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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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6話 嶽山

 帰りのホームルームが終わりチャイムが鳴ると、昨日に増して教室の喧騒は大きくなった気がした。

 帰り支度をして教室を出る。

 嶽山まではことでんという私鉄を使う。早朝から始発が動いており、通勤通学に利用する乗客数も多いとかで実は全国的にも珍しかったりする鉄道だ。

 俺は普段使うことはないが、今日みたいな遠出をする時に使うことがある。

 自転車を走らせて向かった先は、瓦町(かわらまち)駅だ。

 高架下の駐輪場に行くと、いつものことだがずらーっと自転車が停めてある。

 自転車を降りて押しながら歩き、並ぶ自転車を工場のベルト作業のように見ながら通り過ぎる。

 やっと一台が停められそうな隙間を見つけ、そこに自転車を停める。

 盗難注意のポスターを見ながら鍵をかけ、駅の入り口へ向かう。瓦町駅は瓦町フラッグという商業施設が併設されており、1階と地下が駅、それ以外が商業施設という構造になっている。

 構内に入ると、同じく夏休み前であろう中高生がベンチに座り話し込んでいる。改札の方へ目をやると、横に券売機があるのを発見し、近寄って見る。

 頭上の路線図を辿ると、瓦町から白山まで四七〇円と書かれていた。

 券売機に表示された四七〇円のボタンを押し、五〇〇円玉を導入する。すぐに白の切符と三〇円のお釣りがカランカランという音を立てて出てきた。

 その切符を片手に改札を通る。自動改札機はあるが、交通系IC専用であるため、窓口の駅員に切符を手渡し、スタンプを押してもらう。

 天井に吊るされた案内表示板を見て「長尾線」と書かれたホームへ降りる。

 黄色の点字ブロックの前で立ち止まり、スマホを取り出す。時刻を見ると一二時四五分を示していた。

 そこで初めて、昼飯を食べていないことを思い出した。今週は授業が午前中で終わるので、毎日親に昼飯代として千円を渡されている。しかし、白山に着いてから考えればいいか、と安直に結論を出し、鞄から取り出したクリアファイルを眺めて電車を待った。


 ミンミンゼミが鳴いている。高松の中心部では聞くことが珍しくなった虫も、この辺ではまだ聞くことができるのか、と少し感動する。

 ことでんに揺られて約三〇分。無人の白山駅を降りて地図アプリの案内に従い二〇分ほど歩けば、この嶽山登山道入口に到着した。

 あたりを見渡すと生い茂った木々に囲まれ、蝉の鳴き声がこだまし、真夏の一番暑い時間帯らしく葉の隙間を突いて日差しが射し込んでる。

 鞄から取り出したスポーツドリンクをごくごくと飲み、足を踏み出す。

「よし、行くか」

 最初の方は土で舗装された坂道が続いた。急な傾斜には木段が設置されており、永年帰宅部の俺でも難なく進むことができた。

 途中から砂利や小さい岩が混ざり始め、徐々に険しくなっていく。ふと前を見ると、道の真ん中に点々と立った金属製のポールとポールの間を鎖が繋いでいるのを視界に捉えた。

「もしかしてこれ、手すりってことか?」

 それが現れてから数メートルは自らの脚で登れていたが、途端に傾斜が厳しくなり岩肌も剥き出しになる。

 右手で鎖を掴み、腕の力も使いながら少しずつ登っていく。頂上に近づくにつれてさらに足場は悪くなり、はぁはぁと息を切らして必死に足を前に出す。

 そしてついに、頂上に到達すると、眼前に灰色の大きな鳥居が現れた。

 ごくりと唾を呑みながら鳥居をくぐり、後ろを振り返って見ると、そこには祖父の描いた絵と全く同じ景色が広がっていた。

「やっぱりここだ……」

 急いで鞄からクリアファイルを取り出し、景色と重ねてみる。年代の差もあってか、眼下に見える住宅やため池などは少し違っていたが、遠くに見える山や島は、やはり同じだった。

 少しだけ平らになっている地面を見つけ、そこに腰を下ろす。もう一度、見渡してみると、あたり一面が一望でき、北側には高松中心部も見える。

 後ろを見てみると、尾根が続いており、その先に何か祠が建っているのが見えた。

「あれが、龍王神社か」

 ネットで見た東の天空の鳥居、龍王神社というのを思い出す。立ち上がって見ると、歩いて近づけるようだ。

 慎重に尾根に沿って歩いていく。何か旗を掲げるのだろうか、三メートルほどのポールが立っているのを通り過ぎて、その祠の前へたどり着く。中を覗いて見ると、龍王神社と書いてある小さな石碑が立てかけてあった。その周りには五円玉や一円玉などの小銭が撒かれている。

「なんでおじいちゃんはここを描いたんだろうか」

 自然に湧いてきた疑問を口にする。

 島で生まれ育って、海や島ばかりを描いていたのならわかるが、なぜたった一枚だけ、あのスケッチブックではなく画用紙に描いたのだろう。

 この場所に何か深い意味があるのだろうか。

 しばらく立ったまま考えるが、答えは出ない。

「あっそうだ」

 とりあえずスマホで写真を撮っておこう。そう思ってスマホを取り出した、その時だった。

 唐突に風が吹いてポケットから取り出したスマホが手から滑り落ちた。

 声を発する暇もなく、急いで屈んでスマホを掴もうとしたその時、足が祠の台座に当たり、台座の一部の石がズレてしまった。

「あっ」

 それだけ言って、屈んでスマホを掴んだまま固まる。

 やってしまった。

 元に戻せるかどうか────

 そう思っていた時、そのズレた一部の中から紙のようなものがひらひらと風に(なび)いているのが視界に入った。

 姿勢を直し、スマホをズボンに入れ直す。

 そしてその紙をゆっくりと掴み取り上げてみる。

 それは、四つに折り畳まれた紙のようで、端々が切れ、シワがついていた。

 広げてみると、そこにはクリアファイルに挟んだあの絵とほとんど同じ風景が描かれていた。

 しかし、色はない。

 鉛筆だけで描かれた線画だった。

 唯一、色が塗られていたのは奥に描かれた瀬戸内海に浮かぶ一つの島。

 それだけが、朱色の絵の具で塗りつぶされていた。

「なんだ、これ……」

 顔を上げて眼前に広がる景色へ視線を向ける。

 鳥居の向こうには畑や住宅、ため池、山々、そしていくつかの島影。

 もう一度、紙に視線を落として裏返す。

 裏には、かすれた鉛筆の文字だけ残されていた。

 ──「女木島へ」

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