表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
首椿  作者: 真崎いみ
64/68

第64話

台所で食器や湯呑を洗いながら、珠子は考えていた。

健は、私のために人を殺してくれた。ならば、私は健のために何ができるだろう。

生ごみをまとめながら、珠子は木原の両耳も捨てる。手元にあっても困るし、健ならきっと「捨てちゃえ」と言うだろう。

そっと振り返って、眠る健を見た。

健が次に言うだろう言葉を予測できるぐらいに、一緒にいた。この気持ちが恋なのか悩んだこともあった。だけど今は、胸を張って言える。


健に対するこの想いは、愛だ。


彼を世界中が指をさして、責めて、死刑にしようとも、もうなんだっていい。私は健を愛している。自分が抱く想いの名前を知って、珠子は何でもできそうな万能感を得た。

そう。何だって、できる。


珠子は台所に戻ると、流しの下の棚を開けた。そして包丁を取り出して、眺めながら考える。

私の一部をあげよう。絵描きとして、命の次に大事な手にしようか。全部だと、健に持って行ってもらえないかもしれない。指のサイズ感なら、彼の重荷にならないと思う。

健にふさわしいのは、どの指だろう。

赤い糸が結ばれるという小指にしようか。だけど、糸なんていつ切れるかわからない。そもそも結ばれるはずの小指をあげたら、結局は結ばれることなんてないんじゃね?

うーん、と悩み、それならばと珠子は妙案を思いついた。

左手の薬指なら、どうだろうか。

永遠の愛を誓う指だ。健を警察に見送った後、珠子は誰かを愛する予定はない。

指輪を用意するよりも、私たちらしい。

「決めた。」

指に止血用の糸をきつくまく。珠子は鈍色に輝く包丁を握り直して、左手の薬指に添えた。そして、力を込めた。


「…と言うわけで、プレゼント。」

珠子は健の表情を窺って、首を傾げる。健は無表情だった。

「ごめん。…いらなかった?」

「…。」

健はそっと珠子の左手を取る。

「痛かったでしょ。」

珠子の指の切り口に触れないように、健は空気をなぞった。

「痛いよ。今でも、脂汗が止まらないぐらい。」

無理をして笑う珠子の額には確かに、うっすらと汗が浮かんでいる。

「ありがとう、たまちゃん。」

健の目色には、涙が滲んでいた。声を震わせながら、鼻をすする音も響く。

「たまちゃん。…たまちゃん、大好きだよ。」

「私も、健のことが大好きよ。」

珠子は健を抱きしめて、健もまた珠子を抱きしめた。

「愛してる。ごめんね。」

「何でよ。胸張って言ってよ。」

「だって、困らせちゃうでしょ。」

自分よりも背の高い健が泣くと、まるで雨が降るようだと思った。温かい、まるで慈雨だ。

「愛しい。誰よりも愛しい、たまちゃん。食べちゃいたい。」

「食べてもいいよ。」

健の血肉になれるなら、そんな人生も一興だ。

「…食べないよ。生きていて、ほしいから。」

「私が死のうと思ってるの、バレた?」

珠子は健が自首して死刑になったら、彼の後を追おうと思っていた。

「何となく、わかるよ。たまちゃんは優しいから。」

「…一緒に死のうよ。このまま、二人で。」

「ダメでーす。」

「どうしても?」

「どうしても。」

健の確固たる意志を持った声に、珠子は落胆する。そんな珠子の頭をよしよしと撫でて、ようやく彼女の肩を押して離した。

「今、この指を食べてもいいかな。」

珠子が頷くと、健は小箱から大事そうに指を取り出した。そしてしげしげと眺めるものだから、珠子は何となく恥ずかしくなる。

「もー。早く食べちゃって!」

「そんな、もったいないでしょうに。よく見て、目に焼き付けないと。」

手のひらで転がして弾力を確かめたり、割れた爪の先の感触を健は楽しんだ。そしてようやく、健は大きく口を開けて指を食べた。

奥歯で骨をかみ砕く音が響き、咀嚼して味わって、健の喉が嚥下する。その様子を眺めながら、珠子はあることに気が付いた。

「…生だったよね?焼いたり、煮たりとかしなくてよかったの?」

「うん、いいの。」

「ええー。でもどうせなら、美味しく食べてほしかったよ。」

「そんな、火を加えたら味をそれこそ損なっちゃうよ。大丈夫、すごく美味しかった。」

肉は甘く、骨からはいい味が染み出たと健は言う。

「今まで食べた、どんな肉よりも美味しかった。」

恍惚とした表情で、健は言う。

「なら、いいけどさ。」

珠子は嬉しさに、はにかむのだった。

「…ありがとう。じゃあ、僕は行くね。」

「うん。ねえ、健…、」

ん?と健は優しく首を傾げて、珠子と視線を合わせる。

「元気でね。」

「たまちゃんも。」

そう言って、健は手を振ってゆっくりとアパートの部屋から出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ