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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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29話 電車

『なんで残したいものを壊したの?』

『じゃあ写真でいいじゃん』

『ちゃんと見てって言ったのに』

『島にもう来ないで』

『ねぇ』

 

『約束、守れなかったね』

 

「──っ!」

 シーツをむしり取るようにして飛び起きた。

 周りを見渡すと、見慣れた自室のインテリアが目に入る。

「はあっ、はぁっ」

 どくどくと鳴る心臓と、激しく荒れた呼吸を整えるために大きく息を吸って、吐いた。

 それを何回か繰り返しているうちにだんだん落ち着いてくる。枕元にあったスマホを手に取り、画面を見た。

 七月二五日。本当なら、昨日が取引の最終日だった。そこで俺は祖父のあの絵について教えてもらって、八枚の絵を描き終わって、彼女は…………

 だが、そうはならなかった。俺はあのあと、すぐに家に帰って、ずっと自室に篭っている。昼夜の感覚もなく、ただカーテンを閉め切った薄暗い部屋で、天井を見上げるだけの時間を過ごしていた。スマホの通知を無視し続け、腹が減っているのかどうかも分からない。

 のそりとベッドから立ちあがろうとすると、かさりという音共に何かが足に当たる感覚がして下を見る。

 床にはあの日、感情に任せて破ったスケッチブックの絵の破片が散らばっていた。引き裂かれた色彩が、まるで終わってしまった何かの残骸みたいに、冷たく転がっている。

 それを拾い上げることもせずに立ち上がって机の上を見た。そこには乱暴に開かれたスケッチブックと、綴じ込み部分に破り取られた跡だけが残っていた。もう二度と、あの続きを描くことはない。そう自分に言い聞かせるように、俺は机から目を背けた。

 その時、ベッドの上でスマホが振動した。手に取ってみると、光からのメッセージ通知だった。

 ゆっくりと指をスワイプして、トーク画面を開いた。

 七月二四日

『おい、なんで無視すんだよ』

『結局、絵は描けたのか?』

『なんか言えよ』

 七月二五日

『今日は俺部活休みだわ』

『インハイ前の休暇ってやつ』

『今お前んち向かってる』

「──は?」

 そう言葉が漏れると同時にインターホンが鳴ったのが聞こえた。

 慌ててリビングに行ってモニターを見る。するとそこには夏休み前に見た時よりもさらに肌が黒く日焼けした光が映っていた。

「……何しにきたんだよ」

 俺は通話ボタンを押しながら話した。

『おっ、生きてた?』

 少し音質の悪い音で光の声が聞こえる。

「質問に質問で返すな」

『無視するお前が悪いんだろ』

 俺は噛み合わない会話に苛立ちを覚え、頭をかきながら声のボリュームを上げた。

「それで、何しにきたんだよ」

『天空の鳥居、行こうぜ』

「はっ?」

 予想外の単語に驚いて言葉に詰まる。

 天空の鳥居。

 俺が彼女と出会うことになった、一番最初のきっかけ。

 第二の天空の鳥居と呼ばれる場所にあったあの絵に導かれるようにして女木島へ辿り着いた。

 そんなことが一瞬で頭の中を巡り、眩暈がした。胸の奥がキリキリと痛む。今の俺にとってその言葉は、触れられたくない傷口を無理やり抉られるようなものだった。

「はぁ〜……なんで、こんな急に」

『急で悪かったな、とりあえず出てきてくれよ』

 俺はその言葉にどうしようか迷うが、結局玄関の扉を開けに行った。

 ガチャリ、という音がして玄関を開けると、気持ち悪いくらい満面の笑みで立っている光がいた。

「おー!久しぶり!なんかお前痩せた?」

「…………知らねぇよ。なんでそんな嬉しそうんだよ」

「そりゃ、死んだと思った友達が生きてたら嬉しいだろ」

「ずっと生きてるよ、勝手に殺すな」

 そういうと、光は口を開けて大きく笑った。

「ほら、早く着替えて用意してこいよ」

「いや、俺まだ何にも言ってないけど」

「どうせ家に引きこもってんだろ?なら行こうぜ」

 俺は何か言い返そうとするが、何も喉からは出てこずに、代わりにため息だけが出てきた。

「…………はぁ」

 俺は「ちょっと待ってろ」と言って準備をしに自室へと戻った。クローゼットを開けて、服を着替える。その途中、何度か足に絵の破片が当たって、動きが止まりそうになる。けれど、光の急かす声にハッとし、慌てて外出用の肩掛けバッグを持った。画材を詰め込んだあの鞄ではない。いつもなら背中にあるはずの、スケッチブックの重みがない。それが、今の俺には妙に虚しかった。

 外に出ると、()だるような暑さに顔を(しか)める。一方、隣を歩く光は飄々として涼しい顔をしている。

「お前……暑くないのか」

「え? めっちゃ暑いけど?」

「そんな風には全く見えないんだが」

「あー、最近はもう自転車漕いでないと汗出なくなっちったんよな〜」

 まるで当たり前かのように言う表情に、どこか既視感を覚えるが、すぐに頭を振った。

 家を出て、まっすぐと西に進んで約十分、背後がすぐに山に覆われた栗林公園北口駅に着いた。ホームへの階段の前に、赤い鳥居が立っていて、嫌に頭が痛くなる。

 光は、今にも口笛を吹き出しそうなくらい上機嫌な様子で鳥居をくぐって行った。俺もそれに続いてくぐると、ホームへと続く階段の前に自動券売機が置いてあった。

「天空の鳥居に行くってことは観音寺か?」

「そうそう。ここな」

 光が指差したところを見ると、券売機の上に路線図が載っていた。それの一番左端、黄色い路線の上に「観音寺」と言う文字が書かれていた。

「えーっと……乗車券は千二百四十円だな」

 光はポケットから折りたたみ財布を取り出しておお金を入れ始めた。

「高松で乗り換えか?」

「あぁ、そうだ。高松で乗り換えて、予讃線の普通列車で行く」

 光は切符の排出口に手を当てて、数秒後に出てきた切符を取って答える。俺も同じように千二百四十円の切符を購入してホームへと上がった。

 改札がない無人駅のため、そのままホームへ上がって電車を待つ。数分すると、二両編成の緑色のラインが特徴の車両がホームへと入ってきた。行き先は高松、そしてワンマンと言う文字が頭についている。

 俺たちはそれに乗り込み、空いていたボックス席の一つに向かい合って座った。

「時間はどれくらいかかる?」

「んー、たしか1時間半くらいかな」

「え、そんなにかかるのかよ」

「まぁまぁ、短いよりは長いほうがワクワクするじゃん?」

 そう言って子供みたいに目を輝かせる光に、俺ははぁと小さくため息を吐く。

 ため息は車窓の外の景色と共に流れて行ったが、意外にも、高松駅で乗り換えるまで会話はなかった。いつもなら部活のことやくだらない雑談でうるさいはずの光が、スマホをいじるでもなく、ただじっと窓の外を眺めている。こう見えて、こいつはこいつなりに、俺の様子を察してあえて何も聞いてこないのかもしれない。

 ガタゴトと規則的に揺れる車内の音だけが、俺たちの間の静かな沈黙を埋めていた。

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