11
笑顔を見せたレオリオンはそこから一気に態度が砕け、とても接しやすくなった。
また、この店のことや魔法、さらにはアカデミーについてなど、いろんな話を聞かせてくれ、どの話も聞きやすく気取ったところもない。たまにジョークも挟むのでとても楽しく、あっという間に時間が過ぎていく。
あっちの姿で対峙する時とはまるで違う、穏やかで優しく、また遊び心のある姿に驚く。睡眠魔法を痛みで跳ね除けた狂人には見えない。
そして、見る者を虜にしてしまうあの笑顔が止まらない。それを一身に受ける私の身にもなってほしい。そもそもなんでこんな平民と話して楽しそうに笑えるのか。
「あの、そんなに見られたら流石に食べづらいです」
「ああ、すまない。あまりにも幸せそうに食べるから、つい」
そういえば貴族の淑女はあまり表情を変えないとアンが言っていたのを思い出した。私も五年前までは伯爵令嬢として色々と学んでいたが、もうほとんど忘てしまった。きっと『美味しい』と顔に出しながら食べるのが珍しいのだろう。
私がケーキを二個完食したところで、キッチンの奥から細身の男性が少し小さめのケーキを持って現れた。どうやらこのパティスリーのパティシエのようだ。
「レオリオン様、ご歓談中のところ失礼します。こちら周年記念パーティで出す新作のチョコレートケーキなのですが、確認をお願いできますか?もしよければお連れ様もぜひ意見をお聞かせください」
「え!そんなよろしいのでしょうか?」
「もちろんです」
差し出されたケーキを一口いただく。中に苺のムースが入っていて、甘さと酸味が混ざり合う間違いのない美味しさだった。
「美味しいです!」
「ありがとうございます。レオリオン様はいかがでしょうか」
「中のムースは苺か、ありきたりだな」
「私もその点が気になっておりました。ケーキとしての完成度は高いのですが、これでは他店と差別化できません。当店ならではのオリジナリティが欲しいのでが、いい案が浮かばず…」
十分美味しいのに。満足せずにさらに高みを目指すなど、さすが王都でトップを走り続ける名店は違うな、と感心する。
「ご令嬢はどう思いますか?」
「え!私ですか?!」
「ぜひ意見を聞かせてきださい」
「そんな恐れ多いです。製菓の知識が何もない私がこんな名店に意見できるわけがありません」
「それだからいいのです。パティシエたちは知識がある故に固定概念からなかなか抜け出せずにいます。屈託のない意見をお聞かせください」
そう言われてしまえば、何かしら言わねばならないだろう。
家ではよくお菓子を作るけど、何かいい案はあっただろうか。
「…オレンジはどうでしょう」
「オレンジ?」
「私もよく作るんです、オレンジの皮を砂糖で煮詰めるとほろ苦くて美味しいんです」
「皮を!?」
「はい、オレンジピールと名付けました」
「確かにチョコと柑橘系の相性は良いのですが、皮は思いつきませんでした。これは面白いかもしれません」
「今までにないケーキが出来そうだな」
レオリオンとパテシェがあごに手をあて考え込む。そして何ら二人であれやこれやと話すと、私の方を向いた。
「とても素晴らしいアイディアをありがとうございます。ぜひ検討させていただきたいのですが、よろしければ当店で行う試作会に参加して頂くことは可能ですか?」
想定外の話の進み方に驚く。ただの社交辞令ではなく、本当に検討してくれるだなんて思いもしなかった。
「麗しのご令嬢を招待するには相応しくない場所ではあるのですが、もしよければお力を貸していただけないでしょうか」
「私でよければぜひ!」
本来であれば断った方がいいに決まっている。これまでは徹底して誰とも接点を持たず、身を隠し目立たないように暮らてきた。しかし憧れのパティスリーの試作会に参加できるなど、こんな経験二度とできない。
今日ここで過ごした時間があまりにも楽しかったので、私は完全に浮かれていた。
「ありがとうございます。もちろん相応の御礼はさせて頂きます」
「滅相もございません。私としてもこんなに嬉しいことはありませんわ」
そんな話で盛り上がっているとあっという間に二刻すぎていた。自宅まで送っていくと頑ななレオリオンをなんとか説得し、二人に改めて御礼を伝え、パティスリーを後にした。
====================
数日後、私はショコラティ・ノワールの厨房にいた。今日はお店の定休日ということで他のパティエたちも参加するのかと思ったがグラン・パティシエのジェイドさんとレオリオンの三人だけだった。
あの日二人と別れてから大忙しの毎日だった。いつもは魔法で完成させてしまうオレンジピールを自力で作り、なおかつ人に作り方を教えないといけないのだから。本当に魔法が使えないって不便だ。
私は恐る恐る二人にオレンジピールを渡す。
「お口に合えばいいのですが」
レイリオンとジェイドさんが指で摘んで口へ運ぶ。
「これは…!」
「うん、美味しい」
「本当ですか!よかったです」
「皮を食べるって聞いた時は驚きましたが、この苦味は素晴らしい!チョコレートとの相性もよさようだ。この皮特有のむっちりな食感もアクセントになりそうです。早速作り方を教えてもらってもいいですか」
「はい!まずは皮を塩でこすり洗いします。皮は白い部分を切り落とし5mm幅に切り……」
一生懸命覚えたレシピを伝えていく。ジェイドさんは私の話を聞きながら紙に何かを書き始めた。ぶつぶつと呟きながらペンを滑らしていく。暗号のようなそれは私がレシピを言い終わっても止まる気配がなかった。
「ジェイドさん…?」
「ジェイドがこうなったらしばらくは何を言っても聞こえない。レシピを考えているんだ」
「すごい集中力。そしてこんなにもスラスラと思いつくものなんですね」
「ここはジェイドに任せよう」
レオリオンがそう言って私をお店の席へと促す。エスコートされるがままにキッチンを後にした。




