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今夜《夜の祝福》を受けるのは平民のオリバーくん、八歳。
先月事故にあい、魔核を損傷。元々魔力が多い方だったので、傷口から溢れ出した魔力が体内を侵食。こういった場合は魔力過多症ではなく魔素侵食症と言ったりする。
予告通り二十二時に瞬間移動で訪れた子供部屋は、私の登場を今か今かと待っていただろう目をキラキラに輝かせたオリバーくんと、同じ髪色の母親。そして父親…と言うには母子に似ても似つかない男がベッドの側で膝を折り少年の頭を撫でていた。
ゆっくりとその男がこちらを見る。
漆黒に紫が混じった濡れ鴉の羽のような髪は、月光を浴びて光を弾く。顔立ちは神が彫刻したかのようにどこまでも整っていた。切れ長の目は黄金。燃え盛る炎から切り取ったような鮮烈な双眸は射抜くように私を捉えて離さない。彼が纏うベルベットの衣装には複雑な銀の刺繍がされ、宝石をあしらった勲章が地位と権力を誇示している。
彼が新聞に書いてあったグラディウス・レオリオンね。髪色が黒に近いところを見ると彼の保有している魔力量は凄まじいものなのだろう。そして目を見張るような美貌。思わず見惚れてしまう。
レオリオンが目線を外さず、ゆっくりと立ち上がる。すると母親が涙ながらに訴えてきた。
「魔女様、王命で予告状が届いたら公爵様に届出なけれなならないと…。魔女様を陥れる意図はありません。私はどうなってもいいので、どうかオリバーを治してください」
泣き崩れる母親に近づくと肩にそっと手を置く。『大丈夫ですよ、オリバーくんは必ず治します』そう言って彼を見上げる。近くで見るとますますその美しさに圧倒されてしまう。
さあ、天才魔法騎士様はどんな魔法を仕掛けてくるのかしら。いや、魔法でなく剣技か。どんな攻撃だって私に届くことはないだろうが。
「何度も言うが、邪魔したいわけではない。先に少年の治療を初めてくれ」
「え?」
「治療が終わるまで待機している、安心しろ治癒魔法発動中は何もしない」
この男が放った言葉の意味を理解できない。
『治療が終わるまで待機している』だなんて、何を言っているのだろう。油断させ不意打ちを狙うのか、はたまた別の目的があるのか。
前に《月明かりの会》が押しかけてきた時は、魔法が使える者は手当たり次第の攻撃魔法。使えない者は鍬やら鎌やらをを振り回したり、生卵を投げてきたり、さらには聞くに耐えない罵詈雑言を浴びせられたりと、とにかく私をどうにかして退けたいと躍起になっていたのに。
今目の前にいる彼からは嫌悪も闘志も何も感じられない。
そしてよく見ると、帯剣していない。騎士が剣を忘れるなどありえない、ということはわざと持ってこなかったとでもいうのか。
あまりにも不可解な言動にフリーズしてしまったが、結局やることは変わらないのだ。今夜はオリバーくんを治療する、それだけだ。
とりあえずこのよくわからない男は眠られせておこう。私は予備動作も無しに睡眠魔法を発動した。がしかしその瞬間、彼は素早く膝を着き、魔力で創った短剣で自分の手の平を刺したのだ。
「なにを!!」
痛みで魔法を跳ね除ける力技を強行したのだ。
彼は何事もなかったかのように私を見上げてきた。
「月蝕の魔女、話があ」
「なんてことをするのですか!子どもの前ですよ!!」
どくどくと流れだす血にオリバーくんと母親の悲鳴が聞こえ、反射的に彼の手を握り治癒魔法をかける。一体なんなんだこの男。全く意味が分からない。ズキズキと痛み出した頭を抱えたいが我慢し、顔を上げるとお互いの息が触れ合った。
間近で見る瞳は、髪色と合間ってか月をそのまま閉じ込めたように美しく、そして一瞬たりとも私のことを逃さない。何か焦っているようにも見えるその瞳は、強い感情を伝えてきているようだった。
目を背けるように視線と手を離す。しかし、彼はそれを許さないと言わんばかりに手を握り返すとぐいっと引き寄せ、抱きしめてきた。
「好きだ」
胸を打ちつける彼の鼓動は私を抱きしめている腕を振るわせるほど力強い。そして冬の季節、隙間風の多いこの家にふさわしくない熱い体温。彼から漂うシダーウッドの香り。五感から受け取る全てが彼から抱きしめらていることを理解しているが、何故だ。何故こんなことになっている。
それに今『好き』と言ったのか?好き、好きって、あの好き?私のこと愛しているってこと?
「そう、愛しているということだ」
いつの間にか声に出てたらしい。
「え、いや、どうして、なんで、好きって、え?」
「ずっとこの腕で抱きしめたいと思っていた」
また一段階腕に力が籠り、私を痛いくらいに捉えて離さない。
「ハニートラップ?その整った顔を使って私のことを懐柔しようとしているの?」
「俺の顔が好みで良かった。ハニートラップではないが、なんなら体も好みかどうか見てみるか?」
また!子どもの前でなんてことを!
ばっと振り返ると母親が少年の耳を塞いでいた。気まずそうに私に視線を向けると『こちらのことはお気になさらずに』と口パクで伝えてくる。
すぐにこの男に顎を掴まれ、顔の向きが元に戻ると今度は私の手を掴み、服の上から自分の胸板に這わせた。
「わ!すごい硬い……じゃなくて!!」
「魔法騎士団の中でも一番筋肉があると言われている」
「もういいです!あなたに付き合っている暇はありません」
「流石にいきなり付き合って欲しいとは思わない。最初はデートからどうだろうか」
「いい加減にしてください!」
拘束魔法に瞬間魔法を合わせて、彼を視界から消す。ハーハーと息切れを起こした私は深呼吸で息を整える。
どこが『若き天才』だ。ただの変態ではないか。
「….お待たせしました。オリバーくん治療を始めるね」
「天才魔法騎士って月蝕の魔女のことが好きなんだね」
「こら!オリバー!!!」
ハハハ、と乾いた笑しか出ない。もう二度とグラディウス・レオリオンに会いたくない。
しかし、月蝕の魔女の討伐を命令された騎士は毎回《夜の祝福》の場に現れる。
そして『好きだ』『会いたかった』『今日も美しい』『今夜こそ僕の話を聞いて欲しい』『最近寒いが風邪を引いてないか』『いつも思うが細すぎる。ちゃんと食べているのか』そう言いながら、花束に櫛、手ぶくろ、マグカップ、香水などのプレゼントを渡してくる。手紙を書いてきたこともあった。もちろんすぐに瞬間移動で飛ばすので受け取ったことはないが。
最初はこの男の真意が分からず、ただただ混乱していたが、毎回懲りずに告白し、プレゼントを用意し、国随一の実力を持つ魔法騎士がなんの抵抗もなく飛ばされる。プレゼントも透視で見たが、なんの魔法も仕掛けられていない。そして一目でわかる質の良さ、どれも美しく装飾され艶々のリボンまで結んである。渡す時はいつも手が微かに震え、表情は硬いものの頬はほんのり染まっている。
何よりその瞳だ。真っ直ぐに熱く私を射抜くその双眸が饒舌に想いを語っている。ふと目が合うと歓喜に溢れ、より一層黄金が輝くのだ。
え、本当に私のことが好き?




