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首椿  作者: 真崎いみ
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第61話

失踪した日。健は珠子が通う大学に訪れていた。入ることがなかった木原の研究室の前に立ち、ある手紙を扉の下の隙間に入れた。

『今夜、21時。町の神社、蔵にてお待ちしています。先生が盗作した作品について、語り合いましょう。』

名前を書くか迷ったが、木原に自らの名前を口にされるのは許しがたかったために匿名にする。

健は夜までに買い物など準備を済ませ、蔵で待った。大晦日にあった自殺騒動で鍵は厳重化していたが、根気強く鎖を糸鋸で断ち切る。

木原が来るまでに、随分と汗をかいた。ホームセンターで購入した安いタオルの詰め合わせから一枚取り出して、首筋に流れる汗を拭く。

「!」

その間に蔵の重い扉が開く気配がして、その方向に視線を向けると後ろ手に扉を閉める木原が立っていた。

「こんばんは、先生。」

「このふざけた手紙を寄越したのは、お前か?」

その声には怒気に震えていた。若干の焦りも含まれているかな、などと健は冷静に推測する。

「あ、よかった。ちゃんと読んで下さったんですね。何よりです。」

木原は健のことなど、とうに忘れているようで訝しむような目線を送ってくる。

「この盗作とは、何のことだ?」

「嫌だなあ。先生、本当に覚えがないんですか?」

「ないね。変な噂を流されても困るから、来てみたが。」

いけしゃあしゃあと噓を吐く木原に対して、あまりの白々さに健は笑ってしまう。その様子は、木原の神経を逆なでた。

「…何故、笑う?」

「いえ、別に?」

健は尚も、くくく、と笑う。あまりの滑稽さに、木原と言う人物に愛しさすら感じるほどだった。そして、愛しさ余って憎さ百倍とはよく言ったものだ。

「…。」

木原は心底忌々し気に、大きな舌打ちをする。

「いたずらはこれきりにしろ。じゃないと、警察の世話になることになるぞ。」

「ああ、安心してください。僕、警察行きはもう決定してるんで。」

「…お前、頭がおかしいのか?」

健を蔑むように、木原も笑う。互いに笑顔なのに、空気はまるで絶対零度のようだった。

「不愉快だ。帰る。」

木原は溜め息を吐くように呼吸を整えると、そう言い捨てて踵を返そうとする。

「木原宗次郎先生。」

わざとゆっくり、一文字ずつ木原をフルネームで呼ぶ。健の尋常ではない声色に木原は動きを止めて、恐る恐ると言った風に振り返った。その頃には木原に手が届く範囲まで、健が距離を詰めていた。木原は引きつったように、ひ、と息を飲んだ。

そして、バチン、と何かが弾けるような音が響き木原の体が細かく痙攣して倒れた。健の手にはスタンガンが握られていた。

このスタンガンは過去に自殺を怖がった人たちの自由を奪うために購入したもので、健の愛用品だった。


「え、ちょっと待って。健、スタンガンなんて持ってたの?」

健の話を聞きながら、お茶を啜っていた珠子が素っ頓狂な声を上げる。

「うん。護身用に。ていうか、突っ込むところそこなんだ。」

「いや、色々深堀したいところだけど。それにしても、物騒な男だな。」

珠子は呆れたように言う。警察に職務質問されていたら、一発アウトなところだった。

「それからも面白かったよ。聞いてもないこと、べらべら喋り出して。」


数分の気絶から目を覚ますと、木原は怯えたように饒舌になった。

「おい!お前、誰の差し金だ!」

「誰って…、」

木原は次々と人の名前をあげる。その中に、珠子の名前もあった。

「金なら払う。だから、」

「先生は、その人たちの絵を盗作していたんですか?」

健は驚きに、目を見開く。この木原という男は、盗作の常習犯だった。


珠子は木原の作風の癖を思い出した。

「…私以外にも、被害者がいるの?」

時々、作風を変えるタイミングは、盗作をしたときのようだ。そのあまりの多さに、珠子は呆れた。木原の虚勢に今まで、騙されていたことを知る。

木原のゼミは辞める人が多かった。それは彼の口の悪さや横柄な態度からくるものだと思っていたが、随分と闇が深そうだ。

「そうみたいだね。」

健はのんびりと、熱いお茶に息を吹きかけて飲む。

「先生も先生だよ。上着のポケットに、カッターナイフを入れていたし。いざとなったら、僕を脅すつもりだったのかな。カッターじゃ、人の肉は切りづらいのにね。」

「それで…、木原の耳がここにあるってことはそれなりのことはしたの?」

「しました。」

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