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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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7話 下書き

 結局、その日は日が傾くまで嶽山にいた。

 別に台座の修理に手間取ったわけではない。それ自体は石がズレただけだったのですぐに元通りになった。

 けれど、いくつもの湧き出る疑問のせいで落ち着くことはなかった。

 祖父があの絵を祠の中に隠したのだろうか。

 なぜ女木島だけを朱色で塗ったのか。

 そして、なぜ「女木島へ」と書き残したのか。

 絵を何度も見返しては景色と見比べ、スマホで写真を撮り、また絵を見る。その繰り返しだった。

 しかし、考えても考えても答えは見つからない。

 その日は、クリアファイルに挟まった2枚の絵を手に、嶽山を降りた。


 帰りの電車に揺られながらスマホを開く。LINEに光からのメッセージが届いていた。

『嶽山どうだった?』

『かなりキツかった』

『雑魚』

『黙れ自転車バカ』

 スマホから顔を上げると、向かいの車窓から夕陽が差し込んでいた。天井に取り付けられた扇風機がこちらに首を振るたびに汗ばんだシャツを冷やす。

 もう一度視線をスマホに落として、検索エンジンを立ち上げる。「女木島」と書いて検索する。

 一番上に出てきたウェブサイトをタップすると、女木島の詳細について長々と書かれている。

 女木島(めぎじま)というのは香川県高松市の沖合約四キロに浮かぶ島で、島の中央部にある鷲ヶ峰(わしがみね)山頂には大規模な洞窟があり、昔そこに鬼が住んでいたという伝承が残っているらしい。

 鬼、という単語を見て、ふと何かのデジャヴを感じる。つい最近、いや、結構前か。記憶が定かではないがどこかで同じような話を聞いた気がする。

 しばらく唸りながら頭を抱えていたが、ふと脳裏に「女木島へ」というあの文字が浮かんできてふぅーっと大きな息を吐く。

 嶽山で見つけた、祖父の絵と全く同じ構図のあの絵。祖父が隠したのか、もしそうならその目的など、気になることは山ほどあるが、祖父の絵を辿って来たのは事実だ。

『じいちゃん、島の話になると黙るんよ』

 祖母の言葉が頭の中で響く。祖父は県内の島出身だと言っていたが、もしかして女木島と関係があるのだろうか。祖父との思い出はあまり覚えていない。亡くなったのは俺が小学校2,3年生の時で、あの時は悲しいというより身近な人が死ぬことに対する衝撃と、ドラマや映画で見るような葬式が行われることへのどこか物珍しい感覚ばかりが心に残っていた。

「次は終点、瓦町。終点、瓦町です。お出口は左側です。琴電志度(しど)方面へは、一階――」

 気づけば電車は元来た駅へと到着するようだった。ふいにお腹がぐーっと鳴って、そういえば昼飯を食べていなかったことを今更思い出す。

 乗り換え案内の車内放送をぼーっと聞き流しながら車窓を見ると、差し込んでいた夕陽は高架下に入ったことで遮られ、やがてホームの蛍光灯と甲高いブレーキ音だけが透過していた。

 

「大体さ、そんな甘いのばっかり飲んでるから体が弛んでるんじゃないの」

 教室の喧騒に紛れて、聞き覚えのある言い回しがやけにはっきりと耳に届く。

「ん……?あぁ、光か」

「もうホームルーム終わったぞ」

「マジか……今日ずっと寝てたわ」重たい瞼を必死にこじ開けながら答える。

「授業中もずっと突っ伏してるから死んでんのかと思ったわ」

「ある意味仮死状態だったよ」

 長時間同じ姿勢でいたせいか、身体全体がだるい。固まった身体を伸ばそうと腕を突き上げてぐいっと背伸びをすると、肘辺りからパキッという音が鳴った。

「んで、どうだったの嶽山は」

「それがさぁ、見て欲しいんだよ」

 俺は鞄からクリアファイルを取り出す。挟まっている2枚のうち、昨日拾ったあの絵を机の上に置く。

「ん?昨日の絵?」

「いや違う。昨日の絵はこっちだ」そう言ってその絵の隣に絵の具で彩られた絵を置く。

「てことは……これは下書きか何かか?」

「わからん、嶽山で見つけた」

「嶽山で?」

「あぁ、祠のとこにあった」

「どういうことだよ」光は笑い飛ばすような調子で言っていたが、目は真剣にその絵を捉えていた。

「この絵はお前の爺ちゃんが描いたんだよな」彩られた方の絵を指差す。

「そう。これ以外にも描いてた絵を見たんだが、海とか島とか同じような絵ばっかりで、こんな絵を描いてるのはこれだけだったんだ」

「なるほど、それで昨日のお前はあんなに気になってたのか」

「まぁな。で、実際行ってみるとこの謎の絵があったわけ」指先でとんとんとその絵の端の方を叩く。

「ふーん。じゃあこれ描いたのも爺ちゃんってことか?」

 昨日からおおよそ考えていたことだが、言葉にされると得体の知れない不安が湧き出てくる。

「やっぱそうなんかな」

「まぁこんなに同じ構図とタッチで描いてたらな」そう言いながら絵を持ち上げて、一部分だけ朱色に塗られた箇所を不思議そうに見つめている。

「じゃあさ、これはどう言う意味だと思う?」俺は下書きと呼ばれた絵を裏返して見せる。

「『女木島へ』……?女木島って、あの鬼ヶ島のことか」

「多分そうだ」

「行くのか?」

 光の問いに言葉が詰まる。行って何をしろ、とも書かれておらずただ「女木島へ」というたった一言では島へ渡る後押しとしては弱かった。

「迷い中」

「なら行けばいいじゃん」

 予想外の言葉に「えっ?」という声が漏れる。

「いやー、本当は俺も行きたいんだけどな、面白そうだし。でも部活あるし何よりお前の爺ちゃんが遺したものかもしれないんだろ?」

「まぁそれはそうだが……行っても何すればいいかわからんし」

「別に何もしなくてもいいんじゃねぇの?やることなかったら絵でも描いて将来について考えてみれば?」

 将来、という言葉に耳がぴくっと動く。あまり考えないようにしていたが、締切日までに進路希望調査書を提出しなければいけなかった。

「あー……忘れてたのに思い出したわ」自分でも声のトーンが1段階、いや2段階は下がったことに気づいた。

「忘れたって仕方ないだろ。何にせよ出さなきゃいけないものなんだし」

「はぁ……」無意識に大きなため息が出る。

「そういえば、お前の進路はどうなんだよ」やり場のない苛立ちを光に向けるように問いかける。

「俺?」やっと聞いてくれたか、とでも言いたげに口元がニヤリと吊り上がった。

「俺はスポーツ推薦で大学に行きます!」

 そう言って、光は自慢げに胸を張って親指を立てた。

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