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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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32話 聞きたいこと

32話 聞きたいこと

 俺はその日、観音寺からの帰りの電車の中、そして家に帰った後もスマホで女木島について調べていた。

 しかし、調べても出てくるのは観光情報ばかりで、「鬼ヶ島の楽しみ方」だとか「鬼ヶ島に行ってみた」だとかのブログや公式サイトばかりがヒットした。

「くそー……全然歴史についてのサイトがない」

 俺はため息を吐きながらベッドの上に寝転がった。見慣れた天井と、照明器具が視界に入る。

 そのまま寝返りを打つように体勢を変え、もう一度スマホを見た。

 唯一、まともな歴史が載っていたのは辞書サイトのみで、そこには簡潔に女木島についての説明が載っていた。

 下にスクロールしていくと、歴史という項目のページを発見した。

 それをタップして開くと、鎌倉時代の領地の話から始まって、それぞれの年代の出来事が箇条書きで示されていた。

 一八九〇年、女木島と男木島(おぎじま)が町村制を施行。

 一九三七年、島民がズッコウ山の山頂に仏像を設置。

 一九五六年、女木島灯台が点灯。女木島は高松市へと合併される。

 一九五七年年、離島振興法の指定を受ける。

 一九五八年、市立女木中学校を閉校、市内の中学校に合併される。

 ふと、スクロールする指が止まった。

「中学校閉校……」

 文字を眺めながら、何気なく呟いたその一言は、いつか聞いた彼女の言葉を思い出させた。

『昔は中学校もあったんだけどなぁ』

 彼女の言う中学校というのは、このことなのだろう。あの時、やけに寂しそうに呟いたのは気のせいじゃなかったということか。

 ふと、スマホから目線を外すと、机の上に置いてあるクリアファイルが目に入った。その間には、あの絵が挟まれている。

「そう言えば、おじいちゃんは島の出身だって、おばあちゃん言ってたな」

 俺はもしかして、と思う。

 祖父が亡くなったのは七二歳の時だ。ちょうど今から十年前、俺が小学二年生だった頃。そうやって年齢を考えると、多分ちょうど、祖父はこの年のあたりに中学生だったはずだ。

 祖父の出身が女木島という確証はどこにもない。

 だが、それだけの理由で違うと決めつける決まりもない。俺は携帯のアラームを設定して目を閉じた。

 ——

 

 翌朝、祖母の家に向かった。

 前来た時と同じ道。

 前来た時と同じように、車の横に自転車を停めて玄関の呼び鈴を鳴らした。ピンっという音が鳴り、数秒の後にガラガラと戸が開く。

「あら、千冬(ちふゆ)ちゃん。いらっしゃい」

 祖母はいつものように戸を開けて出迎えてくれた。

「ちょっと聞きたいことがあってきたんだけど、いい?」

「うん?聞きたいこと?とりあえず入りまい」

 戸をくぐる。またいつもの、あの懐かしい匂いがして少し体が落ち着く。

「お茶でええかい?」

「うん、ありがとう」

 俺はリビングの座椅子に腰掛け、祖母を待つ。

「はい、これね。お菓子食べる?」

 祖母はガラスコップに入れた麦茶を机の上に置いた。氷がカランという音を立てて溶ける。

 机の上にはラタンでできた卓上サイズのカゴが置かれており、そこに個包装されたお菓子が詰め込まれている。

「おばあちゃん、おじいちゃんのことについて聞きたいんだけど」

 俺がそう言うと、祖母は机の向かい側にある座椅子に腰掛けた。

「私が知ってることだったらなんでも聞いてな」

「じゃあ、おじいちゃんって、島の出身だって前言ってたよね?」

「あぁそうやなぁ。どこの島かはわからんけど、高校生になる時に高松に引っ越してきたって言ってたわ」

「っていうことは、中学生の時はまだ島にいた?」

「うん、そうじゃないかな。中学はわしらが最後の世代やって言ってたはずや」

「最後の世代?」

「なんか、おじいちゃんが最後の卒業生だったみたいよ」

「最後の……」

 俺は顎に手を当てて思い出す。

 確か、昨日見たサイトでは一九五八年に女木島の中学校が閉校になってたはずだ。

 もし、祖父がそこの出身ならば、その年、もしくはその前後で中学生だったに違いない。

「おじいちゃんの生まれた年って何年だっけ」

「えーっと……私と四歳差やから、昭和一八年やったかな」

「昭和一八年……って、何年だ」

 俺はスマホを取り出して、「昭和一八年」と打ち込んだ。すると、昭和一八年は一九四三年だと表示された。

 戦後、確か学校の学年制度は今とほとんど変わらないようになっているはずなのでそこから中学生の年齢になるまで、つまり一二〜一五年を足してみると、一九五八年がその範囲に入っている。

「おじいちゃん、絵にも島のこと描いてたみたいやし、島が好きだったみたいやねぇ」

「……おばあちゃん、もう一回おじいちゃんの部屋見に行ってもいい?」

「ええよ、埃っぽかったらまた窓開けてな」

 俺は頷いてから、祖父の部屋に向かった。

 祖父の部屋には相変わらずスケッチブックが積み上げられていた。

 前に来た時に雨戸を閉め忘れていたから、今日はそこまで薄暗くない。窓だけを開けて、積み上げられたスケッチブックを一つ一つ開いていった。

 やはり、そこに描かれているのは海と島の景色だった。

 しかし、よく見てみると、右下に日付が書いてあるのが目に入った。パラパラとめくっていくと、どうやら全てに書いているらしい。

 一九五七年三月二四日

一九五七年三月二七日

一九五七年四月二日

 何冊かそうやって見ていくと、一番下にあったスケッチブックも同じような絵が描かれていた。

 だが、ページをめくる手が不意に止まる。

 それはなんてことない、今までと同じような海と町の様子を描いた風景画だったが、それまでとは別人が描いたように思えた。

はっきりとした理由はわからないが、そこから数ページに渡って、同じように思わず目が奪われるような絵が描かれていた。

 ふと、右下の日付を見てみた。

 一九五七年七月一六日

 ページをめくる。

 一九五七年七月一七日

一九五七年七月十八日

一九五七年七月一九日

 その日から、およそ1週間に渡ってそのような絵が描かれていることがわかった。

 そして、一九五七年七月二四日。

 そのページは、真っ白だった。いや、経年劣化か、少しだけ色はくすんでいる。

 しかし、絵は何も描かれていない。あったのは右下に小さく書かれたその日付だけだった。

「もしかして……」

 俺は、その日付を見て、胸がざわついた。

 俺が彼女に初めて会ったのが、七月十六日。

 そして本格的に絵を描き始めたのはその翌日。

 嶽山で見つけた、あの絵。もし、祖父が描いたものだとしたなら、もし祖父が「女木島へ」と書いたと言うのなら——

 気づけば俺は、祖母の家を出て走っていた。

 そのスケッチブックは部屋に置いてきた。持ち歩くものでもないと、そう感じたから。

 行き先は、ここからすぐ近くの香川県立図書館。

 あそこでなら、何かがわかる気がする。

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