第60話
「…何してるの?」
「ん?朝ごはん、」
「あー、違う。質問間違えた。…何してたの?」
珠子は勢いよく、健に抱きついた。
「おっとと、危ないよ。」
健は手に持っていた包丁をまな板の上に置く。
「急にいなくなんな!ばか!!」
まるで子どものように、珠子は声を出して泣いた。泣いて、泣いて、泣きすぎて中々涙が止まらなかった。
「ごめんね。」
しゃくり上げて、言葉の出ない珠子の頭を健は優しく撫でる。珠子が落ち着くまで待って、ようやくそっと肩を押し返された。
「もうすぐ朝ごはんができるから、たまちゃんは顔を洗っておいで。」
「…その隙にいなくなったら、私、ぶち切れるからね。」
珠子の不穏な言葉に健は、ふは、と吹き出した。
「さらに?それは怖いね。」
「うるせー、ばーかばーか。」
悪態をつきながら、珠子は洗面所に向かう。時々、背後を振り返って健の存在を確認しつつ、洗顔をした。
こたつを片付けて、今はテーブルになった机の上に健が料った朝食が並ぶ。今朝の献立は、ご飯、焼きネギの味噌汁、卵焼き、ボイルしたウインナー。それとほうれん草のお浸しだった。簡単に作ったものだけど、と健は言うが、十分に美味しそうで食欲を刺激された。
「いただきます。」
にこ、と微笑んで健は手を合わせる。それに倣い、珠子も手を合わせた。
「いただきます…。美味しい。」
卵焼きを口に含む。納豆に付いてくるタレを入れたというそれは、絶妙な出汁と塩加減で美味だった。ぷち、と弾けるような食感とほろりと解ける喉越しが、口腔内を楽しませた。
「それはよかった。」
健の食事の所作は美しい。今日も背筋を伸ばして、華麗な箸使いを見せる。
しばらく食事に集中して、食べ終える。食後のお茶を啜りながら、珠子による健の尋問が始まった。
「で?今まで、どこにいたの?」
「うん。ちょっとね、やりたいことがあって。町内にはいたよ?」
「具体的に説明して。」
健は、うーん、と小首を傾げる。
「初詣に行った神社、覚えている?そこの蔵にいたよ。」
「蔵?」
「そう。」
珠子の頭上に?マークが浮かんでいるのを見ながら、健は笑う。
「あ、そうだ。これ、たまちゃんにあげるね。」
健は今、気が付いたかのようにぱっと表情を明るくして、自らが愛用する鞄の中を探る。そして白い簡素な小箱を取り出した。
「本当は綺麗にラッピングしたかったんだけど…。ごめんね。」
「別にいいけど…。随分と、唐突だね。」
珠子は健から小箱を受け取って、何気なく開ける。そこには一対の人の耳が入っていた。
「…これって、」
「プレゼント。誰のか当ててみて。」
珠子は現実味を帯びない、人間の一部だったものをまじまじと眺める。
耳の切断面は血液が固まりになって付着して、乾燥してざらついている。耳朶は薄く、先端が少し尖っていて特徴的だ。耳裏にはわずかな産毛が桃のように生えている。
珠子は耳で人を覚える癖があり、この耳に見覚えがあった。
「…木原?」
もはや先生と敬称すらつけることもせず、珠子は自らの作品を盗作した犯人の名前を呟く。
「そう。正解。さすがだね。」
「え、どうしたの?木原、今…。」
「今?燃えてるよ。」
「燃え、て?…炎上してるってこと?」
混乱を極める珠子に、健は今までしていたことの説明を始めた。




