、王直魔法騎士団に入団して評判をあげたのも、俺にとっては過程でしかない」



 シュッと一瞬で景色が変わり、二人で倒れ込むように体が沈む。予備動作なしで瞬間移動を発動させ、どこかの部屋のベッド上のようだった。

 またしても彼の意図が読めなくて、途方もなく彼を見上げていた私は、切なくも熱く揺らめく黄金の瞳に捕まる。



「その身にわからせてやる、五年間の俺の思いを」



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