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私は幻装魔法で髪を染め、顔を変え、上品なデイドレスに着替えると、王都の高級時計商を訪れていた。セレナのアカデミー卒業のお祝いの品か完成したのだ。
性別や顔を偽り日雇いの仕事をこなし、それ以外は全く外出せずに過ごしているので貯金はかなりあった。たまのご褒美としてちょっと値の張るスイーツを買ってしまうこともあるが、しばらくはそれも我慢しなければならないだろう。
「いかがでしょうか」
質のいいスーツを着こなした時計商の支配人が完成した懐中時計を見せてくれた。
それはまるで一つの小さな美術品だった。銀を打ち出して作られた表面には蔓草と可憐な花々が隙間なく刻まれている。蓋を開けると白磁の文字盤の周囲を彩るのは小さな宝石をちりばめた百合の花。セレナがよく飾ってくれた思い出の花だ。透かし彫りが施された長針と短針が美しく時を刻んでいく。素晴らしい出来だった。
お礼を告げ丁寧にラッピングしてもらう。最後の最後まで綺麗に仕上げてもらい、充足感でお店を後にする。あとはこれをセレナに届けるだけだ。
想像の中でセレナが美しく笑う。きっと喜んでくれるに違いない、そう思い懐中時計の入った紙袋を抱きしめようとすると、シュンという魔法発動音と共に残されたのは行き場を失った両腕だった。
魔法を使った盗難だ。すかさず千里眼を発動し、犯人を見つける。数メートル先にいる五人ほどのいかにもな風貌の男たちがハイタッチをしている。それぞれ得意な魔法を使い犯罪を繰り返す、よくいる犯罪集団だった。
しまった、完全に油断していた。今ここで彼らを制圧するのは造作もないが、大きな魔法は痕跡が残りやすく、月蝕の魔女の買ったものがあの懐中時計だと特定させてしまったら非常にまずい。時計にはセレナの名前が彫ってある。ここで騒ぎを起こし、月蝕の魔女とセレナの関係性が明るみになるなんて絶対にあってはならない。
どうするべきか頭を悩ましていると不自然な風が横切った。いや違う、あれは俊足魔法だ。よく知った黒紫の髪を持つ男が昼間の喧騒を切り裂きながら犯罪集団に追いつく。
まさか、どうして彼が今ここにいるのか、こんな、こんな偶然があっていいのか。
「追っ手が来たぞ!」
「うわ、あいつ噂の天才魔法騎士じゃねーか?!」
「くそ、早くずらかるぞ!」
追いついたレオリオンはすぐさま拘束魔法を放つ。しかし奴らはそれを間一髪でかわし瞬間移動を発動させようとする。それを察知したレオリオンは己を中心に二十メートル程の半円状の膜を張った。何かの結界のようだ。
「無駄な抵抗はよせ」
「なんだこの結界?!瞬間移動が使えねーぞ」
「くそ、やれ!一斉に攻撃するぞ」
次々に掌から火を放つが、レオリオンは何てこともなく軽く手の甲で弾くと、携えていた剣を抜く。
あ、剣持ってたんだ。なんて気を取られた瞬間、結果内に凄まじい閃光が迸る。その光が収まるとレオリオン以外丸焦げになって地面に伸びていた。
すごい、全く目で追えなかった。おそらく剣に魔力を乗せ雷撃を放ったんだろうが、なんて速さと威力。そしてあの結界、見ただけで断定はできないが瞬間移動の無力化と周囲の安全確保の役割を担っていたのだろう。初めてみる魔法だった。
天才って称号は伊達ではなかったのね、と感心する。なんせ私の前では何もせずに飛ばされてしまうので。
あ、まって私の懐中時計は!?
急いで駆け寄ると、レオリオンが気まずそうに丸焦げの紙袋を渡してきた。
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「本当にすまない、焦がしてしまって、それに破損まで」
「とんでもございません、小公爵様。どんなにお礼の言葉を尽くしても足りません。本当にありがとうございます」
「いや、いつもは盗品も無傷で持ち主に返却できているのに」
私たちは近くのパティスリー『ショコラティ・ノワール』に来ていた。名前を聞かれた私は咄嗟に『リナ』と名乗り裕福な家に仕える使用人と伝えた。
懐中時計は紙袋は丸焦げだったが、中身の箱はリボンが少し焦げたくらいで済んでいた。肝心の懐中時計は衝撃によりチェーンが切れたが他に損傷はなく、先ほどの店に頼むと快く修理を引き受けてくれた。今日中に直るそうだが、時間が二刻ほどかかるらしく、私はレオリオンの誘いを断りきれずここのパティスリーを訪れていた。
今話題の公爵様と一緒にお茶など、ましてや嘘か本当か分からないが私に好意を向けている人となんて絶対に避けねばならない事態なのだが、この男とにかく目立つ。騒ぎになって変な印象を付けてしまうのもまずいので渋々ついていくことにした。
それとパティスリー『ショコラティエノワール」』甘いものが大好きな私にとっていつか行ってみたいお店の一つだった。入れ替わり立ち替わりが多い王都で不動の人気を誇る名店。そして驚くべきことにレオリオンが私的に経営しているお店らしく、他にも系列店を王都意外にも五店舗も構えているそうだ。
この美貌に高い魔法の技術、胡散臭いほどにスペックが高い。一体何者なのだろう本当に。
以前、数ヶ月先も予約で埋まっていると黒蝶が知らせてくれたが、ウェイトレスはレオリオンの顔を見るなり奥の個室案内する。店内に一歩入ると芳醇なカカオの匂いが鼻を掠め、ついつい心が踊ってしまう。
「ここは僕が払うので、好きなだけどうぞ」
「…よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
メニュー表を開くと宝石のようなケーキたちが所狭しと並んでいた。十種類以上のケーキはどれも魅力的でできることなら全部食べたい。
…いや、いくら『好きなだけ』と相手が言ってくれていても常識として四、いや三種類が限度だろう。となるとお店の看板商品のチョコレートケーキと、期間限定の季節のフルーツタルト、レアチーズケーキは外せない。いやでもこのミルフィーユも美味しそうだな…いや待てよ、モンブランもあるではないか…
しばらくの間メニュー表と睨み合い、ようやく決めた。三つのケーキをウェイトレスに伝える。そしてレオリオンも注文をすると三分もかからずに全てのケーキが私側に並べられる。
「あの、このミルフィーユは注文しておりません」
「このミルフィールと悩んでいたでしょう、遠慮せずに食べてほしくて」
「あ、ええ、それは迷っていましたけど…」
カァと顔が赤くなるのがわかった。私そんなに分かりやすかったかしら。そもそも食い意地を張っていると思われたかも。レオリオンにとって初対面のしがない使用人であっても、私からしたら知り合いも同然。そんな彼に私の弱点を見られた気持ちになってしまい、途端に恥ずかしくなる。
でもいいわ、今後彼とお茶をする機会なんてないだろうし、恥はかき捨てよ!まずは目の前にあるケーキを堪能しましょ!
まずは看板商品のチョコレートケーキをいただく。鏡のように滑らかなグラサージュにフォークを入れるとズッシリと濃度の詰まった断面が現れる。ため息が出るのを我慢して、すくったケーキを口に運ぶ。口に入れた瞬間に鼻腔を抜けていく焙煎されたカカオの香り、舌に残るビターな余韻が心地よく甘いだけじゃない絶妙なキレはまさに絶品。
「美味しい…!」
思わず頬に手を当てうっとりしてしまう。伯爵家にいた時だってこんなに美味しいケーキを食べたことは無かったと思う。今後はスイーツを我慢しなければと思っていたから尚更に格別に感じた。
「よかった」
ケーキに集中していた意識を彼に向ける。
いつもは鋭い瞳の輪郭が温かな丸みを帯び、薄い唇が弧を描く。月蝕の魔女の前では崩れたことのない氷のような美貌が溶け、彼本来の無邪気な幼さが垣間見えるのその笑顔は、見た者の心臓を跳ねさせるには十分な破壊力だった。
8月21日内容を少し変更しました。




