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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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16話 再会

 担任による進路指導を受けた後に、フェリー乗り場へと自転車を走らせた。

 指導内容は、いつもと変わらず早く進路希望を出して大学に行くのか、専門学校に行くのか、それとも就職なのかをはっきりさせろというものだった。

 俺はそれに上の空ではい、はいと返事をしていたように思えるが、はっきりは思い出せない。

 それよりもあの絵について、そして少女についてが気がかりだった。

 気づけば港に着いていて、自転車を降りて押す。昨日の失敗を踏まえて、今度は間違えないように切符売り場に行った。

 切符を購入して、乗り場でフェリーを待つ。遠くにあの赤いストライプ模様のフェリーがこちらに向かって波をかき分けて来ているのが目に入る。

 そして、手元の財布を開けて見た。一万円札が一枚と五千円札一枚、それと千円札が二,三枚ある程度だった。

「結構フェリー代かさむなぁ……」

 小さくため息をついて、金額を確認しながら呟いた。毎日島に通うとなると当然と言えば当然なのだが、昨日は勢いに任せてあの取引を承諾してしまった。

 しかし、今年の夏休みは特にこのお金を使う予定もないのでいいか、という考えに着地して、ちょうど到着したフェリーに乗り込んだ。


 島に着いて周りを見渡すと、昨日と観光客の数は同じくらいだった。フェリーを降りた人たちは、またバラバラと散って行く。

 俺はそれを横目で見て、スマホを取り出して地図アプリを開いた。そして、神社と検索すると、いくつかの赤いピンが出てきた。見ると、砂浜のすぐそばの神社と山の麓の神社がある。おそらく、昨日の神社は後者だ。

 そこをタップして経路を調べると、どうやら昨日のように海岸沿いに走るより住宅街を抜けた方が近いらしい。指で拡大してその経路を目に焼き付けてから、自転車に跨りペダルを踏み込んだ。

 昨日は鳴いていなかったようなミンミンゼミが高らかと鳴き声を響かせ、生ぬるい風が狭い路地を吹き抜ける。

 ふと、左手にホルモンうどんと書いた幟旗(のぼりはた)が立っているのが見えた。

 反射的にお腹が鳴るが、頭を振りもう一度ペダルを漕ぎ始める。

 ここ数日はまともな昼ごはんを食べていない。

 親から毎日千円を渡されてはいたが、全て移動費に使おうとケチっていたのだ。

「まぁ人間一食抜いただけじゃ何ともないしな」と誰に言うでもなく呟いて路地を駆け抜ける。

 細い畦道(あぜみち)を走っていると、前の方にある鳥居が目に入る。

 鳥居の下まで着くと、昨日のように自転車を脇に停めて鍵をかけた。石段を上がって境内を見渡すと、見覚えのある赤みがかった髪と風に靡いた紺色のスカートがゆらゆらと揺れている。

 拝殿前の段差に腰掛けている少女はすぐに俺に気づいてひらひらと手を振る。

「おはよー、遅かったね」

「おはよーっていう時間でもないだろ」

 日差しはすでに南中高度から西側にズレているが、まだまだ刺してくるような日差しに汗が伝う。

 少女はぱっと立ち上がって俺の目の前に立つ。見下ろすほどではないが、自然と俺の目線は少しだけ下がった。

「ちゃんと持ってきた?」

「何を?」

 少女は、俺が背負っている鞄に目をやりながら言った。それに対してわざととぼけて返事をしてみる。

「絵、描くやつ。わかってるでしょ?」

「……あぁ、持ってきたよ」

「よし!じゃあ描いて!」

 少女は満足げに微笑んで元気よくそう言った。

「え、描くってここで?」

「うん。ほら」

 俺の背後を指差されて思わず振り返ると、少し高台になっているせいか、綺麗に高松の街並みと瀬戸内海、目の前の家と畑が目に入ってきた。

「おぉ……こんなに綺麗に見えるのか、ここ」

「うん、気づかなかった?」

「そういや昨日は全然気づかなかったな」

「ちゃんと見ないとダメだよ〜」

 少女は軽く言って笑っているが、昨日も聞いた『ちゃんと見ないと』という言葉が胸に引っかかる。

 確かに昨日はなぜこの景色に気づかなかったのだろうかと思う。

「それで、これを描けばいいのか?」

「うん」

 俺は少女が座っている横に腰を下ろして鞄を置く。そして画材を取り出そうとして手が止まった。

「…………ちなみにさ」

「ん、なに?」

「何で俺に絵を描いて欲しいの?」

「うーん……」

 昨日、聞きそびれていたことだ。あの後はフェリーの時間が迫っていたこともあり、詳しくは聞けなかった。少女は顎に手を当てて考えるような素振りを少しした後に口を開く。

「なんとなく、君の絵がもっと見たいと思ったから、かな」

 そう言った彼女の目は俺の瞳をしっかりと捉えていて、嘘は言っていないように思えた。

 俺は少し気恥ずかしくなって、目を逸らし慌てて画材を取り出す。

「俺の絵のどこがそんなにいいんだか」

「あ、別に上手いって言ってるわけじゃないよ?」

「要らん訂正だな」

 少女はそれにくすくすと笑って、膝の上に頬杖をついた。

「それで、どこから描くの?」

「まずは構図を決める。海を広めに入れるか、手前の畑を入れるか……」

「全部入れたら?」

「全部入れたら、どれを見せたい絵なのかわからなくなるだろ」

「ふーん。全部見せたいのはだめなの?」

「……別に、ダメなわけじゃないけど、全体を描けば良いってもんじゃない。描き手が一番見せたいもの、残したいものを描くんだよ」

 そう言ってから、自分の言葉に少しだけ引っかかった。

 何を残すか。

 祖父がどうしてあの絵を遺したのか、その理由はこの横の少女が知っているらしい。

「…………なぁ、ほんとに絵を描いたら教えてくれるんだよな」

「あの絵のこと?」

「あぁ。一体何を知ってるんだ?」

「もちろん、教えるよ。でも約束したでしょ、絵を描いてからだって」

 また、はぐらかすように言って目の前の景色を見つめた。俺はその横顔をしばらく見つめていたが、再び手元のスケッチブックに視線を戻す。

 何を描くか。

 何を残したいか。

 そう自問して、鉛筆を紙の上に置いた。

 十字を引いてから、海と空の境目に薄く一本線を引く。

 それだけで、今までとは少し違った感覚がした。

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