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笑った女鬼の島  作者: アコウ丸


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9話 女木島

女木島の港は、思ったよりも観光客がちらほらといるようだった。その理由を考えると真っ先に思いつくのは瀬戸内国際芸術祭だ。

 瀬戸芸(せとげい)とも呼ばれるそれは、三年に一度この瀬戸内で開かれる芸術祭である。瀬戸内海に浮かぶ島々に様々な芸術家が作った作品を展示する。作品の種類は島に同化するように飾られたものから、古民家一つをまるまる使ったものまで数多に及ぶ。何回か前あたりから急激に注目され始め、開催されるたびに今年は史上最多の来場者だったとか、そういうニュースを聞いている気がする。

「シーズン外でもまぁまぁ人はいるんだな」と呟く。直近で開催されたのは去年なので今は最盛期ではないはずだ。フェリーから降りた人々が思い思いの方向へ散っていく姿を見る。

 辺りを見渡すと、まず目に入ったのは赤い鉄骨が放射状に伸びている建物だった。何なのか不思議に思いながら外周に沿って歩くと、正面入り口が現れた。

 入り口には「鬼ヶ島 おにの館」と書いてある。外から覗き見ると、どうやらお土産や資料館、バスの切符売り場などが併設された建物のようだ。

「ここを見るのは……後でもいいか」

 はっきりとした理由は自分でもよくわからないが、ここを見るよりも先に島を見ておきたいと思った。先ほどまで乗っていたフェリーが遠ざかっていくのをその建物越しに見て、どこか心細いような実感を得た。

 押していた自転車にようやっと跨り、足に力を込める。とりあえず、眼前に続く防波堤沿いの道を進んでいく。防波堤の上には瀬戸芸の作品であろう、木材で作られたカモメが一列を成して並んでいる。棒の先についたそれは、風が吹くたびにクルクルと向きを変えた。

 しばらく進むと、視界が開け、左手に松の木、右手に白い砂浜が見えた。砂浜にはビーチパラソルが立っており、2組か3組かのグループがいるようだ。奥にはこの島の子供であろうか、浅瀬で水遊びをしている。

 ブレーキを引いて、立ち止まる。ポケットからスマホを取り出し、自分の現在位置を確認すると、港のすぐ横にある「鬼ヶ島海水浴場」というピンと重なっていた。

「あぁ、海水浴場だったのか」

 指で地図を拡大して砂浜を見た後、縮小して島の全体図を見る。あと数百メートルは砂浜が続いているようだが、その先は、女木島海浜公園という公園だけがあるようだ。

 スマホをポケットに入れ、再び漕ぎ始めると、海の家らしい商店が目の前に現れた。いくつかのテーブルと椅子が置いてあるテラス席には数人の客が座っていて、調味料の匂いが漂ってくる。

 左を見ると、住宅路に続く細い道が続いていた。ハンドルを左に切り、進んでいくと、先ほどまでの喧騒が徐々に小さくなっていく。

 両脇には小屋や古い作りの住宅が並ぶが、それらをチラチラと見ながら進むとやがてT字路にぶち当たり、目の前には郵便局が現れた。

 自転車を止めて、もう一度スマホを開く。

 元々、どこに行くとも決めていなかったので適当に散策しようと思っていたが、「鬼ヶ島大洞窟」というピンが一番初めに目についた。それをタップすると約二キロという表示とともに現在地からの経路が青い線で塗りつぶされた。

 見ると、ここを左に曲がって次の突き当たりを右に曲がればあとは洞窟まで一本道らしい。

 スマホをズボンのポケットにしまって再び漕ぎ始める。左手に大きな建物があるので見ると、「高松市立女木小学校」という文字が刻まれた門が目に入った。

「へー、ここに小学校があるんだ」

 いつか、女木島の小学校が閉校になったらしい、みたいな噂を聞いたことを思い出す。嘘か真かわからないが、外から見る分には子供や人の気配はない。

 そのまま左を見ながら進むと、瀬戸芸の一環か、色鮮やかに彩られたイラストが壁に描かれているのを視界にとらえる。まるで、自転車の速度に合わせて動くアニメーションのようだ。

 壁が途切れて前を見ると、再びT字路に突き当たった。ハンドルを右に切り前に進む。

 先ほどよりは若干開けた景色になり、左右にちょっとした畑が広がる。道は少し傾斜がついており、ペダルを踏む足の力も強くなる。

 しばらく進むと、右奥に灰色の鳥居が見えてきた。脳裏にはまたあの絵が浮かぶが、すぐに道の真ん中に居座っている猫に意識を持っていかれた。

 その猫は近づいてくる俺に気づいたのか、眠そうな目を開けてのそりと立ち上がる。そしてそのまま鳥居をくぐり神社の境内へ駆けて行った。

 鳥居の前まで行き境内を覗くと、猫は本殿の横を通り抜けて茂みの方へ入っていくのが見える。

 そして、傾斜が思ったよりもきつかったせいか、それとも単純に夏の暑さのせいか、ペダルを漕ぐ脚を止めた途端にどっと疲れが押し寄せてきた。

 境内に座れるところがないかと思い、自転車を鳥居の脇に停める。そこには「作品展示場」と書かれた青い立て看板があり、どうやらこの近くに作品が展示されているらしいことを示していた。

 自転車の鍵も抜かずに足早に鳥居をくぐり、石段を数段登る。すぐ目の前にはどっしりと本殿が佇んでおり、しめ縄と、賽銭箱と大きく書かれた金属製らしき箱が置いてある。

 あたりを見渡すも、ベンチらしきものは置いていなかった。本殿に近づくと、左右に赤褐色の狛犬がこちらを見ているのを感じる。

「せっかくだから拝んでいくか」

鞄から財布を取り出し、百円玉を掴もうとする。が、やっぱり何か勿体ないような気がして十円玉を掴む。

 賽銭箱に十円玉を落として鈴を鳴らす。一歩下がって二礼二拍手をして手を合わせてから何を願おうか迷う。結局、「何かいいことありますように」という漠然とした願いを心の中で唱えて一礼をする。

 顔を上げると本殿の右側に屋根のついた東屋のようなスペースを発見する。

 近づいて見ると椅子はなかったが、日差しが遮られているだけでやけに涼しく感じる。床の木板の上に鞄を置いてあぐらをかいて座る。

「はぁ〜…………マジであっついな……」

 汗をタオルで拭いながら、朝に見た天気予報アプリの今日の最高気温を思い出す。確か三八度とか書いてた気がする。年々暑くなっていくのも地球温暖化のせいなのか、と苛立ちながらタオルを額から放すと、視界の左側にひらひらと風に(なび)く白い布が見える。

 不思議に思ってそちらを向くと、一メートルほどの石垣の上に、少女が立っていた。

 心臓が跳ね上がり、体が固まる。先ほどまではいなかったし、足音もしなかった。

 数秒目と目が合わせて硬直しているとその少女は口を開いた。

「……観光客?」

 予想外の言葉と、明るい声の調子で拍子抜けする。体の力が一気に抜けるのを感じた。

「あ、あぁうん、そんなとこ」

「ふーん」そう言いながらよっとジャンプして石垣を飛び降りる。少しオーバーサイズな白いTシャツと、膝下までの深めのプリーツがついた紺色のスカートは飛ぶと同時に空気を受け止めて、膨らんだように見えた。

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