第57話
「え?」
呆然とする珠子の視線を追って、健は画面を再び見る。
「これ…、僕、だよね?たまちゃんが、描いてくれた…、」
「…っ!」
珠子は立ち上がり、玄関へ駆けて行く。健も訳が分からないままに、追いかけた。
「たまちゃん!」
転がり落ちるように駐輪場へ向かうと、珠子はヘルメットも被らずにバイクに跨ろうとする。
「たまちゃん、待って…っ。」
「どいて、健。」
バイクの前に立ちふさがって、健は珠子を止めた。
「落ち着いて。今の状態で運転したら、事故にあう。」
「それでもいい!!」
珠子が叫ぶ。その声には怒気も含め、焦り。悲しみ、悔しさなど全ての負の感情がごちゃ混ぜになっていた。
「死んでもいい、私、確認しないと。」
手負いの獣のように珠子は呼吸を乱している。
「待って、お願い。どこに行くつもり?」
健は珠子を抱きしめた。
「…大学。木原先生に、会いに行く。」
抱きしめられて、少し落ち着きを取り戻した珠子は唸るように低い声で告げた。
「僕も行く。ただバイクは危ないから、タクシーを呼ぼう。」
呼んだタクシーで大学に向かい、健と珠子は木原の研究室へと向かう。その道中では、木原が準大賞を受賞したことが囁かれていた。
やがて研究室近くまで来ると、木原を囲む人垣が見えた。学生はもちろん、教員までもが木原の功績を称えていた。
「木原せん、せ、」
「珠子!!」
木原の名を呼ぼうとする珠子の邪魔をする人物がいた。さやかだ。
「珠子、お願い。ちょっと、こっちに来て。宮野さんも。」
「さやか…、」
戸惑う珠子の手を引いて、さやかは陶芸の実習棟の裏。ガス窯のあるスペースまで誘った。
さやかは周囲に人がいないかを念入りに確認すると、珠子に頭を下げた。
「ごめんなさい!お願い、木原先生のこと誰にも言わないで…!」
怯えたように、さやかは言う。
「…どういうこと?どうして、さやかが、」
「木原先生に、珠子の絵を託したのは私なの。」
締め切りを迎えた、あの日。教務室に行く途中で、木原に会ったという。
その時に『絵は私が預かるから、君は早く授業に行きなさい』と叱られたのだ。さやかは教員である彼に預けるなら安心だろうと思い、珠子の絵を彼に託した。…誰が、彼が盗作をするだろうと感づくことができただろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい…っ。」
「それなら、尚更、私たちで告発しないと、」
「違うの!聞いて、聞いて。珠子。」
さやかが泣きながら、歪な笑みを浮かべる。
「木原先生、私たちに就職先を紹介してくれるって…。もしも、この事を他人に話したら就職先どころか…、」
「…。」
「珠子、絵はまた描けばいいじゃん。お願い、今回は我慢してよ。」
「…わかった。」
「たまちゃん、」
頷く珠子に、事の成り行きを見守っていた健が口を挟もうとする。
「二人が告発できないなら、僕が、」
「いいの。健。ありがとう。…もう、遅いんだよ。」
もしも告発が成功したとしても珠子の描いたあの絵は、一度盗作をされた絵だ、と色眼鏡で見られるだろう。そんな屈辱は耐えられないと、珠子はいう。
「何より…、さやかを巻き込んじゃった。」
珠子はその時、確かに笑った。
「ごめんね。」




